――無限城。
「まだ……終わっていない……!」
鬼舞辻無惨が咆哮する。
斬り落とされたはずの肉体が蠢き、異形へと変貌していく。
「私は……死なん!」
無惨の触手が一斉に伸びる。
「兄貴!」
「分かっている!」
獪岳と善逸が左右へ散開する。
しかし。
「くっ……!」
獪岳の膝が僅かに揺れた。
これまでの戦いで、身体は限界に近い。
善逸も同じだった。
「兄貴……」
「まだ立てる」
「俺も」
二人は刀を握り直す。
「なら――」
獪岳が前を見る。
「最後まで戦うぞ」
「ああ!」
◆
無惨が襲いかかる。
「死ねぇぇぇ!」
「雷の呼吸・改――」
獪岳が踏み込む。
「帝釈天!」
――轟ッ!!
無数の雷が触手を切り裂く。
その隙を。
「火雷神!」
善逸が駆け抜ける。
――バァン!!
一閃。
無惨の身体に深い傷が刻まれる。
「ぐ……!」
だが。
再生。
「何度やっても同じだ!」
無惨が嗤う。
「お前たちの命が先に尽きる!」
獪岳は荒い息を吐く。
「……そうかもな」
善逸を見る。
「だが――」
善逸も頷いた。
「俺たちだけじゃない」
その瞬間。
「――岩の呼吸!」
――ドォン!!
悲鳴嶼の攻撃が無惨を吹き飛ばす。
「南無阿弥陀仏……!」
さらに。
「水の呼吸!」
炭治郎が続く。
「獣の呼吸!」
伊之助も飛び込む。
そして。
「――蟲の呼吸!」
しのぶが舞う。
「――花の呼吸!」
カナエが続く。
鬼殺隊全員が。
最後の力を振り絞って戦っていた。
無惨が叫ぶ。
「なぜだ!」
「なぜ、そこまでして戦える!」
獪岳が答える。
「守りたいものがあるからだ」
「……!」
「それだけだ」
◆
その時。
無惨の攻撃が獪岳を捉えた。
「兄貴!」
――ズドン!!
獪岳が吹き飛ぶ。
「獪岳さん!」
しのぶが駆け寄る。
「獪岳!」
カナエも叫ぶ。
「……大丈夫だ」
獪岳が起き上がる。
しかし。
口から血が流れる。
「もう……十分です!」
しのぶが叫ぶ。
「あなたは戦いすぎています!」
「……」
「もう私たちに任せてください!」
獪岳はしのぶを見る。
そして。
「……ありがとう」
しのぶの目が揺れる。
「でも――」
獪岳は立ち上がる。
「俺は最後まで、柱でいたい」
「……!」
「誰かを守るために戦う」
獪岳は刀を構える。
「それが俺の選んだ道だから」
しのぶは唇を噛む。
そして。
「……分かりました」
彼女も刀を構える。
「なら、最後まで一緒に戦います」
「……ああ」
二人は並んだ。
◆
――その時。
無限城の壁が崩れた。
「!」
外の空が見える。
暗闇の向こう。
ほんの僅かに。
白い光。
「夜明け……!」
誰かが叫ぶ。
無惨の表情が変わる。
「……!」
初めて。
明確な焦りが浮かんだ。
「日の光……!」
無惨が逃げようとする。
「逃がすか!」
悲鳴嶼が鎖を振る。
「――!」
無惨の身体が止まる。
「今だ!」
獪岳が叫ぶ。
全員が動く。
「行けぇぇぇ!」
無惨が暴れる。
だが。
一人。
また一人。
隊士たちが身体を張って押さえ込む。
「離せ!」
「絶対に離すな!」
「ここで終わらせるんだ!」
そして。
獪岳も。
善逸も。
最後の力を振り絞る。
「兄貴!」
「善逸!」
「一緒に!」
二人の刀に雷が走る。
「帝釈天!」
「火雷神!」
――轟ォォォォォン!!
雷が無惨を地面へ叩き伏せる。
その瞬間。
東の空から。
太陽が昇った。
「――!」
無惨の身体が燃え始める。
「ぐああああああ!!」
悲鳴が響く。
「私は……!」
「私は……!」
「こんなところで……!」
肉体が崩れていく。
獪岳は刀を下ろす。
「終わりだ」
無惨が最後に睨む。
「人間……ごときが……!」
獪岳は静かに答える。
「人間だからだ」
「……!」
「限られた時間しか生きられないからこそ――」
獪岳は仲間たちを見る。
「誰かを守りたいと思える」
そして。
「それが俺たちの強さだ」
無惨の身体が。
朝日に完全に焼かれた。
――消滅。
長きに渡る鬼との戦い。
その元凶。
鬼舞辻無惨は――。
ついに滅びた。
◆
「……」
戦場に静寂が戻る。
善逸がその場に座り込む。
「終わった……?」
炭治郎が空を見る。
「……終わりました」
伊之助が叫ぶ。
「勝ったぞぉぉぉ!!」
隊士たちから歓声が上がる。
そして。
獪岳は静かに空を見上げた。
雨が降り始める。
ぽつり。
ぽつり。
やがて。
優しい雨へと変わっていく。
「……雨」
しのぶが呟く。
獪岳は微笑む。
「慈雨だな」
「慈雨?」
「ああ」
獪岳は空を見上げる。
「長い夜を終わらせた者たちを、祝福する雨だ」
しのぶが隣に立つ。
「綺麗ですね」
「ああ」
二人の肩に雨が落ちる。
善逸も空を見上げた。
「兄貴」
「何だ?」
「……俺たち、勝ったんだね」
「ああ」
「爺ちゃんに、報告しよう」
獪岳は頷く。
「そうだな」
そして。
獪岳は仲間たちを見る。
炭治郎。
善逸。
伊之助。
しのぶ。
カナエ。
悲鳴嶼。
そして。
ここまで共に戦ってきた、全ての隊士たち。
誰もが傷つき。
誰もが涙を流した。
それでも。
生き残った。
「……」
獪岳は目を閉じる。
かつて。
強さだけを求めていた少年は。
今。
誰かを守るために強くなった男になっていた。
「俺は――」
静かに呟く。
「この道を選んで、良かった」
しのぶが微笑む。
「私もです」
「……しのぶ」
「あなたと出会えて、本当に良かった」
獪岳は少し照れたように笑う。
「俺もだ」
空から降る雨が。
二人を優しく包む。
――霹靂。
それは、獪岳が歩んできた雷の道。
――慈雨。
それは、仲間たちと掴んだ未来。
長い夜は終わった。
そして。
新しい朝が――。
始まった。