『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第126話・番外編 雷鳴(らいめい)止みし庭で

――無惨との死闘から、十年。

 

かつて鬼殺隊と鬼が生死を懸けて戦った時代は、もう遠い過去になっていた。

 

朝。

 

柔らかな陽射しが、静かな庭を照らしている。

 

「お父さーん!」

 

「こっちこっち!」

 

「待ってよー!」

 

庭を駆け回る子どもたちの声。

 

笑い声。

 

足音。

 

そして――。

 

「こら! 走るなら転ばないようにしなさい!」

 

縁側から声を飛ばす女性。

 

胡蝶しのぶ。

 

十年前と変わらぬ面影を残しながらも、その表情には戦場にいた頃にはなかった穏やかさがあった。

 

「大丈夫だよ、母さん!」

 

「そうそう!」

 

「僕たち、転ばないもん!」

 

「……その台詞を言う子ほど転ぶんですよ」

 

しのぶが苦笑する。

 

すると。

 

「ははは!」

 

庭の中央から笑い声が響いた。

 

「元気なのは良いことだ!」

 

「お父さん!」

 

子どもたちが一斉に駆け寄る。

 

そこにいたのは――。

 

かつて鳴柱と呼ばれた男。

 

獪岳。

 

十年の歳月を重ねた彼は、以前よりも落ち着いた雰囲気を纏っていた。

 

腰に刀はない。

 

柱の羽織もない。

 

ただの父親として、子どもたちと向き合っている。

 

「お父さん、今日は何して遊ぶ?」

 

「そうだな……」

 

獪岳は少し考える。

 

「鬼ごっこでもするか?」

 

「やった!」

 

「お父さん鬼ね!」

 

「なぜ俺が鬼なんだ」

 

「だって一番速いから!」

 

「……なるほど」

 

獪岳は苦笑した。

 

「なら、逃げ切ってみろ」

 

「うわー!」

 

子どもたちが一斉に走り出す。

 

「待て!」

 

獪岳も追いかける。

 

だが――。

 

「お父さん、遅い!」

 

「捕まらないよ!」

 

「ははは!」

 

獪岳はわざと速度を落としていた。

 

本気を出せば、一瞬で全員を捕まえられる。

 

かつてなら。

 

「もっと速く」

 

「もっと強く」

 

そればかりを考えていた。

 

だが。

 

今は違う。

 

子どもたちの笑い声を聞きながら走る。

 

それだけで良かった。

 

「捕まえた!」

 

獪岳が一人を抱き上げる。

 

「きゃー!」

 

「次はお前だ!」

 

「逃げろー!」

 

庭中に笑い声が響く。

 

縁側から見ていたしのぶは、目を細める。

 

「……ふふ」

 

「どうした?」

 

獪岳が子どもを抱えたまま振り返る。

 

「いえ」

 

しのぶは微笑む。

 

「昔のあなたからは、想像もできなかったなと思って」

 

「……俺もだ」

 

獪岳は子どもを降ろす。

 

「十年前の俺に、今の姿を見せても信じないだろうな」

 

「でしょうね」

 

「俺自身が一番驚いている」

 

二人は顔を見合わせる。

 

そして。

 

「でも――」

 

しのぶが静かに言う。

 

「私は、今のあなたが一番好きですよ」

 

「……」

 

獪岳が固まる。

 

「お父さん、顔赤い!」

 

子どもの声。

 

「うるさい!」

 

獪岳が慌てて顔を逸らす。

 

「ふふっ」

 

しのぶが笑う。

 

「十年経っても、そこは変わりませんね」

 

「……お前は意地が悪くなったな」

 

「あなたの妻ですから」

 

「それは関係ないだろ」

 

二人の間に、穏やかな笑いが広がった。

 

 

昼下がり。

 

庭の木陰。

 

子どもたちは疲れて眠っている。

 

獪岳としのぶは並んで縁側に座っていた。

 

「静かですね」

 

「ああ」

 

「昔は……」

 

しのぶが空を見る。

 

「毎日、鬼の気配を探していましたね」

 

「そうだったな」

 

「夜が来るたび、誰かが死ぬかもしれないと思っていた」

 

獪岳は黙っている。

 

「今は……」

 

しのぶが眠る子どもたちを見る。

 

「夜になっても、この子たちが明日も笑っていると分かっている」

 

「……ああ」

 

獪岳の表情が柔らかくなる。

 

「それだけで十分だ」

 

しのぶが彼の手に、自分の手を重ねる。

 

「あなたが守った未来ですね」

 

「俺だけじゃない」

 

獪岳は首を振る。

 

「善逸も、炭治郎も、伊之助も……」

 

「カナエも」

 

「ああ」

 

「悲鳴嶼さんも」

 

「ああ」

 

「そして、たくさんの隊士たちも」

 

獪岳は頷く。

 

「皆で守った未来だ」

 

遠くで鳥が鳴く。

 

風が庭を通り抜ける。

 

木の葉が、さらさらと揺れる。

 

そこにはもう――。

 

戦場を切り裂く雷鳴はない。

 

「……」

 

獪岳は空を見上げる。

 

かつて。

 

自分の人生には、雷鳴ばかりが響いていた。

 

怒り。

 

恐怖。

 

焦り。

 

憎しみ。

 

そして戦い。

 

だが今は。

 

聞こえてくるのは。

 

子どもたちの寝息。

 

風の音。

 

妻の穏やかな呼吸。

 

「……静かだな」

 

獪岳が呟く。

 

「ええ」

 

しのぶが微笑む。

 

「でも――」

 

庭の向こうから。

 

「お父さーん!」

 

「起きてー!」

 

「遊ぼうよー!」

 

子どもたちが再び起き出した。

 

獪岳は思わず笑う。

 

「……静かでもないな」

 

「ふふっ」

 

しのぶも笑った。

 

 

夕方。

 

庭には、子どもたちが描いた絵が並んでいた。

 

そこには。

 

大きな太陽。

 

青い空。

 

そして。

 

黄色い雷を纏った剣士。

 

「お父さん!」

 

「ん?」

 

「これ、お父さん!」

 

「……俺か?」

 

「うん!」

 

獪岳は絵を見る。

 

少し歪んだ剣。

 

大きな雷。

 

そして。

 

隣には紫色の蝶が描かれている。

 

「こっちは母さん!」

 

しのぶが覗き込む。

 

「まあ……上手ですね」

 

「でしょう!」

 

子どもたちは胸を張る。

 

獪岳は絵を見つめる。

 

「……雷と蝶か」

 

「どうしたんです?」

 

「いや」

 

獪岳は微笑んだ。

 

「昔の俺なら、雷しか見ていなかった」

 

「……」

 

「でも今は――」

 

隣にいるしのぶを見る。

 

「雷のそばに、蝶がいる」

 

しのぶは優しく微笑んだ。

 

「それなら、これからもずっと一緒ですね」

 

「ああ」

 

獪岳は頷く。

 

「ずっとな」

 

その瞬間。

 

子どもたちが二人の手を取る。

 

「お父さん!」

 

「お母さん!」

 

「夕飯まだー?」

 

「はいはい」

 

しのぶが立ち上がる。

 

「今日は何にしましょうか」

 

「俺が作る」

 

「まあ」

 

「子どもたちが腹を空かせてる」

 

「では、一緒に作りましょう」

 

「ああ」

 

二人が家の中へ入っていく。

 

庭には。

 

夕暮れの光だけが残る。

 

かつて戦場を駆け抜けた雷鳴は、もう聞こえない。

 

代わりに聞こえるのは――。

 

子どもたちの笑い声。

 

妻の笑い声。

 

そして。

 

穏やかな日々の音。

 

獪岳はもう、雷を恐れる必要もない。

 

雷を追いかける必要もない。

 

ただ。

 

大切な人たちと生きていく。

 

それだけでいい。

 

――雷鳴、止みし庭。

 

そこには今。

 

十年前には想像もできなかった、優しい時間が流れていた。

 

 

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