『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第三話 浅草・鬼舞辻無惨

 夜の帳が降りた浅草は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。

 

 街灯が石畳を照らし、店先から漏れる明かりが人々の顔を浮かび上がらせる。

 

 行き交う人々。

 

 笑い声。

 

 屋台から漂う食べ物の匂い。

 

 大正の文明開化を象徴するような華やかな街並み。

 

 その人波の中を、竈門炭治郎は一人で歩いていた。

 

「……すごい人だな」

 

 山で暮らしていた炭治郎にとって、浅草は何もかもが新鮮だった。

 

 電灯。

 

 洋装の人々。

 

 自動車。

 

 聞き慣れない音。

 

 そして――。

 

「……うどん、美味しそうだな」

 

 屋台から漂ってくる香りに、炭治郎の腹が小さく鳴った。

 

「少しだけなら……」

 

 財布を取り出し、屋台の椅子へ腰掛ける。

 

「すみません、うどん一杯ください!」

 

「へい!」

 

 湯気の立つどんぶりが目の前に置かれる。

 

 炭治郎は箸を手に取った。

 

 その瞬間だった。

 

「……!」

 

 鼻を刺すような悪臭が、突然、街の空気を塗り替えた。

 

 炭治郎の表情が凍りつく。

 

(この匂い……!)

 

 忘れるはずがない。

 

 あの日。

 

 家族を奪った鬼。

 

 母を。

 

 弟たちを。

 

 妹を鬼へ変えた元凶。

 

(鬼舞辻無惨……!)

 

 炭治郎は椅子を蹴るように立ち上がった。

 

「すみません!」

 

「お、おい! 兄ちゃん、うどんは!?」

 

 どんぶりを置き去りにして、人混みへ飛び込む。

 

 匂いを追う。

 

 人々の間をすり抜ける。

 

 路地を曲がる。

 

 そして――。

 

 大通りへ出た。

 

 炭治郎は息を呑んだ。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 黒いシルクハット。

 

 洋装。

 

 上品な身なり。

 

 腕には幼い子供。

 

 隣には美しい女性。

 

 一見すれば、どこにでもいる人間の家族だった。

 

 しかし――。

 

(間違いない)

 

 炭治郎の鼻が叫んでいる。

 

(こいつだ……!)

 

 鬼舞辻無惨。

 

 鬼の始祖。

 

 炭治郎の家族を奪った男。

 

 無惨が、ふと振り返った。

 

 赤い瞳が炭治郎を捉える。

 

「……」

 

 ほんの一瞬。

 

 二人の視線が交差した。

 

 炭治郎の全身が凍りついた。

 

(怖い……!)

 

 これまで戦ってきた鬼とは、まるで違う。

 

 強さの次元が違う。

 

 近づくことすら危険だと、本能が告げている。

 

「鬼舞辻……無惨……!」

 

 炭治郎が刀の柄に手を掛ける。

 

 しかし――。

 

 無惨は炭治郎など気にする様子もなく、隣を歩いていた男性とすれ違う。

 

 その瞬間。

 

 無惨の手が僅かに動いた。

 

 爪が男の首筋を掠める。

 

「……?」

 

 男が振り返る。

 

 無惨は既に歩き去っていた。

 

 そして数秒後。

 

「う……」

 

 男の身体が震え始める。

 

「うあああああっ!」

 

 悲鳴が上がった。

 

「きゃあああっ!」

 

 妻が逃げようとする。

 

 だが、男は理性を失ったように妻へ襲いかかった。

 

「やめて!」

 

「離して!」

 

 街が騒然となる。

 

 炭治郎は即座に駆け出した。

 

「やめろ!」

 

 男を押さえ込む。

 

「しっかりしてください!」

 

 だが、力が強すぎる。

 

「くっ……!」

 

 炭治郎が歯を食いしばる。

 

「禰豆子!」

 

 箱から禰豆子が飛び出す。

 

「禰豆子、この人を押さえてくれ!」

 

「ムーッ!」

 

 禰豆子が男を押さえ込む。

 

 炭治郎は周囲の人々へ叫ぶ。

 

「離れてください! 巻き込まれます!」

 

 しかし――。

 

 その瞬間。

 

 ドドドドドドッ!!

 

 遠くから地響きが近づいてきた。

 

「……何だ!?」

 

 次の瞬間。

 

 ドォンッ!!

 

 青白い雷光が浅草の夜空を切り裂いた。

 

「――雷の呼吸!」

 

 雷鳴。

 

 一瞬で何本もの青白い斬撃が走る。

 

 暴れていた男の四肢を、傷つけることなく地面へ縫い留めた。

 

「ぐあっ!」

 

「動くな!」

 

 煙の向こうから声が響く。

 

 炭治郎は目を見開いた。

 

「この雷……!」

 

 やがて煙が晴れる。

 

 そこに立っていたのは――。

 

 黒地の隊服。

 

 雷を思わせる意匠の羽織。

 

 薄青い装飾。

 

 そして、青白い雷光を纏った日輪刀。

 

「獪岳さん!」

 

 鳴柱・獪岳。

 

「けッ……」

 

 獪岳は周囲を見回す。

 

「相変わらず悪趣味な擬態してやがるな、鬼舞辻無惨」

 

 炭治郎が振り返る。

 

 だが――。

 

 そこに無惨の姿はなかった。

 

「無惨は!?」

 

「逃げた」

 

「えっ!?」

 

「俺が来るのが少し遅かったみてぇだな」

 

 獪岳が舌打ちする。

 

 だが、その目は鋭い。

 

「……いや」

 

 獪岳は周囲を見回す。

 

 そして、人混みの向こうを見る。

 

 無惨の姿はない。

 

 しかし、気配だけが残っている。

 

「間違いねぇ」

 

 獪岳の声が低くなる。

 

「鬼舞辻無惨だ」

 

 炭治郎は震えながら尋ねる。

 

「獪岳さん……あいつが……俺の家族を……」

 

「ああ」

 

 獪岳は短く答えた。

 

「鬼の始祖だ」

 

 その言葉だけで、炭治郎の拳が震える。

 

「……俺は、あいつを……」

 

「今のお前じゃ無理だ」

 

 即答だった。

 

「……!」

 

 獪岳は炭治郎の肩へ手を置く。

 

「悔しいか?」

 

「……はい」

 

「なら覚えとけ」

 

 獪岳の目が鋭く光る。

 

「怒りだけで刀を振るな。怒りを力に変えろ」

 

「……」

 

「今は奴を追うより、目の前の人間を助けろ」

 

 炭治郎ははっとする。

 

 目の前では、無惨に血を与えられた男が苦しんでいる。

 

 妻も子供も泣いている。

 

「……はい!」

 

 炭治郎はすぐに行動を始めた。

 

 禰豆子と共に男を押さえ、安全な場所へ移動させる。

 

 獪岳も周囲の人々を誘導する。

 

「おい、そこの兄ちゃん! 人を集めるな!」

 

「はい!」

 

「怪我人を優先しろ!」

 

「分かりました!」

 

 やがて騒ぎが少しずつ収まっていく。

 

 そのときだった。

 

「……こんばんは」

 

 穏やかな女性の声が響いた。

 

 炭治郎が振り返る。

 

 そこには一人の女性が立っていた。

 

 紫色の着物。

 

 穏やかな微笑み。

 

 その隣には、警戒心を剥き出しにした少年。

 

「……鬼?」

 

 炭治郎が息を呑む。

 

 女性――珠世は静かに頭を下げた。

 

「初めまして」

 

 獪岳は特に驚く様子もなかった。

 

「珠世か」

 

「お久しぶりですね、鳴柱様」

 

「しのぶから話は聞いてる」

 

 炭治郎が獪岳を見る。

 

「知り合いなんですか?」

 

「ああ」

 

 獪岳は腕を組む。

 

「人を喰わねぇ鬼だ」

 

 珠世が驚いたように目を見開く。

 

「……そこまでご存じでしたか」

 

「胡蝶姉妹が調べてる」

 

 獪岳は珠世を見る。

 

「それに――」

 

 禰豆子を見る。

 

「こいつを人間に戻せる可能性があるんだろ?」

 

 珠世の表情が変わる。

 

「……禰豆子さんを?」

 

「そうだ」

 

 獪岳が炭治郎を見る。

 

「こいつは妹を人間に戻したい」

 

 炭治郎が頭を下げる。

 

「お願いします!」

 

 珠世はしばらく炭治郎を見る。

 

 そして優しく微笑んだ。

 

「分かりました」

 

「本当ですか!?」

 

「はい。私も鬼を人間に戻す方法を探しています」

 

 愈史郎が口を挟む。

 

「珠世様! この男を信用していいんですか!?」

 

「愈史郎」

 

「……はい」

 

「この方たちは信用できます」

 

 獪岳が鼻を鳴らす。

 

「話が早くて助かる」

 

「鳴柱様も、鬼である私を信用してくださるのですね」

 

「信用してるわけじゃねぇ」

 

 獪岳は即答する。

 

「お前が何をしてきたか、何をしようとしてるかを見てるだけだ」

 

「……なるほど」

 

 珠世は微笑んだ。

 

「とても誠実な方なのですね」

 

「褒めてねぇだろ」

 

「ふふ」

 

 そのやり取りを見て、炭治郎は少しだけ驚いた。

 

 鬼と鬼殺隊の柱。

 

 本来なら決して交わるはずのない二つの存在。

 

 それでも――。

 

 禰豆子を救うための道が、確かに存在している。

 

 獪岳は炭治郎の肩を叩いた。

 

「炭治郎」

 

「はい」

 

「今日はいい判断だった」

 

「……!」

 

「無惨を追わず、人間を助けた」

 

 獪岳は僅かに笑う。

 

「それでいい」

 

 炭治郎の胸が熱くなる。

 

「ありがとうございます!」

 

「礼はいらねぇ」

 

「でも……!」

 

「うるせぇ」

 

 獪岳はそっぽを向く。

 

 だが、その横顔はどこか満足そうだった。

 

 やがて、浅草の街に再び静けさが戻ってくる。

 

 炭治郎は夜空を見上げた。

 

 無惨は逃げた。

 

 まだ何も終わっていない。

 

 むしろ、ここからが始まりだ。

 

「……獪岳さん」

 

「あ?」

 

「俺、絶対に強くなります」

 

 獪岳は振り返る。

 

「そして、いつか……鬼舞辻無惨を倒します」

 

「……そうか」

 

 獪岳は少しだけ目を細めた。

 

「なら、死ぬほど鍛えろ」

 

「はい!」

 

「ただし――」

 

 獪岳は炭治郎の額を軽く小突く。

 

「死ぬな」

 

「……はい!」

 

「お前が死んだら、禰豆子が悲しむ」

 

 炭治郎は禰豆子を見る。

 

 禰豆子は兄の袖をぎゅっと握った。

 

「……そうだな」

 

 炭治郎は強く頷いた。

 

「俺は、生きます」

 

 獪岳は背を向けた。

 

「それでいい」

 

 夜空の向こうで、雷が小さく鳴った。

 

 それは鬼の王への宣戦布告ではない。

 

 まだ未熟な少年が、いつかその夜を越えるための――。

 

 最初の雷鳴だった。

 

 そしてその雷の先には、炭治郎たちを待つ新たな出会いがある。

 

 人を救う鬼。

 

 鬼を憎みながらも、鬼となった者を救おうとする者。

 

 そして――。

 

 全ての鬼の頂点に立つ、鬼舞辻無惨。

 

 炭治郎の旅は、少しずつ大きな戦いへと繋がっていく。

 

 浅草の夜。

 

 その片隅で、獪岳は静かに拳を握った。

 

「……次は逃がさねぇぞ」

 

 その瞳に宿るのは、霹靂のような怒り。

 

 そして――。

 

 仲間を守り抜くための、確かな覚悟だった。

 

 

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