『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第七話 響凱、最後の誇り

ポン――。

 

 ポポンッ――。

 

 鼓の音が、屋敷全体を震わせていた。

 

 畳が回転する。

 

 壁が床へ変わる。

 

 床が天井へ変わる。

 

 目まぐるしく姿を変える異様な屋敷の中で、竈門炭治郎は必死に足を踏ん張っていた。

 

「くっ……!」

 

 ポンッ!

 

 また部屋が回転する。

 

 炭治郎の身体が大きく傾いた。

 

 その瞬間――。

 

 ザシュッ!

 

「ぐあっ!」

 

 見えない爪のような斬撃が炭治郎の肩を切り裂いた。

 

 血が畳へ飛び散る。

 

「炭治郎!」

 

 禰豆子の入った箱を守りながら、炭治郎は歯を食いしばった。

 

「大丈夫だ……!」

 

 屋敷の奥。

 

 幾つもの鼓を身体に生やした鬼が、苦しげに息を吐いている。

 

 響凱。

 

 かつて十二鬼月・下弦の陸にまで上り詰めながら、その地位を剥奪された鬼だった。

 

「小生は……」

 

 響凱の手が、自らの身体にある鼓へ伸びる。

 

「小生は、認められねばならぬ……!」

 

 ポンッ!

 

 鼓が鳴る。

 

「もっと……もっと力を示さねばならぬ!」

 

 ポポンッ!

 

 再び屋敷が回転する。

 

 響凱の瞳には、狂気にも似た執念が宿っていた。

 

「鬼舞辻様に……!」

 

 かつて自分が書いた原稿。

 

 血の滲むほど文字を綴った紙。

 

 何度も書き直し、何度も推敲し、いつか誰かに認めてもらえると信じていた。

 

 しかし――。

 

『つまらぬ』

 

 その一言。

 

 そして、踏みにじられた原稿。

 

 その記憶が、響凱の胸を何度も抉っていた。

 

「小生の存在を……小生の価値を……!」

 

 炭治郎は響凱を見つめる。

 

「……あなたは」

 

「何だ!」

 

「何かを認めてもらいたかったんですね」

 

「黙れ!」

 

 響凱が鼓を叩く。

 

「貴様に何が分かる!」

 

 不可視の斬撃が飛ぶ。

 

 炭治郎は刀で受け流す。

 

「くっ……!」

 

 しかし、次の瞬間。

 

 ポンッ!

 

 部屋が回転する。

 

「しまっ――」

 

 炭治郎が体勢を崩した。

 

 その時だった。

 

 ――ドォォォン!!

 

 凄まじい轟音が屋敷を揺らした。

 

「なっ……!?」

 

 天井が吹き飛ぶ。

 

 瓦礫と共に、青白い雷光が降り注いだ。

 

 ズドンッ!!

 

 一人の青年が、雷を纏って着地する。

 

 黒地に雷の意匠。

 

 首元には薄青い装飾。

 

 腰には日輪刀。

 

「……おい」

 

 獪岳だった。

 

「随分とうるせぇ屋敷だな」

 

「獪岳さん!」

 

 炭治郎の表情が明るくなる。

 

「なぜここに……!」

 

「本部への報告で近くまで来てたんだよ」

 

 獪岳は周囲を見渡す。

 

「そしたら鼓の音がうるせぇうるせぇ。しまいには、てめぇの悲鳴まで聞こえやがった」

 

「すみません……」

 

「謝ってる暇があったら立て」

 

「はい!」

 

 獪岳は響凱へ視線を向ける。

 

「お前が元十二鬼月か」

 

「……鳴柱」

 

 響凱の顔が強張る。

 

「なぜ柱が……」

 

「通りすがりだ」

 

 獪岳は鼻を鳴らす。

 

「だが――」

 

 その視線が、床へ落ちた。

 

 血に濡れた紙。

 

 破れた原稿。

 

 獪岳は無言でそれを拾い上げた。

 

 紙についた血を軽く払う。

 

「……原稿か」

 

「触るな!」

 

 響凱が叫んだ。

 

 獪岳は紙を見つめる。

 

 そこには、乱れた文字がびっしりと書かれていた。

 

「これ、お前が書いたのか」

 

「……そうだ」

 

「何で書いてた」

 

「……」

 

 響凱は答えない。

 

 獪岳は紙を握り潰さなかった。

 

 むしろ、丁寧に折れ目を伸ばす。

 

「認めてほしかったんだろ」

 

「……!」

 

 響凱の目が大きく見開かれた。

 

「自分の書いたものを」

 

 獪岳の声は静かだった。

 

「自分が積み重ねてきたものを」

 

 炭治郎も黙って二人を見つめている。

 

「誰かに『価値がある』って言ってほしかった」

 

「……やめろ」

 

「踏みにじられて、悔しかった」

 

「やめろ!」

 

「惨めだった」

 

「黙れ!」

 

 響凱が怒鳴る。

 

 だが、獪岳は一歩も引かない。

 

「……分かるぜ」

 

「何……?」

 

「俺も昔は、認められたくて仕方なかった」

 

 獪岳の拳が強く握られる。

 

「自分には価値があるって証明したかった」

 

 炭治郎が獪岳を見る。

 

 獪岳の過去について詳しくは知らない。

 

 けれど、その言葉に込められた重みだけは伝わった。

 

「泥をすすってでも、生き残ってやるって足掻いた」

 

 獪岳は響凱を見る。

 

「だから、お前の気持ちを笑うつもりはねぇ」

 

「……!」

 

「自分の作品を大切にしたかったことも、認められたかったことも、恥じゃねぇ」

 

 響凱の瞳が揺れる。

 

「だったら……!」

 

 獪岳の声が鋭くなる。

 

「その執念を、人を喰う理由にするんじゃねぇよ」

 

「……!」

 

「踏みにじられたなら、自分の足で立て」

 

 獪岳が刀の柄に手を置く。

 

「泥をすすってでも、何度でも書けばいい」

 

「……」

 

「それでも認められねぇなら――」

 

 獪岳は原稿を響凱へ向けた。

 

「それでも書き続けろ」

 

「……!」

 

「他人の命を奪って、自分の価値を証明した気になるな」

 

 響凱の身体が震える。

 

「小生は……」

 

 そして――。

 

「小生は……!」

 

 怒りと悲しみが入り混じった咆哮が屋敷を揺らした。

 

「小生の文字を愚弄するなぁぁぁぁ!!」

 

 ポンッ!!

 

 ポポポポポンッ!!

 

 鼓が激しく鳴り響く。

 

 屋敷が猛烈な速度で回転する。

 

 無数の斬撃が四方八方から襲いかかる。

 

「炭治郎!」

 

「はい!」

 

「下がってろ!」

 

 獪岳が前へ出る。

 

「これは俺が終わらせる」

 

 炭治郎は頷いた。

 

「分かりました!」

 

 獪岳が目を閉じる。

 

 呼吸を整える。

 

 雷が身体中を駆け巡る。

 

「雷の呼吸――」

 

 ズズズズズ……。

 

 空気が震える。

 

「漆ノ型――」

 

 青白い光が屋敷を包み込む。

 

「帝釈天」

 

 ――ドォォォォン!!

 

 九頭の雷龍が現れた。

 

「な……!」

 

 響凱が息を呑む。

 

 九つの雷龍が、あらゆる方向から襲い来る斬撃を包囲する。

 

 右。

 

 左。

 

 正面。

 

 背後。

 

 上空。

 

 地下。

 

 逃げ場はない。

 

 響凱が鼓を叩く。

 

 ポンッ!!

 

 しかし――。

 

 雷龍がその力を飲み込んでいく。

 

「小生の血鬼術が……!」

 

 空間そのものが雷光に包まれる。

 

「完全に……!」

 

 獪岳が一歩踏み込む。

 

「終わりだ」

 

 閃光。

 

 一瞬だった。

 

 響凱の首が宙を舞う。

 

 回転していた屋敷が静止する。

 

 鼓の音が止まった。

 

 静寂。

 

 響凱は、自分の身体を見下ろす。

 

「小生の……血鬼術が……」

 

 身体が灰へ変わっていく。

 

「敗れ……た……」

 

 その時。

 

 獪岳が静かに口を開いた。

 

「……だが」

 

 響凱が顔を上げる。

 

「お前が文字を綴り続けた執念まで、俺は否定しねぇ」

 

「……!」

 

「最後まで捨てなかった誇りもな」

 

 獪岳は床に落ちている原稿を見る。

 

「技も見事だった」

 

「……」

 

 響凱の瞳から、大粒の涙が落ちた。

 

「……認め……」

 

 声が震える。

 

「認めて……くれるのか……」

 

「ああ」

 

 獪岳は頷いた。

 

「少なくとも俺は、お前が何かを積み上げようとしたことまで馬鹿にしねぇ」

 

「……!」

 

 響凱は震える唇を動かす。

 

「小生は……」

 

 涙が頬を伝う。

 

「小生は……生きて……いた……」

 

「ああ」

 

「文字を……書いて……」

 

「ああ」

 

「認めて……ほしかった……」

 

「……分かってる」

 

 その言葉を最後に、響凱の身体が灰となって崩れ落ちた。

 

 残ったのは――。

 

 一枚の原稿だけだった。

 

 炭治郎はしばらく黙っていた。

 

「獪岳さん……」

 

「あ?」

 

「鬼にも……守りたかったものがあったんですね」

 

 獪岳は少しだけ考える。

 

「そういう奴もいる」

 

「……」

 

「だからって、人を喰った罪が消えるわけじゃねぇ」

 

 獪岳は刀を収める。

 

「ただ、最後まで何もかも否定する必要もねぇだろ」

 

 炭治郎は頷いた。

 

「はい」

 

 獪岳が炭治郎の頭をバシッと叩く。

 

「痛っ!」

 

「何ボーッとしてやがる」

 

「え?」

 

「善逸と伊之助の馬鹿どもを回収するぞ」

 

「あ……!」

 

 炭治郎が慌てて振り返る。

 

「そうでした!」

 

「ったく」

 

 獪岳が歩き出す。

 

「お前ら三人揃って、放っとくと何しでかすか分からねぇからな」

 

「獪岳さん!」

 

「何だ」

 

「ありがとうございました!」

 

 獪岳は振り返らない。

 

「礼なんかいらねぇ」

 

 ただ、僅かに口元を緩める。

 

「生きて帰ってこい。それだけでいい」

 

 炭治郎は力強く頷いた。

 

「はい!」

 

 屋敷を出る二人。

 

 その背後には、静かに朝の光が差し始めていた。

 

 そして床に残された一枚の原稿だけが、響凱という鬼が最後まで抱き続けた「誇り」の証として、淡い朝日に照らされていた。

 

 

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