『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第八話 鬼殺隊の先輩たち

鼓屋敷での死闘から数日。

 

 夜が明け、朝の柔らかな日差しが差し込む頃。

 

 竈門炭治郎たちは、藤の花の香りに包まれた静かな屋敷で治療を受けていた。

 

 鬼殺隊士を癒やすために用意された、藤の家紋の家。

 

 庭には紫色の藤が咲き誇り、風が吹くたびに甘い香りが縁側まで漂ってくる。

 

「うぐぐ……」

 

 布団の上で、炭治郎がゆっくり身体を起こす。

 

「まだ肋骨が痛い……」

 

「無理に起きるな、炭治郎」

 

 隣の布団から善逸が顔を出す。

 

「そうだよ! 骨折してるんだから大人しく寝てようよ!」

 

「お前に言われたくないぞ、善逸」

 

「なんで!?」

 

 その隣では、伊之助が大量の煎餅を頬張っていた。

 

「おい、黄色!」

 

「何だよ!」

 

「この煎餅、もっと寄越せ!」

 

「嫌だよ! 俺の分だぞ!」

 

「弱肉強食だ!」

 

「ここは山じゃねぇんだよ!」

 

「うるせぇぞ、バカども」

 

 低い声が響いた。

 

 三人が同時に振り返る。

 

 そこには、縁側に腰を下ろした青年がいた。

 

 黒地に雷の意匠を施した羽織。

 

 腰には日輪刀。

 

 そして、鋭い目つき。

 

 鳴柱・獪岳。

 

 その手には茶菓子と湯飲みを載せた盆があった。

 

「獪岳さん!」

 

 炭治郎の顔がぱっと明るくなる。

 

「ようやく起きやがったか」

 

 獪岳は盆を置く。

 

「お前ら、昨日まで死にかけてたんだぞ。少しは静かに寝てろ」

 

「すみません……」

 

「炭治郎はまだマシだ」

 

 獪岳が善逸を見る。

 

「善逸」

 

「はいっ!」

 

「お前は?」

 

「はい……?」

 

「何で布団の中で震えてんだ」

 

「だってぇぇぇ!」

 

 善逸が泣きそうな顔になる。

 

「鬼と戦うんだよ!? 俺、鼓屋敷でも死ぬかと思ったんだよ!? なのに次の任務でもまた鬼が出るんでしょ!? 怖いよぉぉぉ!」

 

「……はぁ」

 

 獪岳は深いため息をつく。

 

「怖いなら怖いでいい」

 

「え?」

 

「だが、怖いからって仲間を見捨てるな」

 

 善逸の表情が変わる。

 

 獪岳は少しだけ目を細めた。

 

「お前はあの夜、禰豆子の箱を守っただろ」

 

「……!」

 

「鬼だと知っても、炭治郎の妹だからって理由だけで身体張って守った」

 

「俺……」

 

「そこは立派だ」

 

 獪岳は善逸の頭を軽く叩く。

 

「だから、泣くなとは言わねぇ。怖がってもいい」

 

「……兄貴」

 

「ただし、最後には立て」

 

 善逸の目に涙が浮かぶ。

 

「……うん」

 

「よし」

 

 獪岳は満足そうに頷いた。

 

 次に視線を向けたのは伊之助。

 

「で、豚頭」

 

「誰が豚頭だ!」

 

「お前だよ」

 

「俺は嘴平伊之助だ!」

 

「知るか」

 

「覚えろ!」

 

 伊之助が勢いよく立ち上がる。

 

「俺は強ぇぞ! 鬼も倒した! お前も倒してやる!」

 

「ほう」

 

 獪岳が湯飲みを置く。

 

「やってみろ」

 

「おおおおお!」

 

 伊之助が飛びかかった。

 

 獪岳は動かない。

 

 ただ、指を一本だけ立てる。

 

「せいっ」

 

 バチン!

 

「ぐおっ!?」

 

 伊之助の額に指が当たった。

 

 次の瞬間――。

 

 ドゴォン!!

 

「ぎゃああああ!」

 

 伊之助の身体が吹き飛び、壁へ激突した。

 

「伊之助ぇぇぇ!」

 

 善逸が悲鳴を上げる。

 

「何するんですか、獪岳さん!」

 

「手加減したぞ」

 

「絶対手加減じゃないですよ!」

 

 炭治郎が慌てて伊之助へ駆け寄る。

 

 伊之助は壁にめり込みながらも、すぐに起き上がった。

 

「……強ぇ!」

 

 目が輝いている。

 

「お前、すげぇ強ぇな!」

 

「今さら気づいたのかよ」

 

「俺はお前を倒す!」

 

「百年早ぇ」

 

「覚えてろよ!」

 

 伊之助は悔しそうに拳を握った。

 

 そんな三人を見ながら、獪岳は小さく笑う。

 

「……まあ、元気そうで何よりだ」

 

 炭治郎はその言葉を聞き逃さなかった。

 

 口では厳しい。

 

 だが――。

 

 獪岳が誰よりも三人のことを見ている。

 

 そのことが、炭治郎には分かった。

 

 その時だった。

 

「ふふっ」

 

 鈴のような笑い声が聞こえた。

 

「相変わらず、後輩の扱いが手荒ですね」

 

 藤の花が揺れる。

 

 その向こうから、一人の少女が歩いてくる。

 

 蝶の髪飾り。

 

 紫がかった瞳。

 

 穏やかな笑み。

 

「しのぶ……」

 

 獪岳が少しだけ目を見開く。

 

 胡蝶しのぶ。

 

 蟲柱・胡蝶カナエの妹であり、現在は次期蟲柱候補として姉の助手を務めている鬼殺隊士だった。

 

「こんにちは、獪岳さん」

 

「……何でお前がここにいる」

 

「カナエ姉さんに頼まれたんです。怪我人の様子を見てきてほしい、と」

 

 しのぶは微笑む。

 

「それに――」

 

 獪岳へ近づく。

 

「私も、あなたに会いたかったですから」

 

「……」

 

 獪岳の顔が固まる。

 

 そして――。

 

「……そうかよ」

 

 露骨に視線を逸らした。

 

 耳が少し赤い。

 

 炭治郎は目を丸くした。

 

 善逸はもっと大きく目を見開いた。

 

「……え?」

 

 善逸が震える。

 

「ええ?」

 

 炭治郎を見る。

 

 しのぶを見る。

 

 獪岳を見る。

 

「えええええええええ!?」

 

 屋敷中に善逸の絶叫が響き渡った。

 

「獪岳兄貴ぃぃぃぃ!!」

 

「うるせぇ!」

 

「何でそんな綺麗なお姉さんと付き合ってるの!?」

 

「お前に関係ねぇだろ!」

 

「関係あるよぉぉ! 兄弟子だけ先に幸せになるなんてずるいよぉぉ!」

 

「意味分かんねぇこと叫ぶな!」

 

 善逸が頭を抱える。

 

「俺の兄貴が……俺の怖くて最強で自慢の兄貴が……恋人……!」

 

「だから何だ!」

 

「羨ましいぃぃ!」

 

「知らねぇよ!」

 

 炭治郎は二人を見ながら、思わず笑ってしまった。

 

「獪岳さん、しのぶさんと一緒にいるときは、少し嬉しそうですね」

 

「炭治郎」

 

 獪岳が振り返る。

 

「黙れ」

 

「はい!」

 

 しのぶは楽しそうに微笑んでいた。

 

「獪岳さんは昔から素直じゃないんですよ」

 

「余計なこと言うな」

 

「でも――」

 

 しのぶは獪岳の隣に座る。

 

「私は、そんなあなたが好きです」

 

「……!」

 

 獪岳の顔がさらに赤くなる。

 

「お前……ここで言うなよ」

 

「本当のことですから」

 

「……ったく」

 

 獪岳は照れ隠しのように頭を掻いた。

 

 炭治郎は、二人から漂う匂いを感じ取っていた。

 

 優しい。

 

 温かい。

 

 そして、互いを大切に思っている匂い。

 

「……すごく温かい匂いです」

 

「炭治郎くん?」

 

「お二人は、とてもお似合いですね!」

 

「炭治郎!」

 

 獪岳が怒鳴る。

 

「お前まで何言ってやがる!」

 

「すみません!」

 

 しのぶはクスクスと笑った。

 

「ありがとうございます、炭治郎くん」

 

「はい!」

 

 そんな二人のやり取りを見て、善逸がさらに泣き出す。

 

「うわぁぁぁぁん! 幸せそうだぁぁぁ!」

 

「うるさい!」

 

 獪岳が善逸の頭を掴む。

 

「ぎゃああああ!」

 

「静かにしろ!」

 

「兄貴ぃぃ!」

 

 伊之助はその様子を見ながら首を傾げる。

 

「恋人って何だ?」

 

「お前にはまだ早い」

 

 獪岳が即答する。

 

「なんでだ!」

 

「なんでもだ」

 

 しのぶは三人の後輩を見つめた。

 

「炭治郎くん、善逸くん、伊之助くん」

 

 三人が振り向く。

 

「獪岳さんは、口が悪くて不器用です」

 

「おい」

 

「ですが――」

 

 しのぶの表情が優しくなる。

 

「誰よりも仲間を大切にする人です」

 

 獪岳は黙って聞いていた。

 

「誰かが傷つけば、自分が傷ついてでも助けに行く」

 

「……」

 

「誰かが諦めそうになれば、厳しい言葉で立ち上がらせる」

 

 しのぶは獪岳を見る。

 

「そして、誰も死なせないためなら、泥をすすってでも戦う人です」

 

 炭治郎は真剣に頷いた。

 

「はい」

 

「だから――」

 

 しのぶは三人へ微笑む。

 

「獪岳さんの背中を、よく見てください」

 

「俺たちが……」

 

 炭治郎は胸に手を当てる。

 

「獪岳さんのような鬼殺隊士を目指す」

 

「それもいいですが」

 

 しのぶは微笑んだ。

 

「あなたたちは、あなたたち自身の強さを見つけてください」

 

「……!」

 

「獪岳さんの真似をする必要はありません」

 

 しのぶは静かに続ける。

 

「獪岳さんがあなたたちを守ってくれるように、いつかあなたたちも誰かを守れる剣士になればいいんです」

 

 炭治郎の胸に、その言葉が深く刻まれた。

 

「はい!」

 

 善逸も涙を拭う。

 

「俺も……強くなります」

 

「お前はまず泣きながらでもいいから逃げずに戦え」

 

「兄貴ぃ……」

 

 伊之助は拳を握った。

 

「俺はもっと強くなる!」

 

「その意気だ」

 

 獪岳が三人を見る。

 

「お前らはまだ弱い」

 

「……」

 

「だが、弱いからこそ伸びる」

 

 獪岳は立ち上がった。

 

「鬼殺隊に入った以上、これから何度も死にそうになるだろう」

 

 三人の表情が引き締まる。

 

「それでも生きろ」

 

 獪岳の声は低い。

 

 けれど、その言葉には強い願いが込められていた。

 

「仲間を守れ」

 

「自分も守れ」

 

「そして――」

 

 日輪刀の柄へ手を添える。

 

「最後まで、生きて夜明けを見ろ」

 

 炭治郎は深く頭を下げた。

 

「はい!」

 

 善逸も頷く。

 

「はい……!」

 

 伊之助は拳を突き上げる。

 

「当然だ!」

 

 しのぶはそんな三人を見て微笑んだ。

 

 藤の花が風に揺れる。

 

 その向こうには、青い空が広がっていた。

 

 まだ若く、未熟な三人の剣士。

 

 そして、その前を歩く最強の鳴柱。

 

 その隣には、彼の心を支える蟲柱候補の少女。

 

 獪岳は三人へ背を向ける。

 

「休め」

 

「はい!」

 

「次の任務が来たら――」

 

 獪岳が振り返る。

 

「今度は自分の力で、生きて帰ってこい」

 

 炭治郎たちは力強く頷いた。

 

 こうして、竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助。

 

 三人の若き鬼殺隊士は、頼れる先輩たちの背中を胸に刻んだ。

 

 いつか自分たちも、誰かにとっての「道標」になるために。

 

 そして、誰一人として死なせないために。

 

 彼らの新たな戦いが、静かに始まろうとしていた。

 

 

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