『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第四話 手鬼、現る

藤襲山の夜は、深い。

 

 月明かりさえ届かない森の奥。

 

 炭治郎と善逸は、慎重に足を進めていた。

 

 すでに何度か鬼と遭遇した。

 

 そのたびに刀を抜き、戦い、どうにか勝ち抜いてきた。

 

 しかし――。

 

 炭治郎は、ずっと感じていた。

 

 この山には。

 

 まだ何かいる。

 

 これまで出会った鬼とは違う。

 

 もっと深く。

 

 もっと暗い場所から。

 

 強烈な気配が漂っている。

 

「……炭治郎」

 

「どうした?」

 

 善逸が小声で尋ねる。

 

「さっきから、何か変じゃない?」

 

「……ああ」

 

 炭治郎も頷いた。

 

「鬼の臭いがする」

 

「やっぱり!?」

 

「でも……」

 

 炭治郎は眉を寄せる。

 

「今までの鬼とは違う」

 

「違うって?」

 

「臭いが濃すぎる」

 

 善逸の顔が引きつる。

 

「濃すぎる……?」

 

「ああ」

 

 炭治郎は周囲を見渡す。

 

「まるで、長い間ずっとここにいるような……」

 

 その時。

 

 ――ゴトン。

 

 遠くで何かが落ちる音がした。

 

 二人が同時に振り向く。

 

「……!」

 

「な、何?」

 

「分からない」

 

 炭治郎は刀の柄に手を置いた。

 

 静かに歩く。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 やがて――。

 

 鼻を突き刺すような血の臭いが強くなってきた。

 

「……これは」

 

 炭治郎の表情が変わる。

 

「善逸、止まれ」

 

「え?」

 

「血の臭いだ」

 

「……!」

 

 二人は木々の隙間から先を覗いた。

 

 そこには――。

 

 地面に大量の血痕が残されていた。

 

 そして、破壊された木々。

 

 無数の爪痕。

 

 何か巨大なものが暴れた跡。

 

「……ひどい」

 

 炭治郎が呟く。

 

「誰かが……襲われたんだ」

 

 善逸は耳を澄ます。

 

「……」

 

 しばらくして。

 

「炭治郎」

 

「どうした?」

 

「聞こえる」

 

「何が?」

 

「……笑い声」

 

 炭治郎が顔を上げる。

 

「笑い声?」

 

「うん」

 

 善逸の顔から血の気が引いていく。

 

「遠いけど……確かに聞こえる」

 

 そして――。

 

「ヒヒヒヒヒ……」

 

 森の奥から。

 

 確かに聞こえた。

 

 不気味な笑い声。

 

「……!」

 

 炭治郎が刀を抜く。

 

「善逸」

 

「分かってる……!」

 

 善逸も刀を抜く。

 

 その瞬間。

 

 ――ドゴォォォン!!

 

 巨大な木が吹き飛んだ。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 善逸が叫ぶ。

 

 土煙が舞う。

 

 木の破片が辺りへ散らばる。

 

 そして。

 

 その向こう側から――。

 

 巨大な影が現れた。

 

「……ヒヒ」

 

 低い笑い声。

 

 月明かりが、その姿を照らし出す。

 

「……!」

 

 炭治郎は息を呑んだ。

 

 巨大な身体。

 

 異常なほど膨れ上がった胴体。

 

 そして――。

 

 全身に生えた、無数の腕。

 

 二本。

 

 四本。

 

 八本。

 

 数えることすら困難なほどの腕が、身体の至るところから伸びている。

 

 その手が地面を這う。

 

 木を掴む。

 

 そして、ゆっくりと蠢く。

 

「な……」

 

 善逸が震えた。

 

「何だよ……あれ……」

 

 鬼は二人を見つめていた。

 

 そして――。

 

 炭治郎の顔を見た瞬間。

 

 その口元が大きく歪んだ。

 

「ヒヒヒヒ……!」

 

「……?」

 

 鬼の視線が、炭治郎の頭へ向けられる。

 

 そこにあるのは――。

 

 狐の面。

 

「その面……」

 

 鬼の声が低くなる。

 

「その狐の面……!」

 

 炭治郎は警戒しながら尋ねた。

 

「何だ?」

 

 鬼の身体が震える。

 

 笑っている。

 

 いや。

 

 喜んでいる。

 

「懐かしいなぁ……!」

 

 無数の腕が、ゆっくりと蠢く。

 

「懐かしい……懐かしいぞぉ……!」

 

「……!」

 

「その面を知っている!」

 

 鬼の目が見開かれる。

 

「鱗滝だろう!?」

 

 炭治郎の表情が強張った。

 

「……鱗滝さんを知っているのか?」

 

「知っているとも!」

 

 鬼が笑う。

 

「俺をここへ閉じ込めた男だからなぁ!」

 

 善逸が小さく呟く。

 

「鱗滝さんが……?」

 

 鬼は続ける。

 

「俺はなぁ……」

 

 無数の腕を見せつけるように広げる。

 

「ずっとここにいるんだよ」

 

「……」

 

「何年も」

 

「…………」

 

「何十年もなぁ!」

 

 その声には、底知れない憎悪が滲んでいた。

 

「そしてな……」

 

 鬼は炭治郎の狐面を指差す。

 

「鱗滝の弟子は、みんなその面をつけていた」

 

「……!」

 

 炭治郎の胸がざわつく。

 

「みんな……?」

 

「ああ」

 

 鬼が笑った。

 

「俺は覚えているぞ」

 

 一本の腕が、ゆっくりと炭治郎へ伸びる。

 

「一人目」

 

 さらに別の腕。

 

「二人目」

 

 そして――。

 

「三人目」

 

 無数の腕が蠢く。

 

「四人目」

 

「五人目」

 

「六人目……!」

 

 善逸が息を呑む。

 

「……何を言ってるんだ」

 

 炭治郎の声が低くなる。

 

 鬼は嬉しそうに笑った。

 

「鱗滝の弟子はなぁ――」

 

 その瞳に狂気が宿る。

 

「俺が喰った」

 

「……!」

 

 炭治郎の目が見開かれる。

 

「全部だ」

 

 鬼が舌なめずりする。

 

「鱗滝が育てた剣士たちを……!」

 

「……やめろ」

 

「この山に来た奴らを――!」

 

「やめろ!」

 

 炭治郎が刀を構える。

 

 しかし、鬼は笑うだけだった。

 

「お前も、その狐の面をつけている」

 

 鬼の口が大きく裂ける。

 

「なら――」

 

 無数の腕が、一斉に地面へ伸びる。

 

 ズズズズズ……。

 

「お前も、俺が喰ってやるよぉぉぉ!!」

 

「炭治郎!」

 

 善逸が叫ぶ。

 

 炭治郎は刀を握り締める。

 

 怒り。

 

 恐怖。

 

 そして、鱗滝の弟子たちが残した想い。

 

 それらが胸の中で渦巻いていく。

 

「……お前」

 

 炭治郎は鬼を睨みつけた。

 

「今まで、何人の人を殺したんだ」

 

「さぁなぁ?」

 

 鬼は笑った。

 

「数えるのも面倒なくらいだ!」

 

「……!」

 

「でも――」

 

 鬼の無数の腕が、ゆっくりと構えられる。

 

「鱗滝の弟子だけは、よく覚えている」

 

「なぜだ……?」

 

「憎いからだ」

 

 即答だった。

 

「鱗滝が憎い」

 

 鬼の顔が歪む。

 

「だから、その弟子も憎い」

 

「…………」

 

「狐の面を見るだけで、腹が立つんだよぉ!」

 

 善逸が震えながら炭治郎の隣へ立つ。

 

「炭治郎……」

 

「善逸」

 

「……俺もやる」

 

「怖いか?」

 

「怖い」

 

「俺もだ」

 

「……でも」

 

 善逸は刀を握る。

 

「獪岳の兄貴に、生きて帰れって言われたから」

 

 炭治郎は頷いた。

 

「ああ」

 

 二人は並んだ。

 

 目の前にいる鬼は、これまで戦ってきた鬼とは明らかに違う。

 

 巨大な身体。

 

 無数の腕。

 

 そして――。

 

 鱗滝の弟子たちを喰らってきたという異常な執念。

 

 炭治郎は刀を構える。

 

「善逸」

 

「うん」

 

「こいつは強い」

 

「……うん」

 

「だから、絶対に油断するな」

 

「分かった」

 

 鬼が笑う。

 

「来いよォ……!」

 

 無数の腕が広がる。

 

「鱗滝の弟子ィィィ!!」

 

 ――そして。

 

 藤襲山の森に、凄まじい殺気が満ちた。

 

 炭治郎は一歩も退かなかった。

 

 善逸もまた、震えながら刀を構えた。

 

 最終選別最大級の脅威。

 

 その名は――。

 

 手鬼。

 

 今、二人の前に姿を現した。

 

 だが――。

 

 本当の戦いは、まだ始まっていなかった。

 

 

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