『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第五話 錆兎と真菰の願い

――手鬼が現れた。

 

 巨大な身体。

 

 異様なほど多い腕。

 

 そして、鱗滝左近次への憎悪。

 

「鱗滝の弟子はなぁ……!」

 

 手鬼が笑う。

 

「みぃんな、俺が喰ってやったんだよぉぉぉ!!」

 

「…………!」

 

 炭治郎の身体が強張った。

 

 錆兎。

 

 真菰。

 

 そして、自分の知らない鱗滝の弟子たち。

 

 手鬼の言葉から、その全ての最期を想像してしまう。

 

「お前もだ!」

 

 手鬼の腕が伸びる。

 

「その狐の面!」

 

 ドゴォン!!

 

 巨大な拳が地面を叩き潰した。

 

「鱗滝の弟子だろぉぉぉ!!」

 

「炭治郎!」

 

「分かってる!」

 

 炭治郎と善逸は左右へ飛び退く。

 

 地面が大きく抉れた。

 

「な、なんなんだよ、こいつ……!」

 

 善逸が震える。

 

「腕が多すぎる……!」

 

「善逸!」

 

「分かってるよ!」

 

 善逸は刀を握り直す。

 

 その手は震えていた。

 

 けれど――逃げなかった。

 

「俺だって……!」

 

 善逸の脳裏に獪岳の姿が浮かぶ。

 

『怖くてもいい』

 

『足を止めるな』

 

『泥をすすってでも、生きて帰れ』

 

「……そうだ」

 

 善逸が息を吸う。

 

「俺は……帰るんだ」

 

 その瞬間。

 

「来いよぉぉぉ!!」

 

 手鬼の腕が一斉に襲いかかった。

 

「雷の呼吸――」

 

 善逸が腰を落とす。

 

「壱ノ型!」

 

 ――バリッ!!

 

 青白い雷光が森を駆け抜けた。

 

「霹靂一閃!!」

 

 ズバァッ!!

 

 手鬼の腕が一本、斬り飛ばされる。

 

「なっ!?」

 

 手鬼が驚く。

 

 だが――。

 

 斬り飛ばされた腕は、瞬く間に再生していく。

 

「……再生した」

 

 炭治郎が息を呑む。

 

「ヒヒヒッ!」

 

 手鬼が笑う。

 

「そんな程度で俺を倒せると思うなよぉ!」

 

 再び無数の腕が動き出す。

 

 炭治郎は刀を構えた。

 

「……俺も」

 

 深く息を吸う。

 

「行く!」

 

 水の呼吸。

 

 身体の中に、懐かしい感覚が蘇る。

 

 狭霧山。

 

 雪。

 

 修行。

 

 そして――。

 

「炭治郎くん!」

 

 真菰の声。

 

「足元を見て!」

 

 炭治郎の脳裏に、あの日の光景が浮かんだ。

 

     ◇

 

 ――修行を始めた頃。

 

 炭治郎は、まだ弱かった。

 

 刀を握る手は震え。

 

 息はすぐに上がる。

 

 木刀を振れば、身体が流れる。

 

「もう一度」

 

 錆兎が言う。

 

「はい!」

 

 炭治郎が振り下ろす。

 

 ガッ!

 

 木刀が弾かれる。

 

「遅い」

 

「……!」

 

「足が止まっている」

 

「はい!」

 

「もう一度だ」

 

「はい!」

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 炭治郎は倒れた。

 

 雪の上に膝をつく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「炭治郎くん」

 

 真菰が近づいてくる。

 

「大丈夫?」

 

「……大丈夫」

 

「無理してる」

 

「でも……」

 

 炭治郎は立ち上がる。

 

「強くならないと」

 

「どうして?」

 

「禰豆子を守りたいから」

 

 真菰は静かに微笑んだ。

 

「だったら、強くなることだけを考えちゃ駄目だよ」

 

「え?」

 

「自分の身体を知ること」

 

「呼吸を知ること」

 

「相手を見ること」

 

 真菰は炭治郎の胸を指差した。

 

「そして、自分の心を知ること」

 

「心……」

 

「うん」

 

 その横で錆兎が口を開く。

 

「剣士は、刀だけで戦うんじゃない」

 

「…………」

 

「全身で戦うんだ」

 

 炭治郎は頷いた。

 

「はい!」

 

     ◇

 

 修行の日々は続いた。

 

 朝から走る。

 

 木々を飛び越える。

 

 罠を避ける。

 

 刀を振る。

 

 呼吸を繰り返す。

 

 失敗する。

 

 倒れる。

 

 それでも立ち上がる。

 

 錆兎は厳しかった。

 

「遅い!」

 

「はい!」

 

「踏み込みが浅い!」

 

「はい!」

 

「呼吸が乱れている!」

 

「はい!」

 

 真菰は優しかった。

 

「炭治郎くん、肩に力が入りすぎてるよ」

 

「こう?」

 

「そう。もっと自然に」

 

「分かった」

 

「焦らないで」

 

「うん!」

 

 そんな日々の中で――。

 

 炭治郎は少しずつ変わっていった。

 

 刀が速くなる。

 

 身体が軽くなる。

 

 呼吸が長く続くようになる。

 

 しかし。

 

 最後に待っていたものは――。

 

 巨大な岩だった。

 

     ◇

 

「これを斬れ」

 

 錆兎が言った。

 

 炭治郎は目の前の岩を見上げる。

 

「…………」

 

 あまりにも大きい。

 

「これを……俺が?」

 

「ああ」

 

「どうやって……」

 

「それを考えるのも修行だ」

 

 炭治郎は刀を抜いた。

 

「やります!」

 

 振り下ろす。

 

 ガキィン!!

 

 刀が弾かれる。

 

「……!」

 

 岩は傷一つついていない。

 

「もう一度」

 

「はい!」

 

 振る。

 

 ガキン!

 

「もう一度」

 

 ガキン!

 

「もう一度!」

 

 ガキンッ!

 

 何度やっても駄目だった。

 

 手のひらが裂ける。

 

 血が流れる。

 

 腕が震える。

 

「どうして……!」

 

 炭治郎は息を切らした。

 

「どうして斬れないんだ……!」

 

 錆兎は何も言わない。

 

 真菰も何も言わない。

 

 ただ、二人とも炭治郎を見つめている。

 

「俺には……無理なのか……?」

 

 その言葉を聞いた真菰が、静かに首を横に振った。

 

「違うよ」

 

「……?」

 

「斬れないんじゃない」

 

「…………」

 

「まだ、斬り方を知らないだけ」

 

 炭治郎は岩を見る。

 

「斬り方……」

 

「うん」

 

 真菰は笑った。

 

「炭治郎くんなら、きっと分かるよ」

 

 その夜。

 

 炭治郎は一人で岩の前に座った。

 

 刀を握る。

 

 振る。

 

 駄目。

 

 また振る。

 

 駄目。

 

 呼吸を整える。

 

 足の位置を変える。

 

 腰を落とす。

 

 刀の角度を変える。

 

 それでも駄目。

 

「…………」

 

 炭治郎は目を閉じた。

 

 思い出す。

 

 錆兎の言葉。

 

『全身で戦え』

 

 真菰の言葉。

 

『焦らないで』

 

 そして――。

 

 鱗滝の言葉。

 

『全集中の呼吸だ』

 

「…………」

 

 炭治郎はゆっくり息を吸った。

 

 肺へ空気が入る。

 

 血が巡る。

 

 身体が熱くなる。

 

「水の呼吸……」

 

 目を開く。

 

「…………」

 

 岩を見る。

 

 ただ斬ろうとするのではない。

 

 岩の形。

 

 刀の軌道。

 

 自分の身体。

 

 呼吸。

 

 全てを一つにする。

 

「もう一度……!」

 

 炭治郎は刀を構えた。

 

     ◇

 

「炭治郎!」

 

 現在。

 

 手鬼の巨大な腕が迫っていた。

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

「――!」

 

 炭治郎は咄嗟に刀を構えた。

 

 ドゴォォン!!

 

 受け止めた瞬間、身体が吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

 木へ激突する。

 

「炭治郎!」

 

 善逸が叫ぶ。

 

「大丈夫!」

 

 炭治郎は立ち上がる。

 

 手鬼が笑う。

 

「どうしたぁ!?」

 

 無数の腕が再び動く。

 

「その程度かぁ!?」

 

 炭治郎は手鬼を見つめた。

 

 そして――。

 

 思い出した。

 

 岩。

 

 錆兎。

 

 真菰。

 

 あの日々。

 

「……そうか」

 

 炭治郎が呟く。

 

「俺は……」

 

 刀を構える。

 

「岩を斬ったんだ」

 

 手鬼の腕が迫る。

 

「だったら――」

 

 炭治郎の目に覚悟が宿った。

 

「この鬼だって……!」

 

「ヒヒヒヒッ!」

 

 手鬼が笑う。

 

「やってみろぉぉぉ!!」

 

 巨大な腕が振り下ろされる。

 

 炭治郎は踏み込んだ。

 

「水の呼吸――!」

 

 その瞬間。

 

 炭治郎の脳裏に、錆兎の姿が浮かんだ。

 

『炭治郎』

 

 真菰の姿も浮かぶ。

 

『大丈夫』

 

 二人の声が重なる。

 

『君ならできる』

 

「――はい!」

 

 炭治郎が刀を振る。

 

 ザンッ!!

 

 巨大な腕が一本、斬り飛ばされた。

 

「なにぃ!?」

 

 手鬼が目を見開く。

 

 炭治郎は着地する。

 

 肩で息をしながらも、刀を構え直す。

 

 その目には、もう迷いがなかった。

 

「錆兎……」

 

 炭治郎は小さく呟く。

 

「真菰……」

 

 そして――。

 

「俺は、まだ負けない」

 

 手鬼の無数の腕が蠢く。

 

「面白い……!」

 

 手鬼が笑う。

 

「だったら――!」

 

 森全体を震わせるような咆哮。

 

「もっと楽しませろぉぉぉ!!」

 

 炭治郎と手鬼。

 

 二人の視線が激突する。

 

 そして――。

 

 藤襲山の夜に、再び戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 まだ決着はつかない。

 

 まだ、手鬼は倒れない。

 

 しかし炭治郎の胸には、確かに二人の師友の想いがあった。

 

 錆兎。

 

 真菰。

 

 二人から受け継いだものを胸に――。

 

 炭治郎は、再び手鬼へ向かって走り出した。

 

 

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