『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第六話 水の呼吸・拾ノ型

「ガキどもがぁぁぁ!!」

 

藤襲山の深い森に、手鬼の咆哮が轟いた。

 

月明かりを遮るほどの巨体。

 

その身体には、幾重にも腕が生えている。

 

一本、二本どころではない。

 

十本、二十本――数えることすら馬鹿らしくなるほどの腕が、地面を這い、木々を薙ぎ倒しながら蠢いていた。

 

「まとめて腹に収めてやるわぁぁぁ!!」

 

ドゴォォォン!!

 

巨大な拳が地面を叩き潰す。

 

土が爆ぜ、岩が砕け、木の根がむき出しになる。

 

「炭治郎!」

 

「分かってる!」

 

炭治郎は横へ飛び退いた。

 

直後。

 

ブォンッ!!

 

先ほどまで炭治郎の頭があった場所を、巨大な腕が通過する。

 

「速い……!」

 

着地した炭治郎が息を整える。

 

手鬼の攻撃は、ただ力任せに腕を振り回しているだけではない。

 

幾重にも重なった腕が、それぞれ異なる角度から襲いかかってくる。

 

避ければ別の腕。

 

受ければ、その直後に別の拳。

 

さらに――。

 

「逃げられると思うなぁぁぁ!!」

 

ズドドドドドドドッ!!

 

無数の腕が一斉に伸びてきた。

 

「くっ!」

 

炭治郎は刀を構えた。

 

「水の呼吸――参ノ型!」

 

身体を回転させる。

 

「流流舞い!」

 

ザシュッ!

 

迫っていた腕を一本、二本、三本と斬り落とす。

 

だが――。

 

「ヒヒヒッ!」

 

手鬼が笑った。

 

「そんなもので俺を倒せると思っているのかぁ!?」

 

ボコッ。

 

斬り落とされた腕の断面が蠢く。

 

肉が盛り上がる。

 

骨が伸びる。

 

そして――。

 

ズズズズズ……。

 

新しい腕が瞬く間に生えてきた。

 

「再生が……!」

 

炭治郎の額に汗が浮かぶ。

 

(速すぎる……!)

 

斬っても再生する。

 

しかも、斬るほど手鬼の攻撃が激しくなっていく。

 

「炭治郎!」

 

善逸の声が飛んできた。

 

「こいつ……普通の鬼じゃないぞ!」

 

「分かってる!」

 

「俺、さっきから何回死ぬと思ったか分かんないんだけどぉぉぉ!!」

 

善逸は涙を浮かべながらも、日輪刀を握っていた。

 

「でも……!」

 

ギュッ。

 

柄を握る手に力が入る。

 

「逃げたら……獪岳の兄貴に怒られる……!」

 

炭治郎は善逸を見る。

 

「善逸……」

 

善逸の身体は震えていた。

 

足も震えている。

 

歯もカチカチと鳴っている。

 

それでも――逃げない。

 

獪岳に何度も叩き込まれた言葉。

 

『怖くても足を止めるな』

 

『泥をすすってでも足掻け』

 

『生きて帰れ』

 

それが、善逸をこの場に踏み止まらせていた。

 

「俺は……!」

 

善逸が深く息を吸う。

 

「俺は獪岳の弟弟子だぁぁぁ!!」

 

バリッ!!

 

青白い雷気が全身から弾けた。

 

「だから……!」

 

腰を落とす。

 

「死ぬわけにはいかねぇぇぇ!!」

 

手鬼が目を見開く。

 

「雷の小僧……!」

 

善逸の姿が沈む。

 

次の瞬間――。

 

「雷の呼吸――」

 

バリィィィッ!!

 

地面が爆ぜた。

 

「壱ノ型・霹靂一閃!!」

 

ドンッ!!

 

善逸の姿が消える。

 

「なっ!?」

 

手鬼の目が追いつかない。

 

「どこだぁ!?」

 

右。

 

違う。

 

左。

 

違う。

 

背後――。

 

「ここだぁぁぁ!!」

 

ザンッ!!

 

腕が一本、宙を舞った。

 

「ぐおおおっ!?」

 

善逸は止まらない。

 

「六連!!」

 

バリバリバリバリバリバリッ!!

 

六条の雷光が森を駆け抜ける。

 

一本。

 

二本。

 

三本。

 

四本。

 

五本。

 

六本。

 

手鬼の腕が次々と斬り落とされていく。

 

「な、なんだとぉぉぉ!?」

 

手鬼が咆哮する。

 

だが――。

 

「まだだぁぁぁ!!」

 

善逸がさらに踏み込む。

 

「俺は……!」

 

七本目。

 

八本目。

 

九本目。

 

「獪岳の兄貴に……!」

 

十本目。

 

十一本目。

 

十二本目。

 

「弱いままだなんて……!」

 

最後の一本を斬り飛ばす。

 

「言わせねぇぇぇ!!」

 

ズガァァァン!!

 

手鬼の両側に大量の腕が落ちた。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

手鬼の首元が露出する。

 

「……!」

 

炭治郎は、その瞬間を見逃さなかった。

 

だが――。

 

手鬼の残された腕が、一斉に首へ集まる。

 

ズズズズズ……!

 

肉が重なっていく。

 

腕と腕が絡み合い、巨大な肉塊となる。

 

まるで丸太を何十本も束ねたような、分厚い防壁。

 

「ヒヒヒヒヒッ!」

 

手鬼が笑った。

 

「俺の首は斬れねぇぞぉ!!」

 

ドゴン!!

 

防壁をさらに腕が覆う。

 

「何十年も生きてきたんだ!」

 

ドンッ!

 

「何百人もの剣士を喰ってきた!」

 

ドゴォン!!

 

「お前らみたいなガキに――!」

 

手鬼が両腕を広げる。

 

「俺を殺せるわけがねぇぇぇ!!」

 

炭治郎は刀を構えた。

 

「……」

 

息を吸う。

 

肺いっぱいに空気を取り込む。

 

だが、身体は限界に近かった。

 

手鬼との戦いは長い。

 

全身に傷がある。

 

呼吸も乱れている。

 

腕には力が入りにくい。

 

それでも――。

 

炭治郎の脳裏に、これまでの日々が蘇った。

 

狭霧山。

 

鱗滝左近次との修行。

 

大岩。

 

錆兎。

 

真菰。

 

そして――。

 

『死んでも這い上がって生還しろ』

 

獪岳の声。

 

炭治郎は柄を強く握った。

 

(俺は……)

 

大岩を前にして何度も刀を振った。

 

何度も失敗した。

 

何度も倒れた。

 

それでも、諦めなかった。

 

(俺は、ここまで来た)

 

炭治郎の目に力が宿る。

 

「善逸!」

 

「な、なんだ!?」

 

「もう一度、道を作れるか!」

 

善逸は手鬼を見上げた。

 

「……あの肉の壁を?」

 

「ああ!」

 

善逸の顔が引きつる。

 

「無理無理無理! あんなの何本あると思ってんの!?」

 

「善逸!」

 

「……!」

 

炭治郎は真っ直ぐ善逸を見る。

 

「俺を信じてくれ!」

 

善逸の表情が止まった。

 

「……炭治郎」

 

「俺も、お前を信じる」

 

「……」

 

善逸の唇が震える。

 

やがて――。

 

「……分かった」

 

刀を握り直す。

 

「やってやるよ」

 

その瞳に覚悟が宿る。

 

「俺は……お前の道を作る!」

 

「ありがとう、善逸!」

 

「ただし!」

 

善逸が叫ぶ。

 

「絶対に外すなよぉぉぉ!!」

 

「ああ!」

 

手鬼が二人を睨みつける。

 

「何をごちゃごちゃ言ってやがるぅぅぅ!!」

 

無数の腕が一斉に振り上げられた。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

ドドドドドドドドドッ!!

 

森が震える。

 

木々が倒れる。

 

地面が次々と陥没する。

 

「行くぞ、善逸!!」

 

「おおおおお!!」

 

善逸が踏み込む。

 

「雷の呼吸――」

 

バリバリバリッ!!

 

「壱ノ型――!」

 

一瞬で視界から消える。

 

「霹靂一閃・六連!!」

 

ドォォォォン!!

 

六つの雷光が一直線に走った。

 

手鬼の腕を斬る。

 

また斬る。

 

さらに斬る。

 

「ぐおおおおお!?」

 

一本。

 

二本。

 

三本。

 

四本。

 

五本。

 

そして――。

 

「最後ぉぉぉ!!」

 

六本目。

 

ザンッ!!

 

手鬼の首を覆っていた最後の腕が宙を舞った。

 

「な……!」

 

手鬼が目を見開く。

 

「俺の……肉鎧が……!」

 

首が露出した。

 

「炭治郎!!」

 

善逸が叫ぶ。

 

「今だぁぁぁ!!」

 

炭治郎の身体が前へ飛び出した。

 

「ありがとう、善逸!!」

 

だが、手鬼は叫んだ。

 

「舐めるなぁぁぁ!!」

 

残った腕が炭治郎へ伸びる。

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

ブォンッ!!

 

巨大な拳。

 

炭治郎は避けなかった。

 

いや――。

 

避ける必要がなかった。

 

(見える)

 

鼻が捉える。

 

匂い。

 

腕が動く前の空気。

 

筋肉の収縮。

 

殺意。

 

そして――。

 

「隙の糸!」

 

炭治郎の目の前に、一本の糸が現れる。

 

手鬼の首へ伸びている。

 

「ここだ……!」

 

炭治郎は全身の力を刀へ集めた。

 

「水の呼吸――」

 

水流が刀身へ集まっていく。

 

一回転。

 

二回転。

 

三回転。

 

「拾ノ型――!」

 

身体がさらに加速する。

 

水流が巨大な龍へと変わる。

 

「生生流転!!」

 

ドォォォォォン!!

 

水龍が夜の森を駆け抜けた。

 

手鬼の腕を斬り裂く。

 

「なっ……!」

 

一閃。

 

二閃。

 

斬撃が重なる。

 

三閃。

 

四閃。

 

五閃。

 

回転するたびに勢いが増していく。

 

「や、やめろぉぉぉ!!」

 

手鬼が叫ぶ。

 

だが、炭治郎は止まらない。

 

「錆兎……!」

 

一閃。

 

「真菰……!」

 

二閃。

 

「この山で死んでいったみんな……!」

 

三閃。

 

「俺は……!」

 

さらに一歩。

 

「お前たちの想いを――!」

 

最後の一閃。

 

「無駄にしない!!」

 

ズバァァァァン!!

 

刃が手鬼の首へ深々と食い込んだ。

 

「ぐ……!」

 

手鬼の目が大きく見開かれる。

 

「馬鹿……な……」

 

炭治郎は全身の力を振り絞った。

 

「これで――!」

 

グッ!!

 

「終わりだぁぁぁ!!」

 

ズバンッ!!

 

巨大な首が――。

 

完全に斬り落とされた。

 

ドサァッ……。

 

手鬼の頭部が地面へ落ちる。

 

巨体がゆっくりと崩れ落ちた。

 

静寂。

 

あれほど騒がしかった森から、音が消えた。

 

炭治郎は荒い息を吐きながら、その場に立っていた。

 

刀の先から、ぽたりと血が落ちる。

 

「……」

 

善逸も呆然と立っている。

 

「……終わった?」

 

炭治郎は答えなかった。

 

ただ、手鬼の姿を見つめていた。

 

手鬼はまだ生きている。

 

だが――。

 

身体の輪郭が、少しずつ崩れ始めていた。

 

「……俺が……」

 

手鬼が呟く。

 

「負けた……?」

 

自分の首へ手を伸ばそうとする。

 

だが、指先はすでに灰へ変わり始めていた。

 

「こんな……ガキに……」

 

その顔から、憎悪が薄れていく。

 

そして――。

 

「……寒い」

 

炭治郎の鼻に届いた。

 

先ほどまでとは違う匂い。

 

憎しみではない。

 

怒りでもない。

 

もっと古く、もっと悲しい――。

 

孤独の匂い。

 

「……兄さん」

 

手鬼が呟いた。

 

「俺……」

 

その目に、遠い記憶が浮かんでいる。

 

まだ人間だった頃。

 

兄と一緒にいた日々。

 

兄の手。

 

兄の声。

 

そして――。

 

「……怖いよ」

 

炭治郎は静かに手鬼へ近づいた。

 

善逸も何も言わず、その背中を見つめる。

 

手鬼は炭治郎を見た。

 

「……どうして」

 

「……」

 

「どうして、お前は……」

 

鬼である自分を斬った。

 

それなのに。

 

どうして、そんな悲しそうな顔をする。

 

炭治郎は静かに答えた。

 

「……お前がやったことを許すことはできない」

 

手鬼の瞳が揺れる。

 

「お前が奪った命は、戻ってこない」

 

それでも――。

 

炭治郎は刀を収めた。

 

「でも、お前が最初から鬼だったわけじゃないなら……」

 

手鬼の目から、一筋の涙が流れた。

 

「……」

 

「次に生まれてくる時は、鬼になんてならないでほしい」

 

手鬼は何も言わなかった。

 

ただ――。

 

「……兄さん」

 

最後にそう呟いた。

 

そして、その身体は灰となって崩れ始める。

 

炭治郎はその姿を黙って見つめた。

 

「……さようなら」

 

灰が夜風に舞う。

 

やがて、手鬼の姿は完全に消えた。

 

森に静寂が戻る。

 

炭治郎はしばらく動かなかった。

 

善逸が隣へ歩いてくる。

 

「……炭治郎」

 

「うん」

 

「勝ったんだよな」

 

炭治郎は空を見上げた。

 

「……ああ」

 

「俺たち……あいつを倒したんだよな」

 

「うん」

 

善逸はその場へ座り込んだ。

 

「はぁぁぁぁ……!」

 

全身から力が抜ける。

 

「怖かったぁぁぁぁ!!」

 

「善逸……」

 

「死ぬかと思ったぁぁぁ!!」

 

「俺もだよ」

 

「炭治郎は平気そうに見えたぞ!」

 

「そんなことない」

 

炭治郎もその場へ座り込んだ。

 

「俺だって、ずっと怖かった」

 

「……本当?」

 

「ああ」

 

「じゃあ……俺たち、ちゃんと怖くても戦えたんだな」

 

「そうだな」

 

二人は顔を見合わせる。

 

そして――。

 

「はは……」

 

「ははは……」

 

小さな笑いが漏れた。

 

善逸が空を見上げる。

 

「……兄貴に報告しないとな」

 

「ああ」

 

炭治郎も頷く。

 

「獪岳さんに」

 

善逸は胸元を押さえた。

 

そこには、獪岳から渡された小さな傷薬の瓶がある。

 

「兄貴……褒めてくれるかな」

 

「きっと褒めてくれるよ」

 

「本当?」

 

「うん」

 

炭治郎は立ち上がった。

 

「だって、俺たちは生き残ったんだから」

 

善逸も立ち上がる。

 

「……そうだな」

 

二人は再び歩き出した。

 

手鬼との戦いは終わった。

 

だが――。

 

藤襲山での最終選別は、まだ終わっていない。

 

二人にはまだ戦わなければならない鬼がいる。

 

まだ生きて帰らなければならない。

 

そして――。

 

この戦いの先には、さらに強大な鬼たちが待っている。

 

炭治郎は刀を握り直した。

 

善逸もまた、日輪刀を腰へ収める。

 

「行こう、善逸」

 

「ああ」

 

「生きて帰ろう」

 

「絶対にな」

 

夜の藤襲山。

 

二人の背中を、月明かりが静かに照らしていた。

 

そしてその遥か彼方――。

 

まだ二人が知らない未来へ向かって、運命は静かに動き始めていた。

 

 

 

 

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