『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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那田蜘蛛山編

第一話 那田蜘蛛山・蜘蛛の巣

 

夜。

 

月明かりすら木々に遮られ、那田蜘蛛山は不気味な静寂に包まれていた。

 

風が吹いているはずなのに、木々の葉はほとんど揺れない。

 

聞こえてくるのは、時折どこか遠くから響く――。

 

カサ……。

 

カサカサ……。

 

何かが這い回るような、粘ついた音だけだった。

 

山道の入り口。

 

竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助の三人は、揃って那田蜘蛛山を見上げていた。

 

「…………」

 

炭治郎は無意識に鼻を押さえた。

 

山から漂ってくる匂いが、明らかに普通ではない。

 

血。

 

腐敗。

 

汗。

 

恐怖。

 

そして――蜘蛛の糸。

 

「……嫌な匂いだ」

 

炭治郎が呟く。

 

その隣では、善逸が真っ青な顔をしていた。

 

「嫌な匂いどころじゃないよぉぉぉ!!」

 

「うわっ!?」

 

突然、善逸が炭治郎に抱きつく。

 

「帰ろう炭治郎! ここ絶対ヤバいって! 俺には分かる! 俺の耳が言ってる! この山に入ったら死ぬって!!」

 

「善逸、落ち着け!」

 

「落ち着けるわけないだろぉぉ!! だって聞こえるんだよ! 山の奥から何かが動いてる音がするんだよぉぉ!!」

 

「だったらなおさら行かねえとな!」

 

伊之助が獣のような笑みを浮かべる。

 

「鬼がいるんだろ!? だったら俺様が全部ぶっ倒してやる!」

 

「お前も少しは警戒しろよ!」

 

「うるせぇ炭焼き頭!」

 

「誰が炭焼き頭だ!」

 

いつものように言い争いを始める二人。

 

だが――。

 

炭治郎だけは笑えなかった。

 

鼻に入ってくる匂いが、時間と共に濃くなっている。

 

そして。

 

「……待って」

 

炭治郎が手を上げた。

 

「どうした?」

 

伊之助が振り返る。

 

炭治郎は山の奥を見つめた。

 

「誰かいる」

 

「鬼か?」

 

「分からない。でも……」

 

炭治郎の表情が険しくなる。

 

「苦しんでいる人の匂いがする」

 

その瞬間だった。

 

――バチッ。

 

「?」

 

夜の闇に、小さな青白い光が走った。

 

次の瞬間。

 

「バリィィィィッ!!」

 

轟音と共に、山道の前方へ雷が落ちた。

 

ドォンッ!!

 

地面が震える。

 

土煙が舞い上がり、木々の枝葉が大きく揺れた。

 

善逸が悲鳴を上げる。

 

「ひいいいいっ!? 雷!? なんで!? 今、雲なかったよね!?」

 

煙の向こうから、ゆっくりと一人の男が歩いてくる。

 

黒地の隊服。

 

雷を思わせる意匠。

 

腰に差した日輪刀。

 

そして、その身から僅かに漏れ出す青白い雷気。

 

「……ったく」

 

男は耳をほじりながら、呆れた顔をしていた。

 

「麓までお前らの汚ぇ悲鳴が響いてんぞ、善逸」

 

「か、獪岳あぁぁぁん!!」

 

善逸の顔が一瞬で明るくなった。

 

「助けに来てくれたんだね!? やっぱり兄貴は最高だよぉぉ!!」

 

「誰が助けに来たっつった」

 

鳴柱――獪岳。

 

炭治郎たちの先輩にして、我妻善逸の兄弟子。

 

そして、若くして柱の座にまで登り詰めた雷の剣士だった。

 

獪岳の後ろには、二人の剣士が続いている。

 

水柱・冨岡義勇。

 

そして、穏やかな笑みを浮かべる胡蝶しのぶ。

 

「獪岳さん! 冨岡さん! しのぶさんまで……!」

 

炭治郎が驚いて駆け寄る。

 

「どうしてここへ?」

 

「理由は簡単だ」

 

獪岳が山を睨む。

 

「先行していた隊士からの連絡が途絶えた」

 

「……!」

 

炭治郎の表情が変わる。

 

獪岳は続けた。

 

「しかも一人や二人じゃねえ。複数の隊士が同時に消息を絶ってる。普通の鬼が巣食ってるだけなら、ここまで通信が途切れることはねえ」

 

冨岡が静かに山を見上げる。

 

「何者かが意図的に隊士を集めている可能性がある」

 

「そういうことだ」

 

獪岳が頷く。

 

しのぶが柔らかな声で付け加えた。

 

「そして、鬼殺隊の調査によれば……この山には、かなり強力な鬼がいる可能性があります」

 

「かなり強力って……」

 

善逸が震える。

 

しのぶは微笑んだ。

 

「ええ。もしかすると――十二鬼月かもしれません」

 

「じゅ、十二鬼月ぅぅ!?」

 

善逸の顔から血の気が引いた。

 

伊之助は逆に目を輝かせる。

 

「十二鬼月だと!? そいつが一番強い奴か!?」

 

「お前は少し黙ってろ」

 

獪岳が伊之助の頭を小突いた。

 

「痛ぇ!」

 

「強敵を相手にするなら、まず状況を把握しろ。突っ込むだけなら猪でもできる」

 

「俺様は猪じゃねぇ!」

 

「知るか」

 

炭治郎は思わず苦笑した。

 

しかし、その直後。

 

「……獪岳さん」

 

「なんだ?」

 

「この山……やっぱりおかしいです」

 

炭治郎は鼻をひくつかせる。

 

「さっきから、人の匂いがします。でも……その人たちの匂いが、どこか変なんです」

 

「変?」

 

「恐怖だけじゃない。まるで……自分の意思とは関係なく動いているような――」

 

カサカサカサ……。

 

その時。

 

山の奥から大量の音が響いた。

 

木々の間から、人影が現れる。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

いや――十人以上。

 

鬼殺隊の隊士たちだった。

 

「……!」

 

炭治郎が刀を抜く。

 

「鬼か!?」

 

伊之助も二刀を構えた。

 

しかし、善逸が叫んだ。

 

「待って!! あれ、人間だ!!」

 

その言葉通りだった。

 

現れた隊士たちの中には、傷つきながらも確かに鬼殺隊の隊服を着た者たちがいる。

 

だが、その動きは明らかに異常だった。

 

首が不自然な方向へ傾き、腕が操り人形のように動いている。

 

「た……助け……」

 

一人の隊士が呻く。

 

「身体が……勝手に……!」

 

炭治郎の目が見開かれる。

 

「操られてる!」

 

その瞬間。

 

隊士たちの腕が一斉に動いた。

 

「危ねえ!」

 

獪岳が叫ぶ。

 

炭治郎たちが飛び退く。

 

隊士たちが振るった刀が地面へ突き刺さった。

 

その刀身には――何本もの細い糸が絡みついている。

 

「糸……!」

 

炭治郎が息を呑む。

 

「蜘蛛の糸か!」

 

獪岳はすぐさま状況を理解した。

 

「全員、動くな!」

 

「え?」

 

「糸を無理に引っ張るな! 隊士ごと斬ることになる!」

 

獪岳が刀を抜く。

 

「俺が切る」

 

バチッ。

 

日輪刀に雷光が走る。

 

「雷の呼吸――」

 

姿勢を低くする。

 

「壱ノ型――」

 

次の瞬間。

 

「霹靂一閃!」

 

ドンッ!!

 

雷鳴。

 

獪岳の姿が消える。

 

青白い閃光が山道を駆け抜け――。

 

パチパチパチッ!

 

隊士たちの身体に絡みついていた糸だけが、次々と切断されていく。

 

誰一人、傷つけない。

 

隊士たちは糸から解放され、その場へ崩れ落ちた。

 

「す、すごい……」

 

炭治郎が目を見張る。

 

「糸だけを……!」

 

獪岳は刀を振って血ならぬ糸の切れ端を払い落とした。

 

「俺を誰だと思ってやがる」

 

そして振り返る。

 

「炭治郎、伊之助」

 

「はい!」

 

「お前らは倒れた隊士を安全な場所へ運べ。殺すな。まだ生きてる」

 

「分かりました!」

 

「善逸!」

 

「ひっ!?」

 

善逸が肩を震わせる。

 

「お前は何をするんだ!?」

 

「え、えっと……逃げる?」

 

「……」

 

獪岳の額に青筋が浮かぶ。

 

「冗談です!!」

 

「後方警戒だ。耳がいいお前なら、糸を操ってる奴の位置を探れる」

 

「……!」

 

善逸の顔から恐怖が少しだけ消えた。

 

「俺の……耳を?」

 

「ああ」

 

獪岳は真っ直ぐ善逸を見る。

 

「怖がるのは勝手だ。だが、お前の力を使わずに泣いてるだけなら、それこそ俺の弟弟子として恥だぞ」

 

「……!」

 

善逸は唇を噛んだ。

 

やがて。

 

「……分かった」

 

震える手で刀を握る。

 

「俺、やるよ。兄貴に教えてもらったんだから……」

 

獪岳は鼻を鳴らした。

 

「最初からそうしろ」

 

その横で、しのぶが倒れた隊士の治療を始める。

 

「この方たちはまだ助かりますね」

 

「頼む、しのぶ」

 

「はい」

 

二人の間には、言葉以上の信頼があった。

 

冨岡もまた、周囲を警戒しながら静かに刀を構える。

 

「獪岳」

 

「あ?」

 

「上だ」

 

獪岳が視線を上げる。

 

月明かりの届かない木々の隙間。

 

そこに――。

 

無数の白い糸が張り巡らされていた。

 

山そのものが、巨大な蜘蛛の巣になっている。

 

「……なるほどな」

 

獪岳の目が鋭く細められる。

 

「山全体を巣にしてやがるのか」

 

「まるで、逃げ道を塞いでいるようです」

 

しのぶが呟く。

 

炭治郎は鼻を利かせた。

 

「……います」

 

「どこだ?」

 

「山の奥……かなり深いところです」

 

炭治郎の声が震える。

 

「たくさんの鬼の匂いがします。でも、その中心に……一番濃い匂いがある」

 

獪岳はニヤリと笑った。

 

「上等だ」

 

刀を構える。

 

「どうやら、こっちから挨拶に行く必要はなさそうだな」

 

その瞬間――。

 

山の奥から、低い笑い声が響いた。

 

「……クスクス……」

 

「……!」

 

全員が一斉に山奥を見る。

 

「クスクスクス……」

 

木々の間で、何かが蠢いている。

 

そして――。

 

「ようこそ……私たちの家へ」

 

女の声。

 

その言葉と同時に、山中のあちこちで糸が張り詰める。

 

ギギギギギ――。

 

獪岳の表情から笑みが消えた。

 

「全員、警戒しろ」

 

「はい!」

 

「行くぞ、バカども」

 

炭治郎、善逸、伊之助が刀を構える。

 

冨岡としのぶも続く。

 

獪岳が先頭に立った。

 

その足元から、青白い雷光が静かに迸る。

 

「この山にいるクソ鬼どもに教えてやる」

 

一歩。

 

また一歩。

 

蜘蛛の巣に覆われた山へ踏み込んでいく。

 

「人間を操って遊ぶってんなら――」

 

獪岳の眼光が鋭く輝く。

 

「それ相応の覚悟をしやがれ」

 

バリッ――!

 

雷鳴が那田蜘蛛山に轟いた。

 

こうして、鬼殺隊の若き剣士たちと柱たちによる、那田蜘蛛山での戦いが始まった。

 

そして誰も知らなかった。

 

この山の奥に待ち受ける存在が、炭治郎たちの運命を大きく変えることを。

 

――蜘蛛の巣に囚われた者たちを救うため。

 

鳴柱・獪岳を先頭に、一行は深い闇の中へと進んでいった。

 

 

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