『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第五話 我妻善逸、雷鳴を轟かす

那田蜘蛛山の中腹。

 

炭治郎、伊之助、そして獪岳たちが山奥へ進んでいく一方で、我妻善逸は一人、薄暗い山道に取り残されていた。

 

月明かりすら木々に遮られ、周囲には不気味な静寂が広がっている。

 

「嫌だぁぁぁぁ!! なんで俺だけ一人なのぉぉぉ!!」

 

善逸は半泣きになりながら山道を走っていた。

 

「炭治郎ぉぉ! 伊之助ぇぇ! 獪岳あぁぁん! 置いてかないでよぉぉ!!」

 

返事はない。

 

聞こえるのは、自分の足音と木々のざわめきだけ。

 

「……本当に誰もいない……?」

 

善逸が恐る恐る足を止めた、その時だった。

 

ポタッ。

 

頬に冷たい液体が落ちた。

 

「……?」

 

善逸が指で触れる。

 

紫色の粘ついた液体。

 

「うわぁぁぁぁ!! なにこれぇぇ!?」

 

慌てて頭上を見上げた。

 

そこにいたのは、人間の胴体に蜘蛛の脚を生やした異形の鬼。

 

木の枝に逆さまになりながら、巨大な蜘蛛の口を歪めて笑っている。

 

「見つけたぞ、小僧……」

 

「ひっ……!」

 

兄蜘蛛。

 

その不気味な姿を目にした瞬間、善逸の身体が硬直した。

 

「お前も仲間にしてやるよ。俺の毒が回れば、じきに身体が蜘蛛へ変わる。髪も抜け、皮膚も爛れ、最後には――」

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!!」

 

善逸の絶叫が山中に響き渡る。

 

「蜘蛛になるのだけは嫌だぁぁ!! 俺は普通に生きたいんだよぉぉ!!」

 

だが、叫びながらも身体にはすでに異変が起きていた。

 

手甲の隙間から紫色の斑点が広がっている。

 

「……え?」

 

手が震える。

 

指先の感覚が鈍い。

 

「毒……?」

 

兄蜘蛛が愉快そうに笑った。

 

「もう回り始めている。あと少しだ」

 

「いやだ……」

 

善逸の顔から血の気が引いていく。

 

「死にたくない……」

 

膝が震える。

 

「獪岳……」

 

無意識に、兄貴弟子の名前が口から零れた。

 

だが、恐怖は容赦なく善逸の意識を呑み込んでいく。

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!!」

 

その叫びが途切れた。

 

ガクンッ。

 

善逸の身体が崩れ落ちる。

 

「ヒヒッ! 腰が抜けたか!」

 

兄蜘蛛が勝利を確信した。

 

しかし――。

 

倒れたはずの善逸の指が、僅かに動いた。

 

そして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……呼吸を……整える……」

 

先ほどまでの泣き叫ぶ姿が嘘のようだった。

 

善逸の瞼は閉じられている。

 

恐怖から逃げるように意識を手放した彼の身体は、それでも獪岳から叩き込まれた稽古だけを覚えていた。

 

『善逸。お前は雷の呼吸・壱ノ型しか使えねえ』

 

幼い頃の獪岳の声。

 

『なら、それでいい』

 

『一つしか使えねえなら、その一つを極限まで磨け』

 

竹刀が振り下ろされる。

 

『泣いてる暇があるなら立て』

 

また一撃。

 

『怖くても足を止めるな』

 

さらに一撃。

 

そして最後に――。

 

『泥をすすってでも生き残れ。死ぬまで諦めるんじゃねえ』

 

「……そうだ……」

 

善逸の呼吸が、深くなる。

 

「俺には……これしかない……」

 

握り締めた日輪刀。

 

「でも……これだけは……誰にも負けない……!」

 

次の瞬間。

 

ドンッ!!

 

大地が爆ぜた。

 

「なっ!?」

 

兄蜘蛛が目を見開く。

 

善逸の姿が消えていた。

 

「どこへ――」

 

バリバリバリバリッ!!

 

青白い雷光が樹海を駆け抜けた。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

六度。

 

縦横無尽に木々を蹴り、雷そのものとなった善逸が兄蜘蛛へ迫る。

 

「雷の呼吸――」

 

兄蜘蛛が慌てて糸を放つ。

 

「壱ノ型――」

 

糸が善逸の身体を捉えようとする。

 

しかし遅い。

 

「霹靂一閃――六連!!」

 

ドドドドドンッ!!

 

六つの雷鳴が、夜の那田蜘蛛山を轟かせた。

 

糸が切断される。

 

木々が弾ける。

 

兄蜘蛛の目には、もはや善逸の姿を捉えることすらできなかった。

 

「な……なんだ、この速さ……!?」

 

最後の一閃。

 

「――終わりだ」

 

ヒュンッ。

 

善逸の刀が走った。

 

兄蜘蛛の首が宙を舞う。

 

遅れて身体が崩れ落ち、鬼の肉体が灰へと変わっていく。

 

善逸は空中で刀を納め、そのまま木の枝へ静かに着地した。

 

だが――。

 

「……っ」

 

毒は消えていない。

 

膝から力が抜け、善逸は枝の上に座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

呼吸するだけでも苦しい。

 

それでも、善逸は夜空を見上げた。

 

雲の切れ間から、淡い月が覗いている。

 

「……獪岳……」

 

思い浮かぶのは、いつも怒鳴ってばかりの兄貴弟子。

 

「俺……ちゃんと……戦えたかな……」

 

返事はない。

 

それでも善逸は、ほんの少しだけ笑った。

 

「……少しは……褒めてくれるかな……」

 

その時。

 

「ええ。きっと褒めてくれますよ」

 

「……え?」

 

木々の間から、蝶の髪飾りが揺れた。

 

ふわりと舞い降りたのは、胡蝶しのぶだった。

 

「善逸くん。よく頑張りましたね」

 

「しのぶ……さん……?」

 

しのぶは微笑みながら、善逸の腕に残る毒の痕を確認する。

 

「かなり強い毒ですね。でも、ご安心ください。解毒剤を持ってきています」

 

「……獪岳が……?」

 

「はい。あなたたちが危険な場所へ向かうことを、あの方が何も考えていないと思いますか?」

 

しのぶは小さく笑った。

 

「あなたが一人になった場合も想定して、私に救護を頼んでいたんですよ」

 

「……そっか……」

 

善逸の目から、涙が一筋こぼれた。

 

「やっぱり……獪岳は……優しいなぁ……」

 

「本人に言ったら、怒られるでしょうけどね」

 

「うん……絶対怒る……」

 

しのぶが解毒剤を投与する。

 

少しずつ身体の痺れが薄れていく。

 

善逸は再び夜空を見上げた。

 

「……獪岳……俺、もっと強くなるよ」

 

遠くで雷鳴が響いた。

 

まるでその言葉に応えるように。

 

「だから……ちゃんと見ててくれよな……兄貴」

 

那田蜘蛛山を覆う闇の中。

 

一人の少年が放った雷鳴は、確かに山の奥へと轟き渡っていた。

 

 

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