『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第二話 夢の中へ

 

無限列車は、夜の闇を切り裂きながら走り続けていた。

 

ガタン、ゴトン。

 

規則正しい車輪の音。

 

窓の外を流れていく暗闇。

 

車内には、任務の緊張感とは裏腹に、どこか眠気を誘うような静けさが漂っていた。

 

「……ふう」

 

炭治郎は小さく息を吐いた。

 

先ほどまでの警戒は解いていない。

 

しかし、目の前にいる炎柱・煉獄杏寿郎の堂々たる姿と、隣で腕を組んで座る鳴柱・獪岳の存在が、彼に不思議な安心感を与えていた。

 

「竈門少年!」

 

「はい!」

 

煉獄が突然、声を張り上げる。

 

「君は最近、かなり鍛錬を積んでいるようだな!」

 

「えっ?」

 

「立ち姿が以前とは違う! 呼吸も安定している! 実に良いことだ!」

 

「ありがとうございます!」

 

炭治郎が嬉しそうに頭を下げる。

 

その横で獪岳が鼻を鳴らした。

 

「……褒めすぎだ、杏寿郎。こいつはまだまだ未熟だぞ」

 

「む! ならば君が鍛えればいいではないか!」

 

「俺は雷の呼吸だ。水の呼吸まで面倒見られるか」

 

「ならば精神を鍛えればいい!」

 

「精神論で何とかなるなら、世の中から鬼なんざ消えてるっつうの」

 

「はっはっは! それもそうだ!」

 

「笑ってんじゃねえよ!」

 

そんな二人のやり取りを見ながら、善逸は思わず苦笑する。

 

「なんだか……二人とも仲良いよね」

 

「誰がこいつと仲良しだ」

 

「俺もそう思うぞ!」

 

「息ぴったりじゃん……」

 

伊之助も楽しそうに笑っていた。

 

「おもしれえ! 雷男と炎男、どっちが強いんだ!?」

 

「勝負するか!」

 

「やめろぉぉぉ!」

 

そんな騒がしい時間が続いていた。

 

だからこそ――。

 

異変に最初に気づいたのは、獪岳だった。

 

「……?」

 

ふと、獪岳の眉が動く。

 

車掌が近づいてきていた。

 

「失礼いたします」

 

車掌は乗客たちの切符を確認しながら、順番に鋏を入れていく。

 

カチン。

 

カチン。

 

カチン。

 

その音を聞いているうちに、獪岳の鼻腔へ妙な匂いが入り込んできた。

 

(……何だ、この匂いは)

 

血の匂い。

 

そして、それに混じった異様な甘さ。

 

獪岳は反射的に刀の柄へ手を伸ばした。

 

「……おい」

 

だが、その瞬間。

 

車掌が炭治郎の切符へ鋏を入れた。

 

カチン。

 

「――ッ!」

 

猛烈な眠気が襲いかかった。

 

「な……んだ……?」

 

炭治郎の視界が歪む。

 

身体から力が抜けていく。

 

「炭治郎……?」

 

善逸の声も弱々しくなる。

 

「眠……い……」

 

伊之助は座席に倒れ込んだ。

 

「ぐ……なんだ……これ……」

 

そして、獪岳。

 

「……舐めた真似……しやがって……!」

 

バチバチバチッ!!

 

身体中に雷気を巡らせる。

 

呼吸を整え、血流を強制的に活性化させる。

 

「寝てたまるか……!」

 

しかし。

 

眠気は消えなかった。

 

むしろ、雷気を巡らせれば巡らせるほど、頭の奥へ重い霧が侵入してくる。

 

(血鬼術……か)

 

獪岳は歯を食いしばった。

 

(こいつ……俺たちを眠らせるつもりか……!)

 

視界の端で、煉獄の身体がゆっくりと傾いた。

 

「……む……」

 

炎柱の巨体が、座席へ沈む。

 

「杏寿郎……!」

 

獪岳が手を伸ばす。

 

しかし、その手も途中で止まった。

 

「……クソッ……!」

 

そして――。

 

ガクリ。

 

獪岳の頭が落ちた。

 

車内に静寂が戻る。

 

完全に眠りへ落ちた四人。

 

その様子を確認すると、車掌は不気味な笑みを浮かべた。

 

「……良い夢をご覧ください」

 

やがて車掌が去っていく。

 

入れ替わるように、天井の暗がりから数人の子供たちが姿を現した。

 

その手には、不思議な縄が握られている。

 

「これを……柱たちに繋げば……」

 

少年の手は震えていた。

 

「本当に……これで、夢の中へ入れるんだよな?」

 

「うん」

 

別の子供が頷く。

 

「縄の先には、あの人の血鬼術が繋がっている。あの人たちの精神へ入り込んで、無意識領域にある『核』を壊せばいい」

 

「でも……柱だぞ」

 

少年が恐る恐る獪岳を見る。

 

「失敗したら……殺されるんじゃ……」

 

「大丈夫だよ」

 

少女が囁く。

 

「眠っている間なら、柱だって戦えない」

 

子供たちは、それぞれ眠っている剣士へ縄を繋いでいく。

 

炭治郎。

 

善逸。

 

伊之助。

 

煉獄。

 

そして――獪岳。

 

最後の縄が繋がった瞬間。

 

シュルルル……。

 

意識の奥深くへ、何かが侵入していった。

 

夢。

 

記憶。

 

願望。

 

恐怖。

 

それら全てが混ざり合う、心の最深部。

 

少年たちは、それぞれ別々の夢へと落ちていった。

 

まず、炭治郎。

 

その目の前に広がったのは――。

 

雪。

 

見慣れた山。

 

懐かしい家。

 

「兄ちゃん!」

 

聞き覚えのある声。

 

炭治郎が振り返る。

 

「……!」

 

そこには、禰豆子がいた。

 

竹筒を咥えていない。

 

普通の少女として笑っている。

 

「兄ちゃん、早く!」

 

「炭治郎、薪を割ってくれたの? ありがとうね」

 

母親が優しく微笑む。

 

弟や妹たちが炭治郎へ駆け寄ってくる。

 

囲炉裏には温かな鍋。

 

薪の燃える音。

 

家族の笑い声。

 

炭治郎の目から、涙がこぼれた。

 

「……母さん……」

 

「どうしたの、炭治郎?」

 

「……禰豆子……」

 

「うん?」

 

禰豆子が笑う。

 

その笑顔は、炭治郎が何よりも望んでいたものだった。

 

(そうだ……)

 

炭治郎は胸に手を当てる。

 

(俺は……家族を守れたんだ)

 

鬼に襲われることもない。

 

禰豆子が鬼になることもない。

 

鬼殺隊に入る必要もない。

 

誰も死なない。

 

誰も傷つかない。

 

ただ家族と一緒に暮らせる。

 

(ああ……)

 

炭治郎は、幸せそうに笑った。

 

(これが……俺の望んでいた日常だったんだ)

 

しかし――。

 

同じ頃。

 

我妻善逸の夢では。

 

「善逸!」

 

大勢の女性たちに囲まれた善逸が、鼻の下を伸ばしていた。

 

「えっ!? 俺、こんなにモテていいの!?」

 

伊之助の夢では、巨大な山を支配する王として君臨していた。

 

「俺様が天下の王だァァァ!」

 

煉獄の夢では、家族と共に穏やかな食卓を囲んでいた。

 

「母上!」

 

「杏寿郎……」

 

温かな時間。

 

誰も失わない世界。

 

誰も苦しまない世界。

 

それぞれの心が求める、最も甘美な夢。

 

だが――。

 

一人だけ。

 

全く違う夢を見ている男がいた。

 

獪岳。

 

その無意識領域へ侵入した少年は――。

 

「……え?」

 

言葉を失った。

 

そこには、何もなかった。

 

家もない。

 

人もいない。

 

温かな光もない。

 

ただ、果てしなく広がる黒い荒野。

 

ゴロゴロゴロゴロ……。

 

遠くで雷鳴が響いている。

 

「なんだ……ここ……」

 

一歩。

 

少年が踏み出す。

 

ザッ。

 

その瞬間。

 

バチィィィッ!!

 

目の前へ雷が落ちた。

 

「うわあああっ!」

 

少年が尻餅をつく。

 

地面が割れる。

 

雷が走る。

 

さらに遠くでは、無数の雷光が大地を叩き続けていた。

 

ゴロゴロゴロゴロ……!

 

ドォン!!

 

ドォン!!

 

ドォン!!

 

「ひっ……!」

 

少年の身体が震え始める。

 

ここには、獪岳の「幸福」が存在しない。

 

存在するのは――。

 

「生きろ」

 

どこからともなく、声が響いた。

 

「泥をすすってでも生きろ」

 

雷鳴が轟く。

 

「足を止めるな」

 

さらに雷が落ちる。

 

「絶望した時こそ、足掻け」

 

少年は耳を塞いだ。

 

「やめろ……」

 

「這い上がれ」

 

「やめろ!」

 

「死にたくなければ――」

 

「やめろぉぉぉ!」

 

バァン!!

 

少年の目の前に巨大な雷柱が立ち上がった。

 

その中心。

 

黒い羽織を纏った男の影が、ゆっくりと振り返る。

 

「……誰だ」

 

獪岳だった。

 

だが、眠っている獪岳本人ではない。

 

彼の心そのもの。

 

少年は震えながら後ずさる。

 

「お、お前……獪岳……?」

 

雷鳴が止む。

 

獪岳の影が少年を見据える。

 

「俺の中へ勝手に入ってきたのは、お前か」

 

「ひっ……!」

 

「……ふざけた真似しやがって」

 

獪岳が刀を抜く。

 

その瞬間。

 

世界中の雷が、一斉に轟いた。

 

「ここは俺の領域だ」

 

青白い雷光が、少年の顔を照らす。

 

「夢の中だからって――」

 

獪岳の瞳が鋭く細められる。

 

「俺が無抵抗だと思うなよ」

 

少年の全身から血の気が引いた。

 

「う……うわあああああっ!!」

 

少年は逃げ出した。

 

だが――。

 

逃げても逃げても、どこまでも雷鳴が追いかけてくる。

 

その頃、現実の無限列車では。

 

眠り続ける獪岳の指が、ほんの僅かに動いた。

 

そして――。

 

「……誰が、俺の中を好き勝手に荒らしてやがる……」

 

眠ったまま、獪岳の口元に凶悪な笑みが浮かんだ。

 

甘美な夢へ沈んだ若き剣士たち。

 

そして、悪夢そのものと化した鳴柱の精神世界。

 

無限列車を舞台にした血鬼術の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 

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