『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第三話 下弦の壱・魘夢

「フフフ……あははははっ!」

 

夜の闇を切り裂きながら、無限列車はひたすら線路を走り続けていた。

 

車輪が鉄路を噛み砕く音。

 

蒸気を吐き出す音。

 

そして、車内で眠りへと落ちていった人々の静かな寝息。

 

その全てを、列車の屋根に立つ一人の鬼が愉快そうに聞いていた。

 

「なんて幸せそうな顔で眠っているんだろう……」

 

下弦の壱・魘夢。

 

月明かりに照らされたその顔には、異様なほど恍惚とした笑みが浮かんでいた。

 

「人間の心なんて、ほんの少し揺さぶってやれば簡単に壊れてしまう。幸福な夢を見せて、油断させて……その一番大切なところを、ぐしゃりと壊す」

 

魘夢は、自らの手甲に浮かんだ口を撫でる。

 

「苦しみ、絶望し、泣き叫ぶ顔……ああ、たまらないねぇ」

 

今回の獲物は、ただの一般人ではない。

 

鬼殺隊の剣士。

 

それも、柱が二人。

 

さらに若い剣士が三人。

 

「柱を悪夢に沈めるなんて、素敵じゃないか。特にあの鳴柱……」

 

魘夢は、車内で眠る獪岳へ意識を向けた。

 

「どんな夢を見るのかな?」

 

その問いに答えるように、血鬼術の縄が微かに脈動する。

 

夢の中へ侵入した刺客たちは、それぞれの標的の精神の核を目指していた。

 

炭治郎。

 

善逸。

 

伊之助。

 

煉獄。

 

そして、獪岳。

 

誰もが魘夢にとっては、壊すべき玩具だった。

 

しかし――。

 

「……え?」

 

獪岳の精神世界へ入り込んだ少年が、足を止めた。

 

そこには何もなかった。

 

いや。

 

正確には、「何も見えないほど暗かった」。

 

地面もない。

 

空もない。

 

ただ果てしなく続く漆黒。

 

少年は恐る恐る一歩を踏み出す。

 

「ここ……どこ?」

 

ゴロゴロゴロゴロ……。

 

遠くで雷鳴が響いた。

 

少年が顔を上げる。

 

その瞬間。

 

ドンッ!!

 

大地そのものを叩き割るような雷が目の前に落ちた。

 

「ひっ……!」

 

さらに一つ。

 

ドンッ!!

 

また一つ。

 

ドドドドドンッ!!

 

無数の雷が漆黒の世界を駆け巡る。

 

そのたびに空間が震え、少年の身体まで吹き飛ばされる。

 

「な、なんだよ……ここ……!」

 

そして。

 

闇の向こうから、声が響いた。

 

『泥をすすれ』

 

少年の顔が引きつる。

 

『這いつくばってでも生き残れ』

 

ズズズズズ……。

 

漆黒の雷気が地面を這い、少年の足元まで迫ってくる。

 

『諦めるな』

 

雷鳴。

 

『立て』

 

轟音。

 

『足を止めるな』

 

そして。

 

少年の目の前に、巨大な影が立ち上がった。

 

黒い羽織。

 

鋭い眼光。

 

身体中から青白い雷を迸らせる――夢の中の獪岳。

 

「ひっ……!」

 

夢の住人であるはずの獪岳が、ゆっくりと少年へ顔を向けた。

 

「俺の領域に入り込んで、何してやがる?」

 

「う、うわあああああっ!!」

 

少年は恐怖のあまり腰を抜かした。

 

獪岳の無意識領域。

 

そこは幸福でも安らぎでもない。

 

長年、泥をすすり、敗北を噛み締め、それでも這い上がり続けた男の精神そのものだった。

 

「た、助けて……!」

 

少年は必死に縄へ手を伸ばした。

 

だが。

 

縄はいつの間にか焼き切れていた。

 

「なんで……!?」

 

青白い雷が、少年の周囲を取り囲む。

 

『足を止めるな』

 

「ひぃぃぃぃっ!!」

 

少年は泣きながら夢の領域から逃げ出した。

 

無限列車の車内。

 

「うわあああああっ!!」

 

獪岳に縄を繋いでいた少年が、現実世界で飛び起きた。

 

そのまま床に転がり、泡を吹いて震えている。

 

「な、何なんだよ……あいつの夢……! あんなの、夢じゃない……地獄だ……!」

 

しかし、そんな異変に魘夢はまだ気づいていない。

 

「フフフ……まあいい。柱だからといって、夢から逃げられるはずがない」

 

魘夢は次の標的へ意識を向けた。

 

煉獄。

 

その夢の中では、燃え盛る炎が優しく揺れていた。

 

煉獄の家族。

 

弟。

 

父。

 

そして、笑顔で食卓を囲む温かな光景。

 

「うむ! 今日も良い日だ!」

 

煉獄は笑っていた。

 

だが、彼の夢へ侵入した少女は、少しずつ精神の核へ近づいていく。

 

「もう少し……もう少しで……」

 

その時。

 

少女の首元に、何かが絡みついた。

 

「え……?」

 

ギリッ。

 

「ぐっ……!」

 

夢の中の煉獄が、少女の存在を無意識に察知していた。

 

「他人の家族に、勝手に入るな!!」

 

「ひっ……!」

 

少女は悲鳴を上げる。

 

その精神力だけで、侵入者を押し返す。

 

「くそっ……!」

 

魘夢は屋根の上で眉をひそめた。

 

「……使えない子供たちだねぇ」

 

しかし。

 

「まだだ」

 

魘夢は笑った。

 

「竈門炭治郎の夢さえ壊せば、全員まとめて絶望する」

 

炭治郎の夢。

 

そこには、失われたはずの家族がいた。

 

「兄ちゃん! 早く起きて!」

 

「炭治郎、お味噌汁ができたわよ」

 

「兄ちゃん、一緒に薪を取りに行こう!」

 

「炭治郎、今日は雪が降るかもしれないぞ」

 

懐かしい声。

 

懐かしい匂い。

 

囲炉裏の温かさ。

 

母・葵枝の笑顔。

 

弟妹たちの声。

 

そして――。

 

「お兄ちゃん」

 

禰豆子が笑っていた。

 

竹筒を咥えていない。

 

鬼ではない。

 

人間のまま。

 

「おかえり」

 

炭治郎の胸が締めつけられる。

 

「……禰豆子」

 

ゆっくりと手を伸ばす。

 

温かい。

 

本物の温もりだった。

 

「……ああ」

 

炭治郎の目から涙が落ちる。

 

「帰ってきたんだ……俺は……」

 

そのまま家族に囲まれ、炭治郎は笑った。

 

「もう、どこにも行かなくていいんだ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

炭治郎の胸の奥に、小さな違和感が走った。

 

――どこにも行かなくていい?

 

――本当に?

 

脳裏に浮かんだ。

 

血に染まった雪。

 

倒れた家族。

 

鬼となった禰豆子。

 

そして。

 

藤襲山で出会った手鬼。

 

錆兎。

 

真菰。

 

那田蜘蛛山で見た累。

 

「……違う」

 

炭治郎は呟いた。

 

「これは……」

 

家族の笑顔が、一瞬だけ歪んだ。

 

「夢だ」

 

風景が揺れる。

 

「俺の家族は……もう……」

 

涙が止まらない。

 

「死んだんだ……!」

 

炭治郎は顔を覆った。

 

それでも。

 

禰豆子が笑っている。

 

「お兄ちゃん、一緒にいよう?」

 

「……ごめん」

 

炭治郎は震える声で答えた。

 

「俺は……行かなきゃいけない」

 

「どうして?」

 

「守らなきゃいけない人がいる」

 

炭治郎は腰の刀へ手を伸ばす。

 

「善逸がいる」

 

さらに強く握る。

 

「伊之助がいる」

 

そして。

 

「獪岳さんや煉獄さん、しのぶさん、義勇さん……俺たちを待っている人たちがいる」

 

炭治郎の瞳に決意が宿る。

 

「だから、俺は帰らなきゃいけない」

 

夢の家族が泣き始める。

 

「行かないで」

 

「炭治郎……」

 

「お兄ちゃん……」

 

「……ごめん」

 

炭治郎は涙を流しながら頭を下げた。

 

「俺は……この夢よりも、現実を選ぶ!」

 

そして。

 

刀を抜いた。

 

「俺が斬るべきものは――」

 

刃を自分の首へ向ける。

 

「この夢だ!!」

 

ザシュッ!!

 

「ハッ!!」

 

現実の無限列車。

 

炭治郎が勢いよく飛び起きた。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

全身から汗が噴き出している。

 

それでも、目は死んでいない。

 

「……戻ってきた」

 

周囲を見る。

 

善逸は眠っている。

 

伊之助も眠っている。

 

煉獄も。

 

そして――。

 

「獪岳さん……」

 

獪岳もまだ眠っている。

 

だが、その表情は険しい。

 

まるで夢の中でも何かと戦っているようだった。

 

炭治郎は歯を食いしばる。

 

「起こさないと……!」

 

その時。

 

背後の木箱がガタリと揺れた。

 

「禰豆子!」

 

炭治郎が振り返る。

 

箱から飛び出した禰豆子は、血鬼術の縄へ向かって駆け出した。

 

「そうだ! 禰豆子、みんなを起こしてくれ!」

 

禰豆子の血が炎となって燃え上がる。

 

ボウッ!!

 

血鬼術の炎が、乗客たちに繋がった縄を次々と焼き払っていく。

 

「よし……!」

 

炭治郎は刀を握り直した。

 

「この列車の中に鬼がいる!」

 

そして。

 

車内を睨みつける。

 

「俺が……絶対に見つけ出す!」

 

一方。

 

無限列車の屋根の上。

 

魘夢の笑顔が、初めて引きつった。

 

「……おかしい」

 

炭治郎が目を覚ました。

 

それだけではない。

 

獪岳の精神へ侵入した子供も戻ってこない。

 

「どういうことだ……?」

 

魘夢は目を細める。

 

「僕の夢から……抜け出した?」

 

その瞬間。

 

屋根へ、ドンッ!!と何かが着地した。

 

蒸気の向こうから現れたのは、日輪刀を抜いた炭治郎。

 

「下弦の鬼……!」

 

魘夢が笑う。

 

炭治郎もまた、真正面から睨み返した。

 

「お前が、この列車を襲った鬼だな!」

 

「フフフ……目覚めたばかりなのに、随分と威勢がいいね」

 

魘夢の口元が歪む。

 

「でも、まだ終わっていないよ」

 

その言葉と同時に。

 

無限列車そのものが、大きく蠢いた。

 

「な……!?」

 

炭治郎の顔色が変わる。

 

車体の奥から響く、不気味な鼓動。

 

ドクン。

 

ドクン。

 

まるで列車そのものが、生き物になったかのようだった。

 

「さあ、第二幕だ」

 

魘夢が恍惚と笑う。

 

「この無限列車そのものが、僕の血鬼術なのさ」

 

夜の闇を駆ける鉄の怪物。

 

その内部では、眠り続ける仲間たち。

 

そして、まだ目覚めていない二人の柱。

 

炭治郎は刀を構えた。

 

「……みんなを助ける!」

 

その瞬間。

 

遠くの車両から、青白い雷光が一瞬だけ閃いた。

 

「……獪岳さん?」

 

炭治郎の瞳に、希望の光が宿る。

 

まだ終わってはいない。

 

むしろ――。

 

ここからが、本当の戦いだった。

 

 

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