「あはははははっ!! 遅い、遅いよ!!」
無限列車そのものと一体化した下弦の壱・魘夢の哄笑が、夜の闇を震わせた。
首を斬られたはずの鬼は死んでいない。
むしろ、列車全体を己の肉体へと変貌させることで、その生命力をさらに増大させていた。
ガタン、ガタン、ガタン――!!
走行する車体が大きく揺れる。
車両の壁が生き物のように波打ち、天井から巨大な肉塊が膨れ上がる。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓が列車全体に埋め込まれたかのような脈動。
そして――。
「グオオオオオオオッ!!」
車内の至るところから、血管のような触手が一斉に伸びた。
眠り続ける乗客たちへ向かって。
「ヒヒヒヒッ! 見えるかい!? この列車にいる人間は、もう全員僕の肉体の中だ!」
魘夢の声が車内全体から響き渡る。
「柱が何人いようと関係ない! この二百人を守りながら僕を倒すなんて不可能だ!」
炭治郎は目を見開いた。
「二百人……!」
眠っている乗客は、まだ誰一人として目を覚ましていない。
このままでは、全員が魘夢の肉塊に呑み込まれてしまう。
「くそっ……!」
炭治郎が刀を握り直す。
しかし、目の前だけではない。
右からも、左からも、天井からも、床下からも肉塊が迫ってくる。
一人では到底対処できない。
その瞬間だった。
「――だったら、全部まとめて相手してやるよ!」
ドォォンッ!!
前方車両の扉が爆発するように吹き飛んだ。
猛烈な雷光が車内を駆け抜け、迫っていた肉塊を一瞬で切断する。
「ギャアアアアッ!!」
肉塊が焼け焦げ、紫煙となって消えていく。
その煙の向こうから、黒地に金の雷模様を刻んだ羽織を翻し、一人の男が歩いてきた。
鳴柱・獪岳。
その顔には、いつもの不機嫌さを通り越した殺気が浮かんでいる。
「炭治郎!」
「獪岳さん!」
「ぼさっとしてんじゃねえ!」
獪岳が刀を振り抜く。
バチィッ!!
青白い雷光が車内を横断し、迫っていた触手をまとめて吹き飛ばした。
「お前は機関車を目指せ! あそこがこの鬼の本体だ!」
「でも、乗客が!」
「乗客は俺たちが守る!」
獪岳が怒鳴る。
「杏寿郎! 善逸! 伊之助! 聞こえてんなら起きろ!」
その声に応えるように、別の車両から炎が噴き上がった。
「応!!」
炎柱・煉獄杏寿郎が立ち上がる。
眠りから完全に覚醒した善逸も、ふらつきながら日輪刀を握り直した。
「獪岳……! 俺もやる……!」
「寝ぼけたツラしてんじゃねえ! お前は後方車両を守れ!」
「は、はいぃぃ!」
そして反対側からは伊之助が飛び出してくる。
「俺様に任せろォォ!! この列車鬼、全部切り刻んでやるぜ!!」
「上等だ!」
獪岳が笑う。
「俺たちがここで食い止める。炭治郎、お前は前へ進め!」
「……はい!」
その時だった。
ガタッ。
炭治郎の背中の木箱が揺れた。
「禰豆子……?」
箱の蓋が開く。
眠っていた禰豆子が、ゆっくりと姿を現した。
しかし、その瞳には明確な怒りが宿っていた。
車内に充満する鬼の臭い。
苦しみながら眠る人間たち。
そして――自分の兄を襲おうとしている魘夢。
「禰豆子……!」
禰豆子は炭治郎の前へ立つと、唸り声を上げた。
「うぅぅ……!」
「そうか……一緒に戦ってくれるんだな」
炭治郎が微笑む。
その直後。
ズズズズッ!!
魘夢の肉塊が禰豆子へ向かって一斉に襲いかかった。
「危ない!」
炭治郎が刀を構える。
だが――。
禰豆子が一歩、前へ出た。
そして。
自らの腕に爪を立てる。
「禰豆子!?」
プツリ。
赤い血が流れ落ちた。
その血が、床を這う魘夢の肉塊へ触れる。
次の瞬間――。
ボッ!!
血が燃えた。
ただの炎ではない。
鮮やかな桃色を帯びた、不思議な炎。
「な……!?」
魘夢の声が震えた。
「なんだ……その炎は……!?」
炎が肉塊を包み込む。
ボォォォォッ!!
「ギャアアアアアアッ!!」
魘夢の肉体だけが激しく燃え上がる。
ところが――。
眠っている乗客たちには一切の炎が移らない。
「僕の肉体だけを焼いている……だと!?」
炭治郎も目を見開く。
「鬼の細胞だけを……!」
禰豆子は鋭い目で魘夢を睨みつける。
「うううううう……!」
そして、小さな手を前へ突き出した。
「血鬼術――」
桃色の炎がさらに膨れ上がる。
「爆血!!」
チュドォォォォン!!
大爆発。
しかし炎は乗客を避けるように走り、魘夢の肉塊だけを次々と焼き払っていく。
「ギャアアアアアッ!!」
車内を埋め尽くしていた触手が、灰となって消滅していく。
「す、すごい……!」
炭治郎が息を呑む。
「禰豆子……!」
禰豆子は振り返る。
その表情には、どこか誇らしげな色があった。
獪岳もまた、その光景を見つめていた。
「……なるほどな」
口元がわずかに吊り上がる。
「妹鬼の血鬼術か。便利なもん持ってやがる」
そして、禰豆子の頭を軽く撫でる。
「上出来だ」
「……!」
禰豆子が目を丸くする。
獪岳はすぐに視線を前へ戻した。
「だが、まだ終わっちゃいねえ」
前方を見る。
そこには、無限列車の機関車を覆い尽くす巨大な肉塊。
まるで巨大な鬼の頭部そのものだった。
「炭治郎」
獪岳の声が低くなる。
「禰豆子が作った道を無駄にするな」
「……はい!」
炭治郎は強く頷いた。
「行ってこい!」
「はいっ!!」
炭治郎と禰豆子が前方へ駆け出す。
その背後では、獪岳、煉獄、善逸、伊之助たちが乗客を守りながら肉塊を斬り払い続けていた。
「うおおおおおおっ!!」
煉獄の炎が車内を駆ける。
「雷の呼吸――霹靂一閃!」
善逸の雷光が触手を斬り飛ばす。
「獣の呼吸――切細裂き!!」
伊之助の二刀が肉塊を細切れにする。
そして、その中心で獪岳が刀を構える。
「俺たちの後輩に、指一本触れさせるんじゃねえぞ……!」
バチバチバチッ!!
鳴柱の全身から、凄まじい雷気が迸った。
「来やがれ、魘夢!」
「お前の悪夢ごと――」
獪岳の瞳が鋭く光る。
「俺たちが叩き潰してやる!!」
無限列車を舞台とした決戦は、さらに激しさを増していく。
桃色の爆血が道を切り拓き、炭治郎と禰豆子は魘夢の本体へ。
そして後方では、炎と雷と獣が乗客たちの命を守る。
鬼の悪夢を終わらせるための最後の一手が、今まさに動き始めていた。