「うああああッ!! 邪魔だ、邪魔だぁぁッ!! 僕の邪魔をするなァァァッ!!」
無限列車そのものと融合した魘夢の絶叫が、八両編成の車内を震わせた。
床が脈打つ。
天井が裂ける。
壁という壁から、血管のような肉の管が伸び、無数の触手が乗客たちへと襲いかかっていく。
眠り続ける乗客たちは、その異変に気づくことすらできない。
「ヒヒヒッ! もう逃げられないぞ! この列車は僕の身体そのものだ! どこを斬っても、どれだけ燃やしても、僕は死なない!」
「だったら、全部斬り尽くすまでだ!」
炭治郎が叫ぶ。
しかし、その前に立ちはだかる肉壁はあまりにも巨大だった。
その瞬間――。
バリバリバリバリッ!!
凄まじい雷鳴が車内を駆け抜けた。
「雷の呼吸――壱ノ型・霹靂一閃!!」
ドォンッ!!
青白い閃光が一直線に車内を突き抜ける。
肉壁が次々と裂け、触手が宙を舞った。
そして、煙の向こうから一人の少年が姿を現す。
「禰豆子ちゃんは……俺が守る……!」
我妻善逸だった。
普段の怯えた姿はどこにもない。
眠ったままの善逸は、まるで雷そのもの。
「霹靂一閃――六連!!」
バリバリバリバリバリッ!!
一瞬。
六つの雷光が車内を駆け巡り、乗客を捕らえていた触手を次々と切断していく。
「うむ! 見事だ、我妻少年!」
その背後から、炎の羽織を翻して煉獄杏寿郎が現れた。
「後方五両は俺と我妻少年で守る! 前方二両は嘴平少年と禰豆子少女! そして最前線は鳴柱と竈門少年に任せる!」
「任せろォォ!!」
どこからともなく伊之助の雄叫びが響く。
「猪突猛進だァァァ!!」
「ふぎゃあああっ!? 伊之助! 勝手に走るなぁぁ!!」
善逸の叫び声まで響き渡る。
それでも、三人の動きは確実に乗客たちを守っていた。
後方では煉獄が炎の刃で触手を焼き払い、善逸が超高速の斬撃で肉壁を切り裂く。
中ほどでは伊之助が二刀を振り回し、禰豆子の爆血が桃色の炎となって魘夢の肉体を焼き尽くしていく。
そして――最前線。
炭治郎と獪岳は、機関車へと続く肉の道を駆け抜けていた。
「炭治郎! 前だ!」
「はい!」
巨大な目玉が二人を見下ろした。
次の瞬間。
「眠れぇぇぇぇッ!!」
無数の眼球が一斉に開く。
「血鬼術・強制昏倒睡眠ノ眼!!」
「くっ……!」
炭治郎の視界が歪んだ。
眠気が一気に押し寄せる。
(まただ……! 眠らされたら、夢に――)
だが。
その前に獪岳が一歩踏み出した。
「……くだらねえ」
「獪岳さん?」
獪岳は――ゆっくりと両目を閉じた。
「目を開けてるから術にかかるんだろうが」
刀を抜く。
刀身から青白い雷が噴き上がる。
「だったら――目ぇ閉じてぶっ叩けばいいだけだろうが!!」
「な……!?」
魘夢の顔から笑みが消えた。
「目を閉じたまま、僕の位置が分かるはずがない!」
「分かるさ」
獪岳の耳が僅かに動く。
風の流れ。
肉塊が蠢く音。
糸の擦れる音。
そして、雷気によって伝わってくる微細な空気の振動。
すべてを感じ取る。
かつて生き残るために泥をすすり、幾度となく死線を潜り抜けてきた男の感覚が、研ぎ澄まされていく。
「俺はな……目だけで戦ってきたんじゃねえんだよ」
獪岳の足元が爆ぜた。
「雷の呼吸――参ノ型!」
刀身に雷が集束する。
「蚊竜!!」
ドドドドドドォンッ!!
獪岳の身体が高速回転する。
その瞬間、周囲へ放たれた雷気を纏った斬撃が、竜巻のように機関室を駆け巡った。
肉壁。
触手。
眼球。
そのすべてが、次々と切断されていく。
「な、なんだこれはァァァッ!?」
魘夢が絶叫する。
「見えていないはずだ! どうして僕の肉体を正確に――!」
「簡単な話だ」
獪岳が刀を止めた。
ゆっくりと目を開く。
「俺の雷は、目で見るためだけのもんじゃねえ」
青白い雷光が獪岳の刀身を走った。
「空気も、大地も、鬼の肉体も――全部まとめて感じ取るんだよ」
「そんな……!」
魘夢が後退する。
その瞬間だった。
「獪岳さん!」
炭治郎が叫ぶ。
獪岳の視線が床へ落ちた。
肉の床。
そのさらに奥。
何かが蠢いている。
「……見つけた」
「え?」
獪岳が刀の切っ先を床へ向ける。
「炭治郎。そこだ」
「そこって……?」
「肉の床の下だ。あの奥に、こいつの本体がある」
炭治郎は息を呑んだ。
「まさか……!」
「そういうことだ」
獪岳が口元を吊り上げる。
「この列車を丸ごと斬る必要なんざねえ。鬼の首がどこに隠れてようが――」
雷鳴が轟く。
「首がある場所まで、道をぶち抜きゃいいんだよ!!」
「はいっ!!」
炭治郎が刀を握り直す。
その瞳に、もう迷いはなかった。
一方、魘夢は必死に肉壁を盛り上げる。
「させるかぁぁぁッ!! 僕は死なない! この列車そのものが僕なんだ! 僕は――」
「うるせえ」
獪岳が踏み込む。
「寝台を悪夢に変えたクソ鬼が」
バリッ!!
雷光が爆ぜる。
「俺の後輩たちと、何百人もの乗客を巻き込んだんだ」
さらに一歩。
「なら――泥をすすってでも、地獄まで引きずり落としてやるよ」
「炭治郎!」
「はい!」
二人が同時に走り出した。
獪岳の雷が肉壁を切り開き、その後ろを炭治郎が駆け抜ける。
そしてついに――。
肉の奥深くに埋め込まれた、巨大な眼球と血管に覆われた「本体」が姿を現した。
「これが……!」
炭治郎が息を呑む。
魘夢の本当の急所。
無限列車という巨大な悪夢の心臓部だった。
「斬れ、炭治郎!!」
「はいっ!!」
雷鳴が夜を裂く。
少年の刃が、その急所へ向かって振り下ろされた。
無限列車を支配していた悪夢は、いよいよ終焉へと向かい始めていた。