「燃え尽きろォォォッ!!」
煉獄杏寿郎の咆哮が、無限列車の機関室を震わせた。
「炎の呼吸――壱ノ型・不知火!!」
ゴォォォォォッ!!
紅蓮の炎を纏った斬撃が一直線に走り、機関室を埋め尽くしていた魘夢の肉塊と触手をまとめて焼き払っていく。
ジュウウウウッ!!
焼け焦げた肉が崩れ落ち、その奥から巨大な骨が姿を現した。
「見えた!」
炭治郎が叫ぶ。
そこにあったのは、列車の骨格に絡みつくように伸びた巨大な頸骨。
「ようやく本体の首が出てきたな」
獪岳が刀を構える。
「炭治郎、今だ! こいつを斬れ!」
「はいっ!」
炭治郎が踏み出した。
しかし――。
「させるかぁぁぁぁッ!!」
魘夢の絶叫が響き渡る。
「僕は死なない! 僕の夢は……僕の完璧な作品は、誰にも壊させない!!」
ズズズズズッ!!
焼き払われた肉塊が蠢き始めた。
残された魘夢の全細胞が、最後の力を振り絞る。
肉の壁から無数の触手が伸びる。
さらに、その表面に次々と巨大な眼球が開いていった。
ギョロッ。
ギョロギョロッ。
「見ろ……僕の眼を……!」
無数の眼球が一斉に炭治郎たちを捉える。
「血鬼術――強制昏倒睡眠ノ眼!!」
「炭治郎、目を向けるな!!」
獪岳の怒号が飛ぶ。
「奴の眼を見れば、また眠らされるぞ!」
「分かりました!」
炭治郎は咄嗟に目を閉じた。
視界を捨てる。
だが、周囲からは無数の触手が迫ってくる。
「竈門少年!」
「炭治郎!」
煉獄と伊之助の声が響く。
「俺たちが道を作る!!」
煉獄の炎が肉壁を焼き払う。
伊之助の二刀が触手を弾き飛ばす。
「俺様が道を空けるぞォォ!!」
「助かります、伊之助!」
炭治郎は目を閉じたまま、深く息を吸い込んだ。
ヒュウウウ……。
心臓の鼓動。
肺へ入る空気。
刀を握る手。
そして――。
仲間たちが切り拓いてくれた道。
すべてを感じ取る。
(見えなくてもいい……)
炭治郎の脳裏に、家族の姿が浮かぶ。
(俺は一人じゃない)
煉獄の炎。
獪岳の雷。
伊之助の獣の呼吸。
そして、善逸と禰豆子が守っている乗客たち。
(みんなが俺を信じてくれている)
炭治郎の呼吸が、さらに深くなる。
(なら――俺も、絶対に応える!!)
「竈門!」
獪岳の声が響いた。
「今だ!!」
炭治郎が目を開く。
ほんの一瞬。
魘夢の眼球がこちらを捉えるより早く――。
炭治郎は地面を蹴った。
「うおおおおおおッ!!」
身体が炎を纏う。
刀身が赤く染まり、太陽のような熱を帯びていく。
「ヒノカミ神楽――」
魘夢が叫ぶ。
「やめろぉぉぉッ!!」
「碧羅の天!!」
ドォォォォォンッ!!
鮮烈な炎の輪が夜の闇を切り裂いた。
円を描く斬撃が巨大な頸骨へと真正面から叩き込まれる。
ギィィィィンッ!!
「ぐっ……!」
炭治郎の腕に凄まじい負荷がかかる。
硬い。
あまりにも硬い。
だが――。
「負けるな、竈門少年!!」
煉獄が叫ぶ。
「お前の力を信じろ!!」
「炭治郎! ぶった斬れぇぇ!!」
伊之助も叫ぶ。
そして――。
「泥をすすってでも、勝ちを拾えぇぇぇッ!!」
獪岳の雷鳴が轟いた。
「バリバリバリバリッ!!」
雷気が炭治郎の刀へと重なる。
炎と雷。
二人の力に背中を押され、炭治郎は最後の力を振り絞った。
「うあああああああッ!!」
バキィィィィン!!
巨大な頸骨に亀裂が走った。
一本。
二本。
そして――。
バギィィィィンッ!!
魘夢の頸骨が完全に砕け散った。
「そ……そんな……」
魘夢の声が震える。
「僕の……僕の夢が……」
無限列車全体が大きく揺れた。
「うわああああッ!!」
「脱線するぞ!!」
車輪が悲鳴を上げる。
鉄の車体が大地を削り、猛烈な勢いで横転していく。
「全員、伏せろォォォ!!」
煉獄が叫んだ。
その瞬間、炎の呼吸が車内を駆け巡る。
「炎の呼吸――!」
獪岳も雷を纏いながら車両を走り抜けた。
「雷の呼吸――!」
二人の柱が、乗客たちを守るために全力を尽くす。
ガガガガガガガガッ!!
凄まじい轟音。
土煙。
木々を薙ぎ倒しながら、無限列車は荒野を滑走していく。
そして――。
ドォォォォォン!!
巨大な鉄塊が地面へ叩きつけられた。
しばしの静寂。
やがて、土煙の向こうから炭治郎が顔を上げた。
「……みんな……無事か?」
「俺は生きてるぞ!」
伊之助が叫ぶ。
「禰豆子ちゃん……!」
善逸もふらふらと起き上がる。
そして、煉獄と獪岳が周囲を確認する。
眠っていた乗客たちは――。
誰一人として命を失っていなかった。
「……よし」
獪岳が小さく呟く。
「全員、生きてやがる」
その時。
「嫌だ……」
遠くから魘夢の声が聞こえた。
「嫌だ……嫌だ……」
灰となって崩れていく魘夢。
「こんなの……悪夢だ……!」
その顔から、最後まで笑みが消えることはなかった。
「僕は……もっと……幸せな夢を……」
最後の言葉と共に、魘夢の肉体は完全に灰へと変わった。
――下弦の壱・魘夢、討伐。
二百人を超える乗客を守り抜き、無限列車を覆っていた悪夢は終わった。
「やった……!」
炭治郎が拳を握る。
伊之助も両腕を突き上げた。
「俺様たちの勝ちだァァァ!!」
善逸は涙を流しながら禰豆子の木箱へ駆け寄る。
「禰豆子ちゃぁぁん! 無事でよかったよぉぉぉ!!」
「うむ!」
煉獄が胸を張る。
「素晴らしい戦いだった!! 竈門少年、嘴平少年、我妻少年、そして禰豆子少女! 君たちは見事に己の責務を果たした!」
炭治郎は笑顔で頷く。
「ありがとうございます、煉獄さん!」
その隣で、獪岳は黙って夜空を見上げていた。
「……終わったな」
だが――。
次の瞬間。
獪岳の表情が変わった。
「……待て」
空気が変わった。
先ほどまでの戦いとは、まるで違う。
禍々しい殺気。
それが、森の向こうから近づいてくる。
「この気配……」
義勇やしのぶがいない今、この場で最初に異変を察知したのは獪岳だった。
煉獄も刀へ手を伸ばす。
「……ああ。どうやら、まだ戦いは終わっていないようだ」
森の奥から、低い声が響いた。
「下弦の鬼が倒されたと思って来てみれば……」
月明かりの下。
赤い髪。
黄金色の瞳。
そして、尋常ではない殺気。
「素晴らしいな。柱が二人もいる」
炭治郎の身体が凍りつく。
獪岳は刀を抜いた。
「……鬼か」
煉獄も静かに構える。
「うむ」
二人の柱が、並んで立つ。
「ならば――」
その夜。
無限列車を救った喜びに浸る暇もなく、新たなる強敵が姿を現した。
下弦の壱との戦いを遥かに超える、柱同士の激突さえ予感させる――。
次なる死闘の幕が、静かに上がろうとしていた。