「舐めるなよ……人間どもがぁぁぁッ!!」
咆哮が轟いた瞬間、那田蜘蛛山でさえ感じさせるほどの凄まじい鬼気が、夜の荒野を震わせた。
膝をついていた猗窩座の全身から、爆発的な血闘気が噴き上がる。
ドォォォンッ!!
大地が陥没し、周囲の砂礫が一斉に宙へ舞い上がった。
しのぶが仕込んだ藤の花の毒によって鈍っていた細胞が、猛烈な勢いで活性化していく。
炭化していた右半身。
斬り裂かれた左肩。
そして、全身に刻まれた無数の傷。
その全てが、まるで時間を巻き戻すかのように塞がっていく。
「……再生速度が、さらに上がった!?」
炭治郎が驚愕の声を漏らす。
「これが……上弦の鬼……!」
猗窩座はゆっくりと立ち上がった。
先ほどまで毒に蝕まれていた姿など、もはやどこにもない。
その顔には、ただ狂喜だけが浮かんでいた。
「素晴らしい……!」
拳を握り締める。
「死の淵に追い込まれてこそ、生は最高に輝く!」
バキバキッ!!
全身の筋肉が膨れ上がる。
「さあ――宴の時間だ!!」
ドンッ!!
猗窩座の姿が消えた。
「来るぞ!」
獪岳が叫んだ直後。
「破壊殺・乱式!!」
ドドドドドドドンッ!!
無数の拳打が一斉に放たれた。
拳そのものが飛んでいるわけではない。
凄まじい速度で叩き込まれた拳圧が空気を爆裂させ、目に見えない衝撃波となって荒野を薙ぎ払っていく。
地面が次々と爆ぜる。
岩が粉砕される。
木々が根元から吹き飛ぶ。
「ちぃっ……!」
獪岳は日輪刀を横薙ぎに振り抜いた。
「雷の呼吸――陸ノ型・電轟雷轟!!」
バリバリバリィッ!!
青白い雷撃が幾重にも走り、迫り来る拳圧を次々と叩き落としていく。
しかし――。
「重てぇ……!」
防ぎ切ったはずなのに、獪岳の身体が地面を削りながら後退した。
「これが……上弦の参の拳圧かよ……!」
足元には深い二本の溝が刻まれていた。
一方、しのぶは軽やかに跳躍する。
「まあ……ずいぶんと派手になりましたね」
空中で身体を捻り、襲い来る衝撃波を紙一重で回避する。
だが、一つ、二つ、三つ――。
逃げ場を塞ぐように次々と拳圧が迫る。
「……これは少々、厄介ですね」
しのぶの額に、ほんの僅かに汗が浮かんだ。
しかし、その瞬間。
「ならば、俺が正面から受け止める!!」
轟ッ!!
煉獄杏寿郎が大地を蹴った。
燃え盛る炎を纏った日輪刀を両手で握り締め、真正面から猗窩座へ突撃する。
「炎の呼吸――伍ノ型!」
ゴォォォォォッ!!
「炎虎!!」
巨大な炎の虎が咆哮した。
炎の刃と拳圧が激突する。
ドォォォン!!
爆炎が夜空を赤く染めた。
「ぐぬっ……!」
煉獄の足が地面へ沈む。
それでも退かない。
「ハハハハハッ!!」
猗窩座が嬉しそうに笑う。
「良いぞ、杏寿郎!! その力、その技、その精神!! やはりお前は素晴らしい!」
拳と刀が幾度となく激突する。
一撃。
二撃。
十撃。
百撃。
常人ならば一瞬で命を奪われる攻防を、二人はほとんど同時に繰り出していた。
「鬼になれ、杏寿郎!」
猗窩座が拳を振り抜く。
「そうすれば、お前は永遠に強くなれる!」
煉獄が刀で拳を受け流す。
「断る!!」
炎刃が猗窩座の胸を斬り裂く。
「俺は人間として生きる!」
猗窩座の傷が瞬時に塞がる。
「なぜだ!?」
拳が迫る。
「老いるからこそ!」
煉獄が身体を捻る。
「死ぬからこそ!」
拳を紙一重でかわす。
「人は美しく燃えるのだ!!」
炎の斬撃が猗窩座の肩を深々と斬り裂いた。
「素晴らしい……!」
猗窩座の笑みがさらに深くなる。
「その精神こそ、鬼となって永遠に磨くべきものだ!!」
「何度言われようと答えは同じだ!!」
その横を、一筋の青白い雷が駆け抜けた。
「杏寿郎の邪魔をしてんじゃねえぞ、雑種がぁぁッ!!」
獪岳だ。
「雷の呼吸――肆ノ型・遠雷!!」
バリィィィンッ!!
超高速の雷撃が猗窩座の背後へ回り込む。
猗窩座が振り返る。
「そこか!」
拳を振り抜く。
だが――。
「読んでんだよ!!」
獪岳は空中で身体を捻り、拳を紙一重でかわした。
そのまま刀を振り下ろす。
「雷の呼吸――伍ノ型・熱界雷!!」
ドガァァァン!!
黒い高熱雷が猗窩座の脇腹を吹き飛ばした。
「ぐっ……!」
そこへ、蝶が舞う。
「逃がしませんよ」
しのぶが猗窩座の背後へ滑り込んだ。
「蜂牙ノ舞――真靡き」
シュババババッ!!
無数の突刺が、再生したばかりの傷口へ次々と叩き込まれる。
「毒が……!」
猗窩座の表情が歪んだ。
「またか……!」
「ええ。何度でも入れますよ」
しのぶは微笑んだ。
「あなたが再生するたびに、何度でも」
「面白い……!」
猗窩座が腕を振り回す。
しのぶは跳躍して回避。
その隙に獪岳が斬り込み、煉獄が正面から炎を叩き込む。
「炎の呼吸!」
「雷の呼吸!」
「蟲の呼吸!」
三つの異なる攻撃が、ほぼ同時に猗窩座へ殺到する。
轟音。
雷鳴。
爆炎。
毒の紫煙。
夜の荒野が、三人の柱と上弦の鬼による死闘の舞台へと変貌していた。
少し離れた場所では、炭治郎が息を詰めて戦いを見つめている。
「すごい……」
その目に映るのは、人間の限界を超えた剣士たちの戦いだった。
だが――。
「……違う」
炭治郎は気づいた。
「三人とも……まだ本気を出し切ってない」
その直後。
「ハハハハハッ!!」
爆炎の向こうから、猗窩座の笑い声が響いた。
「もっとだ!! もっと俺を楽しませろ!!」
炎を突き破る。
雷を弾き飛ばす。
毒を強引に再生で押し流す。
そして――三人の柱を同時に見据える。
「この程度では終われんぞ!!」
猗窩座の『羅針』が、かつてないほど強烈な輝きを放った。
獪岳が刀を構える。
「……上等だ」
煉獄が炎を燃え上がらせる。
「望むところだ!!」
しのぶが静かに笑う。
「それでは……もう一段階、上げましょうか」
夜明けまで、まだ時間はある。
そしてこの夜、無限列車を襲った悪夢は終わっていなかった。
むしろ――ここからが、本当の死闘の始まりだった。