「ハハハハハッ!! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!!」
夜の荒野に、猗窩座の狂喜に満ちた笑い声が響き渡る。
炎。
雷。
毒。
三人の柱が繰り出す攻撃は、いずれも一撃必殺の威力を秘めていた。
煉獄の炎が肉体を焼き。
獪岳の雷が鬼の身体を穿ち。
しのぶの藤毒が再生そのものを蝕む。
それでも――。
「だが、足りない!!」
ドンッ!!
猗窩座が地面を蹴った。
「どれだけ斬ろうが! どれだけ焼こうが! どれだけ毒を流し込もうが!」
拳が振り抜かれる。
煉獄が刀で受け止める。
ガキィィン!!
「ぐっ……!」
その衝撃だけで、煉獄の身体が大きく後退した。
「人間の肉体には限界がある!!」
猗窩座が笑う。
「その限界を捨てればいい! 鬼になれ! 杏寿郎! 獪岳!」
その言葉に、煉獄は即座に答えた。
「断る!!」
そして獪岳も――。
「寝言は寝て言え、クソ鬼が……!」
荒い息を吐きながら、刀を握り直した。
肩で息をしている。
全身には無数の傷。
額から流れた血が目元を伝い、視界を赤く染めている。
それでも、獪岳は倒れなかった。
「クソ……が……」
日輪刀を握る手が震える。
だが、その震えは恐怖によるものではない。
怒り。
悔しさ。
そして――執念。
獪岳の脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように蘇った。
自分より強い者。
自分より才能を持つ者。
自分を見下し、踏みつけ、置き去りにしていった者たち。
それでも獪岳は、生き残ってきた。
泥をすすり。
歯を食いしばり。
何度倒されても立ち上がった。
「俺は……」
獪岳の身体から、僅かな雷気が漏れ始める。
「誰かの引き立て役になるために、ここまで来たんじゃねえ……」
バチ……バチバチッ……!
雷気が次第に強くなる。
「俺は誰の足元にも伏さねえ……!」
バリバリバリバリッ!!
荒野の砂利が浮き上がった。
周囲の空気が震える。
煉獄が振り返った。
「獪岳……?」
しのぶも目を見開く。
「その雷気……いけません!」
獪岳の全身から噴き出す雷が、青白い色から徐々に変化していく。
青。
紫。
そして――。
黒紫。
「獪岳さん! それ以上は身体が持ちません!」
しのぶが叫ぶ。
しかし、獪岳は止まらない。
「うるせえッ!!」
バチィィン!!
雷撃が大地を穿つ。
「俺の生き様に口出しすんじゃねえ!!」
皮膚が裂ける。
筋肉が悲鳴を上げる。
血が噴き出す。
それでも獪岳は、雷気をさらに圧縮していく。
「限界だと……?」
獪岳が猗窩座を睨みつける。
「だったら――」
刀を低く構える。
「限界の方をぶっ壊せばいいんだよ!!」
その瞬間。
ドォォォォォン!!
凄まじい雷鳴が夜空を揺らした。
雲が割れる。
大気が震える。
猗窩座の『羅針』が、獪岳へと反応して猛烈な光を放つ。
「……何だ?」
初めて、猗窩座の笑みが止まった。
獪岳の闘気が異常な速度で膨れ上がっている。
だが、それだけではない。
「お前……まさか――」
「見やがれ」
獪岳が笑った。
それは決して爽やかな笑顔ではなかった。
泥の中から這い上がった者だけが浮かべる、凄絶な笑み。
「これが俺の生き様だ」
黒紫の雷が、獪岳の身体を包み込む。
「これが……俺だけが辿り着いた雷だ!!」
――ドクンッ。
心臓が大きく脈打つ。
次の瞬間。
「雷の呼吸――」
獪岳の姿が、視界から消えた。
「異形――」
ドゴォォォォォンッ!!
空間そのものが爆発した。
「帝釈天!!」
黒紫の雷光が、夜の荒野を一瞬で駆け抜ける。
猗窩座の『羅針』が獪岳の動きを捉えようとする。
しかし――。
「な……!?」
捉えられない。
闘気を読む。
その予兆を読む。
攻撃の軌道を読む。
それこそが猗窩座の戦闘能力の根幹だった。
だが、獪岳はその全てを速度で置き去りにした。
「どこだ……!?」
猗窩座が周囲を見回す。
「後ろか!」
振り返る。
いない。
「上か!」
見上げる。
いない。
その瞬間――。
「遅えよ」
耳元で声がした。
「――獪岳!?」
バリキィィィィンッ!!
黒紫の雷爪が炸裂した。
一閃。
二閃。
三閃。
いや――。
斬撃が多すぎて、もはや何本の刃が走ったのかすら判別できない。
猗窩座の両腕が斬り飛ばされる。
胸部が大きく抉られる。
肩が弾け飛ぶ。
そして最後の一撃が――首筋へ叩き込まれた。
「が……ッ!?」
猗窩座の身体が大きく吹き飛ぶ。
ドォォォン!!
地面を何度も跳ねながら、荒野を数十メートルにわたって転がっていく。
「獪岳!!」
煉獄が叫ぶ。
しかし――。
「……まだだ」
獪岳は倒れていなかった。
刀を地面に突き立て、それを杖代わりにして立っている。
全身から血が流れていた。
呼吸するたびに胸が軋む。
「ぐっ……!」
血反吐が口から溢れた。
それでも。
獪岳は笑っていた。
「ハッ……ハハ……」
震える腕で刀を握り締める。
「見たか……バケモノ……」
その瞳には、消えることのない執念が宿っている。
「これが……俺の……真の力だ……!」
遠くで、ゆっくりと猗窩座が立ち上がった。
両腕はすでに再生し始めている。
胸の傷も塞がっていく。
だが――。
その顔からは、先ほどまでの余裕が消えていた。
「……人間が」
猗窩座は、初めて獪岳を真正面から見据える。
「俺の速度を……超えただと……?」
炎柱・煉獄杏寿郎。
蟲柱・胡蝶しのぶ。
そして鳴柱・獪岳。
三人の柱と上弦の参による死闘は、ついに新たな領域へと突入した。
そしてその中心には――。
己の限界すら叩き壊し、雷神の如き一撃を放った鳴柱・獪岳の姿があった。