「ハッ……見たか……バケモノが……」
荒野に膝をついた獪岳の全身から、止めどなく血が滴り落ちていた。
『帝釈天』。
己の命すら燃料にして放った雷撃は、猗窩座の肉体を半ば以上も炭化させ、両腕と胸部を大きく削り取っていた。
それでも――上弦の参は立っている。
「グ……ググ……!」
焼け焦げた肉が蠢く。
本来ならば瞬く間に再生するはずの傷が、黒紫色の雷に焼かれた箇所だけは思うように塞がらない。
「おのれ……!」
猗窩座の表情から、先ほどまでの歓喜が消えていた。
「おのれぇぇぇぇッ!!」
怒号と共に、大地が爆ぜる。
「術式展開――破壊殺・乱式!!」
ドドドドドドドドドッ!!
残された左腕が猛烈な速度で振り抜かれる。
一発。
二発。
十発。
百発。
目に見えない拳圧が連続して放たれ、荒野そのものを粉砕しながら、動くことすらままならない獪岳へ殺到した。
「獪岳さん!」
しのぶが叫ぶ。
しかし、間に合わない。
獪岳は刀を杖代わりに立ち上がろうとするものの、帝釈天によって限界を超えた肉体は言うことを聞かなかった。
「ちっ……!」
迫り来る拳圧。
その瞬間――。
「させるかぁぁぁぁッ!!」
ゴォォォォォォォッ!!
獪岳の前方で、巨大な炎柱が噴き上がった。
炎の中から飛び出した煉獄杏寿郎が、日輪刀を大きく振り抜く。
「炎の呼吸――伍ノ型!」
燃え盛る刃が大地を抉り、巨大な炎の虎が咆哮する。
「炎虎!!」
ドォォォォン!!
炎の猛虎と無数の拳圧が正面衝突した。
爆炎が荒野を染め、衝撃波が地面を何度も跳ね上げる。
「ぬおおおおおおッ!!」
煉獄は両足を大地へ叩き込み、真正面から拳圧を受け止めた。
「獪岳! ここは俺に任せろ!」
「……余計なことしやがって……!」
獪岳は苦々しく笑う。
「だが……助かったぜ、杏寿郎」
「うむ!」
煉獄は一切振り返らない。
「仲間を守るのは柱の務めだ!」
その言葉に、獪岳は小さく鼻を鳴らした。
「仲間、ねえ……」
その瞬間だった。
「――今です!」
夜空から、蝶が舞い降りた。
無数の蝶の羽音。
そして、その中心から紫色の羽織を翻して胡蝶しのぶが突進する。
猗窩座が気づいた時には、すでに懐へ入り込まれていた。
「なっ……!?」
「獪岳さんが命懸けで作ってくださった隙――」
しのぶの瞳が鋭く光る。
「絶対に無駄にはしません」
シュッ!!
細身の日輪刀が、猗窩座の焼け焦げた脇腹へ深々と突き刺さった。
「蟲の呼吸――」
しのぶは刀を引き抜くと同時に、地面を蹴った。
「百足ノ舞・百足蛇腹!!」
シュバババババッ!!
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
猗窩座の周囲を縦横無尽に駆け回りながら、しのぶの刀が何度も肉体を穿つ。
頸。
肩。
脇腹。
脚。
そして、先ほど獪岳によって焼き払われた傷口。
「ぐ……ッ!?」
猗窩座の肉体が大きく揺らいだ。
「毒……だと……!?」
「ええ」
しのぶは静かに微笑む。
「先ほどより濃度を上げています」
「なに……!?」
「あなたは再生能力が高い。ですから、再生そのものを阻害すればいい」
藤の花の毒が、猗窩座の血管を駆け巡る。
黒紫色に焼けた傷口から、さらに紫煙が噴き上がった。
「ぐ……あ……ッ!」
猗窩座の左脚が崩れる。
「馬鹿な……!」
再生しようとした細胞が、毒と雷撃によって次々と破壊されていく。
「俺の肉体が……再生しない……!?」
「効いていますね」
しのぶは一歩下がり、刀を構える。
「獪岳さんの雷撃で傷口を広げ、煉獄さんがあなたの攻撃を止める。そして私が再生を阻害する」
「……三人で……俺を……!」
猗窩座の顔が怒りに歪む。
「ふざけるなぁぁぁッ!!」
「そうはさせん!!」
轟ッ!!
煉獄が炎を纏って突進する。
「炎の呼吸――参ノ型!」
灼熱の刃が大地を薙ぎ払い、炎の渦が猗窩座を包み込む。
「気炎万象!!」
「ぐおおおおおッ!!」
猗窩座が腕で防御する。
だが――。
「バリィィィッ!!」
炎の向こうから、黒紫色の雷光が走った。
「まだ終わってねえぞ……!」
血まみれの獪岳が立っていた。
刀を握る手は震えている。
呼吸も荒い。
それでも、その目だけは死んでいなかった。
「俺が一人で倒せねえなら――」
獪岳は口元を吊り上げる。
「三人で叩き潰せばいいだけだろうがぁッ!!」
バリバリバリバリッ!!
雷気が爆発する。
煉獄の炎。
しのぶの毒。
獪岳の雷。
三つの異なる力が、初めて完全に噛み合った。
炎が逃げ道を塞ぎ。
毒が再生を奪い。
雷が動きを断つ。
三柱による完璧な包囲。
その光景を、少し離れた場所から炭治郎たちが呆然と見つめていた。
「す、すごい……!」
炭治郎の目が大きく見開かれる。
「三人の柱が……一つの技みたいに戦ってる……!」
伊之助も拳を握り締めた。
「すげぇ! なんだあれ! 炎と雷と毒が全部襲ってきやがる!」
善逸は青ざめながら震える。
「いやいやいや! あれに巻き込まれたら俺たちも死ぬからね!?」
しかし――三人の柱は、後ろにいる若き剣士たちを一度も忘れてはいなかった。
煉獄が叫ぶ。
「竈門少年! 我妻少年! 嘴平少年!」
その声に三人が顔を上げる。
「これが柱の戦いだ!」
炎が燃え上がる。
「己の命を燃やし!」
雷が轟く。
「仲間のために限界を超え!」
紫色の毒煙が舞う。
「そして――決して諦めない!」
三人の柱が、同時に猗窩座を睨みつけた。
「「「行くぞ!!」」」
炎、蟲、雷。
異なる道を歩んできた三人の柱が、今この瞬間だけは一つの意志で繋がった。
対する上弦の参・猗窩座は、初めて理解する。
目の前にいる三人は、それぞれが強いだけではない。
互いの弱点を補い、互いの命を預け合うことで――。
単独では届かない領域へ到達している。
「……面白い……!」
猗窩座の口元が再び吊り上がった。
「ならば、まとめて殺してやる!!」
「上等だぁぁッ!!」
獪岳が吠える。
「来やがれ、クソ鬼!!」
夜明け前の荒野に、炎と雷と毒が渦巻く。
上弦の参を討つための、三柱による総力戦。
その死闘は、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた。