「うおおおおおおッ!! これで――終わりだぁぁぁぁッ!!」
夜明け前の荒野を、煉獄杏寿郎の咆哮が震わせた。
全身から血を流しながらも、炎柱の両脚は大地を踏みしめている。
その眼前では、上弦の参・猗窩座が苦悶に顔を歪めていた。
黒紫の雷に焼かれ。
藤の花の毒に蝕まれ。
さらに煉獄の炎によって肉体を炭化させられたその身体は、もはやかつての圧倒的な再生力を維持できていない。
それでも――猗窩座は倒れない。
「まだだ……まだ、終わっていない……!」
血を吐きながら、猗窩座が唸る。
その瞬間、煉獄が大きく踏み込んだ。
「終わらせる!!」
日輪刀が燃え上がる。
灼熱の炎が刀身から噴き出し、荒野を赤く染め上げた。
「炎の呼吸――奥義!」
煉獄の姿が、一瞬で炎の奔流へと変わる。
「玖ノ型・煉獄!!」
ズガァァァァァァンッ!!
巨大な炎の奔流が地面を抉りながら猗窩座へ突進した。
「ぐおおおおおおッ!!」
猗窩座は両腕を交差させ、残された力をすべて頸へ集中させる。
ギギギギギィィッ!!
煉獄の刀が頸へ食い込む。
あと少し。
あと僅か。
「俺は――ここで終わらぬ!!」
猗窩座の頸骨が異常な硬度へと変化した。
「なにッ!?」
ガキィィィン!!
凄まじい金属音。
煉獄の刃が、頸を完全に断ち切る寸前で弾き飛ばされた。
「ぐはぁッ!!」
煉獄の身体が宙を舞い、数メートル先の地面を転がる。
「煉獄さん!!」
炭治郎が叫ぶ。
しかし――。
猗窩座自身も、すでに限界だった。
頸には深々と傷が刻まれ、そこから大量の血が噴き出している。
再生しようとしても、黒紫の雷が細胞を焼き、しのぶの毒が再生を阻害する。
「ハァ……ハァ……!」
猗窩座は荒い呼吸を繰り返した。
その時だった。
東の空が、ほんの僅かに白んだ。
「……ん?」
伊之助が空を見上げる。
「おい……あれは何だ?」
炭治郎も振り返った。
暗黒だった空の向こう。
山々の稜線が、淡い橙色に染まり始めている。
そして――。
一筋の光が荒野へ差し込んだ。
「……朝……」
炭治郎の瞳が大きく開く。
「朝だ!!」
その声に、猗窩座の表情が凍りついた。
「……太陽……だと?」
東の空から、徐々に光が広がっていく。
「まずい……!」
猗窩座が初めて明確な焦りを見せた。
「このままでは……!」
上弦の鬼であろうと、太陽だけは恐れる。
猗窩座は煉獄たちへ向き直ることすらせず、反射的に森へ向かって走り出した。
「待てッ!!」
炭治郎が叫ぶ。
「逃げるなァァァッ!!」
傷ついた身体を無理やり起こす。
腹部から激痛が走った。
それでも炭治郎は止まらなかった。
「逃げるな!! 卑怯者!!」
日輪刀を握る力すら残っていない。
ならば――。
炭治郎は刀を両手で掴み、全身の力を込めて投げつけた。
「うおおおおおおッ!!」
ヒュンッ!!
日輪刀が夜明け前の空を一直線に飛翔する。
「ッ!?」
逃走する猗窩座の胸へ、刀が深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
猗窩座が身体をよろめかせる。
炭治郎は血を流しながら叫んだ。
「鬼殺隊はいつだって暗闇の中で戦ってるんだ!!」
「……!」
「お前たち鬼みたいに、光を恐れて逃げたりしない!」
炭治郎の声が荒野に響く。
「煉獄さんは逃げなかった!」
「獪岳さんも!」
「しのぶさんだって、誰一人置いて逃げなかった!!」
猗窩座が振り返る。
その瞳には、怒りと悔しさが入り混じっていた。
「人間が……!」
「人間だから戦うんだ!!」
炭治郎の叫びに、猗窩座は何も言い返せなかった。
次の瞬間。
朝日が森の木々を照らし始める。
「くっ……!」
猗窩座は日輪刀を胸から引き抜くと、森の奥へ飛び込んだ。
「覚えていろ……!」
最後にそれだけを残して。
上弦の参は、深い森の闇へと姿を消していった。
「……逃げやがったか」
荒野に倒れ込みながら、獪岳が呟いた。
その身体もまた満身創痍だった。
黒紫色の雷を纏った『帝釈天』の反動で、全身には無数の裂傷。
呼吸をするだけでも激痛が走る。
「獪岳さん!」
しのぶが駆け寄った。
「動かないでください。これ以上動けば本当に死にますよ」
「へっ……俺がこの程度で死ぬかよ」
「その台詞を言う人ほど危ないんです」
しのぶは即座に止血を始める。
「まったく……無茶をしすぎです」
「……うるせえ」
獪岳は苦笑した。
そして――。
「うむ……」
少し離れた場所から、穏やかな声が聞こえた。
「朝陽が、とても美しいな」
煉獄杏寿郎だった。
腹部には深い傷。
肩にも大きな裂傷。
全身は血まみれ。
それでも、彼は立っていた。
東の空から昇った太陽を、真っ直ぐに見つめている。
「煉獄さん……!」
炭治郎の目から、涙が溢れた。
「煉獄さん……! よかった……本当に……!」
「うむ!」
煉獄はいつものように、力強く笑った。
「竈門少年!」
「はい!」
「よく戦ったな!」
「……!」
「我妻少年! 嘴平少年! 君たちもだ!」
「煉獄さぁぁぁん!!」
善逸が涙を流しながら駆け寄る。
「死んじゃうかと思ったよぉぉぉ!!」
「うむ! 俺も少々危なかった!」
「少々じゃねえだろ!!」
伊之助が叫ぶ。
「腹に穴が開いてんぞ!!」
「はっはっは!」
煉獄は豪快に笑った。
「だが、俺は生きている!」
その言葉に、炭治郎はさらに涙を零した。
「……はい!」
煉獄は炭治郎の肩へ手を置く。
「誰も死ななかった。それが何よりだ」
「……はい!」
「君たちは立派だった。柱の力だけで勝ったのではない。君たち若者が最後まで戦い抜いたからこそ、我々も勝機を掴めたのだ」
その言葉を聞いた獪岳が鼻を鳴らす。
「……褒めすぎだ、杏寿郎」
「そうか?」
「ガキどもが調子に乗る」
「ならば、もっと褒めよう!」
「おい!」
荒野に笑い声が響いた。
やがて朝日が完全に昇る。
血に染まった大地。
横転した無限列車。
傷ついた剣士たち。
そして――生き残った三人の柱。
そのすべてを、朝の光が優しく照らしていく。
長かった夜が終わった。
下弦の壱を討ち、上弦の参を退け、二百人を超える乗客の命を守り抜いた。
そして何より――。
炎柱・煉獄杏寿郎は、生き残った。
燃え尽きることなく。
その魂の炎を、次の戦いへ繋ぐために。
「さあ!」
煉獄が立ち上がる。
「まずは皆の治療だ! そして、無事に本部へ帰ろう!」
「はい!」
「おう!」
「うん!」
「……ったく、元気な奴だ」
獪岳も刀を杖にして立ち上がる。
しのぶはそんな二人を見て、小さく微笑んだ。
「本当に……無茶な人たちですね」
朝陽の下。
五人の若き剣士と三人の柱たちは、互いに支え合いながら歩き始めた。
無限列車での戦いは終わった。
しかし、鬼舞辻無惨へと続く戦いは――まだ始まったばかりだった。