『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第五話 上弦の陸・堕姫

京極屋――。

 

 吉原でもひときわ高く聳え立つ建物の最上階。その豪奢な回廊には、夜の冷たい風が吹き抜けていた。

 

 昼間の華やかさとは打って変わり、そこには異様な静寂が漂っている。

 

 獪岳は一人、廊下の中央に立っていた。

 

 漆黒と金の振袖。

 

 美しく結い上げられた黒髪。

 

 化粧によって際立った切れ長の瞳。

 

 誰がどう見ても、この世のものとは思えないほどの美女――。

 

 だが、その正体を知る者が見れば、背筋が凍るだろう。

 

 鳴柱・獪岳。

 

 そして、その正面には。

 

「……いつまで私の前でいい気になっているんだい?」

 

 艶やかな声。

 

 だが、その声に宿っているのは明確な敵意だった。

 

「不愉快なんだよ。新入りの分際で、私より客を集めるなんて」

 

 京極屋の最高位遊女――蕨姫。

 

 その女が、ゆっくりと扇子を閉じた。

 

 瞬間。

 

 バサァッ!!

 

 背中から何本もの帯が蛇のように飛び出した。

 

 人間の身体から出るはずのない、異形の帯。

 

 それを見た獪岳の目が細くなる。

 

「……やっぱりな」

 

 獪岳の鼻が、わずかに動いた。

 

 血。

 

 腐臭。

 

 そして、これまでに嗅いだことのないほど濃密な鬼の匂い。

 

「人間の匂いじゃねえと思ってたが……」

 

 獪岳は口元を歪めた。

 

「ようやく尻尾を出しやがったな、バケモノ」

 

「……なんだって?」

 

 蕨姫の表情が凍りつく。

 

 獪岳は扇子を床へ放り投げた。

 

 カラン、と乾いた音が響く。

 

「それにしても……」

 

 獪岳は目の前の女を上から下まで眺める。

 

「お前、よくそんな贅肉をぶら下げて『美人』を名乗れるな」

 

「…………」

 

「鏡を見る前に、目についてるその贅肉でも削ぎ落としてから喋り直せよ」

 

 空気が凍った。

 

「……私が」

 

 堕姫の顔が引きつる。

 

「私が……贅肉ですって……?」

 

「聞こえなかったのか?」

 

 獪岳はニヤリと笑った。

 

「デブ女」

 

「殺すッ!!」

 

 瞬間――。

 

 バシュンッ!!

 

 堕姫の帯が一斉に襲い掛かった。

 

 刃物のように鋭く変化した帯が、上下左右から獪岳の首を狙う。

 

「死ねぇぇぇッ!!」

 

 だが。

 

 獪岳は一歩も退かなかった。

 

 次の瞬間、着物の裾を掴む。

 

 ビリィッ!!

 

 動きを阻害する部分を豪快に引き裂き、両足を自由にする。

 

「……こんな動きにくい格好で戦えるかよ」

 

 その身体から――。

 

 バチバチバチッ!!

 

 黒紫の雷気が爆発的に迸った。

 

「な……!?」

 

 堕姫が目を見開く。

 

「雷の呼吸――」

 

 獪岳の姿が消える。

 

「肆ノ型・遠雷!!」

 

 ズドォォォンッ!!

 

 一瞬。

 

 本当に一瞬だった。

 

 黒紫の雷光が回廊を駆け抜け、襲い掛かっていた帯を次々と斬り裂いていく。

 

 ズババババッ!!

 

「なっ……!?」

 

 切断された帯が宙を舞う。

 

 堕姫が驚愕している間に、獪岳はすでに懐へ入り込んでいた。

 

「浅いんだよ、バケモノがぁッ!!」

 

 ギィンッ!!

 

 日輪刀が堕姫の首へと食い込む。

 

「ぐっ……!」

 

 だが――。

 

 斬れない。

 

「ふふっ……!」

 

 堕姫の首が異様なほど柔らかくしなった。

 

 刀身が肉を断つ寸前、首そのものが帯のように変形して斬撃を受け流す。

 

「残念だったねぇ!」

 

 堕姫が笑う。

 

「私の首は普通の鬼とは違うんだよ! そんな刀じゃ――」

 

「誰が刀だけで斬るっつった?」

 

「……え?」

 

 獪岳の目が鋭く光った。

 

「雷の呼吸――伍ノ型」

 

 至近距離。

 

 逃げ場など存在しない。

 

「熱界雷!!」

 

 ドカァァァァンッ!!

 

「ぎゃああああああッ!?」

 

 黒紫の高熱雷が、堕姫の首元で炸裂した。

 

 凄まじい熱量が帯状に変化した首を焼き、堕姫の身体を大きく吹き飛ばす。

 

 ガシャァァン!!

 

 堕姫の身体が窓を突き破り、屋根へと叩き落とされた。

 

「ぎ……ぎぎ……!」

 

 焼け焦げた肉体を再生させながら、堕姫は怒りに顔を歪める。

 

「よくも……!」

 

 髪が逆立つ。

 

 血走った目が獪岳を睨みつける。

 

「よくも私の顔を傷つけたねぇぇぇッ!!」

 

 ズズズズズ……。

 

 堕姫の背後から、さらに大量の帯が湧き出していく。

 

「私は上弦の陸なんだよ!」

 

 その声が吉原全体を震わせた。

 

「何十年、何百年……私は何人もの人間を喰ってきたと思ってる! 柱だって何人も殺してきたんだ!」

 

「……へえ」

 

 獪岳は屋根の上へ降り立つ。

 

 そして、日輪刀を肩に担いだ。

 

「だったら――」

 

 バチバチッ。

 

 雷気が刀身を覆う。

 

「俺が、その記録を今日で止めてやるよ」

 

「生意気なぁぁぁッ!!」

 

 堕姫が大量の帯を放つ。

 

 その瞬間だった。

 

「獪岳さん!!」

 

 屋根の向こうから、聞き慣れた声が響いた。

 

 獪岳が振り返る。

 

 瓦を蹴散らしながら、二つの影が飛び込んできた。

 

「お待たせしました!」

 

「待たせたなァ!!」

 

 竈門炭治郎。

 

 そして――。

 

「派手に待たせちまったな!」

 

 巨大な二本の日輪刀を構えた音柱・宇髄天元。

 

 獪岳は二人を見て、露骨に眉をしかめた。

 

「……遅えんだよ」

 

「ハッハッハ! そう言うな鳴柱! ここからが本番だぜ!」

 

 天元が三本の刀を構える。

 

「派手に行くぞ!!」

 

「お前らは下がってろ」

 

 獪岳が前へ出る。

 

「こいつは俺が――」

 

「いや」

 

 天元が獪岳の横へ並んだ。

 

「上弦相手に一人で張り合うほど、俺は野暮じゃねえ」

 

 炭治郎も刀を握り締める。

 

「俺も戦います!」

 

「チッ……」

 

 獪岳は舌打ちする。

 

 だが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「……足だけは引っ張るなよ」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

 夜空の下。

 

 屋根を埋め尽くす無数の帯。

 

 それに対峙する三人の鬼殺隊士。

 

 そして――。

 

「まとめて殺してあげるよぉぉぉッ!!」

 

 上弦の陸・堕姫。

 

 吉原を支配していた鬼が、ついにその本性を露わにした。

 

 眠らない街の屋根の上で、鳴柱・獪岳、音柱・宇髄天元、そして竈門炭治郎。

 

 三人の刃と、上弦の陸の帯が激突する。

 

 遊郭編最大の戦いが、ここから始まった。

 

 

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