「お前ら人間ごときが……調子に乗るんじゃねぇぇぇッ!!」
妓夫太郎の絶叫が、夜の吉原を震わせた。
次の瞬間、両手の血鎌から大量の血が噴き出す。
「血鬼術――飛血鎌ァッ!!」
シュバババババババッ!!
無数の血の刃が、弧を描きながら四方八方へ飛散した。
同時に――。
「私の帯から逃げられると思ってるの!?」
堕姫の帯が幾重にも重なり、巨大な刃の壁となって襲いかかる。
血鎌と帯。
二つの攻撃が複雑に絡み合い、まるで逃げ場のない殺戮の檻を作り上げていく。
ドガガガガガッ!!
屋根瓦が吹き飛ぶ。
柱が斬り裂かれる。
建物の壁面が無惨に崩れ落ちる。
吉原の街並みそのものが、上弦の鬼二人の猛攻によって破壊されていった。
「くっ……!」
宇髄天元が二本の日輪刀を交差させ、飛来する血鎌を弾き飛ばす。
だが――。
「ぐっ……!」
僅かに顔を歪めた。
首筋から頬へ。
紫色の毒が、はっきりと浮かび上がっている。
「天元さん!」
炭治郎が叫ぶ。
「気にすんな!」
天元は笑ってみせる。
「この程度の毒で音柱が止まるかよ!」
そう言いながらも、呼吸は確実に乱れていた。
動きもほんの僅かに鈍っている。
妓夫太郎はそれを見逃さなかった。
「へへへ……効いてるじゃねぇか」
醜悪な笑み。
「俺の毒はなぁ、ちょっとずつ身体を壊していくんだよぉ……。いくら強くても、人間は鬼みたいに再生できねぇ」
その言葉に続くように、獪岳の首筋にも激痛が走った。
「……っ!」
獪岳が左手で傷口を押さえる。
血管の中を焼けた針が這い回っているような感覚。
筋肉が痙攣し、視界が一瞬だけ歪む。
(また……毒か)
獪岳の脳裏に、無限列車での戦いが蘇る。
上弦の参。
猗窩座との死闘。
そして――限界を超えて放った『帝釈天』。
あの時も、己の身体は壊れかけた。
それでも戦った。
そして、自分の雷が炎柱・煉獄杏寿郎の命を繋いだ。
さらに脳裏に浮かぶのは、戦いの後。
傷だらけの身体で自分の前に立ち、深々と頭を下げた煉獄の姿。
『感謝する、獪岳』
『君の雷が、俺の命を繋いでくれた』
「……」
獪岳の瞳が鋭く細くなる。
「……ハッ」
小さく笑った。
「こんなところで……」
刀を握り直す。
「止まってたまるかよ」
バチッ。
刀身から電光が走る。
「俺は――」
バチバチバチバチッ!!
さらに激しい雷が全身を包み込む。
「誰の足元にも伏さねえんだよぉぉぉッ!!」
ドォォォン!!
爆発的な雷気が周囲へと広がった。
屋根瓦が宙へ浮き上がる。
砂埃が巻き上がる。
黒紫だった雷光が、さらに濃く、深く変色していく。
青白い雷。
黒紫の雷。
そして――。
漆黒。
まるで夜そのものを雷に変えたかのような、禍々しくも凄まじい電光だった。
「な……なんだぁ!?」
妓夫太郎が目を見開く。
「おい、獪岳……!」
天元も驚愕する。
「まだ上があるってのかよ!」
「あるに決まってんだろ」
獪岳が低く答える。
「俺はな……」
一歩。
足を踏み出す。
「上弦の鬼なんぞに負けるために、柱になったんじゃねえ」
二歩。
大地が震える。
「俺が一番上に立つためだ」
三歩。
雷鳴が轟く。
「そのためなら――」
獪岳の瞳が、獲物を射抜く猛禽のように輝いた。
「俺の命だってくれてやる!!」
「獪岳さん! その技は……!」
炭治郎が叫ぶ。
だが獪岳は振り返らない。
「炭治郎、目ぇ逸らすな」
「え……?」
「よく見とけ」
獪岳が刀を構える。
「これが――俺の雷だ」
その瞬間だった。
「おい、ド派手野郎!」
獪岳が天元へ怒鳴る。
「妹の首は任せたぞ!!」
天元はニヤリと笑った。
「おうよ!」
二本の日輪刀を大きく構える。
「派手に合わせてやるぜぇぇッ!!」
「なっ……!?」
堕姫が後退する。
「お兄ちゃん!」
「分かってる!」
妓夫太郎が血鎌を構える。
「来るぞぉッ!!」
だが――遅い。
天元が一気に踏み込んだ。
「音の呼吸――!」
ドガァン!!
堕姫の帯を二本の巨刀がまとめて弾き飛ばす。
「うそ……!?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
堕姫の防御が崩れた。
「今だ、獪岳!!」
天元の咆哮。
獪岳の足元が爆発した。
ドォォォォォンッ!!
「雷の呼吸――」
漆黒の雷が、獪岳の全身を包み込む。
「異形――」
世界から音が消えた。
「帝釈天!!」
刹那。
獪岳の姿が消失する。
「な――」
妓夫太郎の目が見開かれる。
『羅針』もない。
猗窩座ほどの闘気察知を持たない妓夫太郎では、なおさら追えない。
ただ――。
一筋の漆黒だけが見えた。
「速――」
ガキィィィン!!
次の瞬間、妓夫太郎の両手の血鎌が弾き飛ばされた。
「な……!?」
獪岳の刀が、血鎌の間を紙一重で抜ける。
そして――。
「喉がガラ空きだぜ」
ズバァァァッ!!
黒雷を纏った刃が、妓夫太郎の頸へ深々と食い込んだ。
「が……あ……ッ!?」
同時に。
「これで――終いだぁぁぁッ!!」
天元の二本の日輪刀が堕姫の頸へ叩き込まれる。
ズガァァァン!!
「い、いやぁぁぁぁぁッ!!」
二つの刃。
二つの首。
ほぼ同時に斬撃が走った。
ドサッ。
妓夫太郎の首が宙を舞う。
そして――。
堕姫の首も、夜空へ高く跳ね上がった。
「な……」
炭治郎が息を呑む。
「同時に……斬った……!」
しかし、獪岳は笑わなかった。
刀を構えたまま、妓夫太郎を睨み続けている。
「……まだ終わってねえ」
「え?」
炭治郎が振り向く。
斬り飛ばされた妓夫太郎の首が、憎悪に歪んだ顔で笑っていた。
「へ……へへへ……」
「なぁ……兄ちゃん……」
堕姫の首もまた、泣き叫ぶ。
「まだ終わってないよね……?」
二人の首から、猛烈な鬼気が噴き出した。
「……そう簡単に」
妓夫太郎が嗤う。
「俺たち兄妹が死ぬと思うなよぉぉぉッ!!」
夜の吉原に、二人の鬼の絶叫が響き渡る。
上弦の陸――堕姫と妓夫太郎。
その頸は確かに斬られた。
だが。
兄妹を同時に斬首しなければ倒せない、上弦の陸の本当の恐ろしさは――ここからだった。