「お兄ちゃん……! お兄ちゃんの首が……治らないよぉぉぉッ!」
堕姫の絶叫が、半壊した吉原の夜空を震わせた。
切り落とされた二つの首が、瓦礫の上を転がっていく。
妓夫太郎と堕姫。
上弦の陸として百年以上もの間、数え切れないほどの人間を喰らってきた兄妹。その二人が、今や再生すらできず、無惨な姿を晒していた。
「ぐ……ぎ……っ!」
妓夫太郎が歯を食いしばる。
首を落とされた程度ならば、本来ならば瞬く間に再生できる。
しかし、今回は違った。
「帝釈天」によって叩き込まれた黒紫の雷気が、妓夫太郎の細胞を内部から焼き続けている。
さらに天元の爆破によって肉体そのものが徹底的に破壊され、再生しようとする細胞が次々と弾け飛んでいた。
「な……ぜだ……!」
妓夫太郎の目が血走る。
「俺たちは……上弦の陸だぞ……! 百年以上も……鬼殺隊の柱を喰ってきた……! なのに……なんで……!」
「なんでだと?」
その問いに答えたのは、屋根の上で刀を構える獪岳だった。
全身傷だらけ。
首筋には血鎌による傷。
毒は未だに身体を蝕んでいる。
それでも、獪岳は倒れなかった。
「簡単な話だ」
バチッ。
その日輪刀から、弱々しくも鋭い雷光が走る。
「俺たちが……お前らより強かっただけだ」
「……ッ!」
妓夫太郎の顔が醜く歪む。
「ふざけるなぁぁぁッ!!」
怒りに任せ、残された胴体から大量の血が噴き出す。
「血鬼術……円斬旋回!!」
無数の血の刃が渦を巻きながら周囲へ広がっていく。
瓦礫を。
柱を。
家屋を。
すべてを切断しながら、猛毒を帯びた血鎌が獪岳たちへ殺到した。
だが――。
「往生際が悪ぃんだよ」
獪岳が一歩、前へ出る。
「雷の呼吸――」
バリバリバリッ!!
黒紫の雷が刀身へ集中する。
「伍ノ型――熱界雷!!」
ドガァァァァンッ!!
至近距離から叩き込まれた黒雷が、妓夫太郎の胴体を直撃した。
「ぐおおおおおおおおッ!?」
血鬼術そのものを吹き飛ばすほどの爆発。
妓夫太郎の肉体が大きく弾け、黒煙とともに瓦礫の中へ叩き込まれる。
「もう一発だ!」
「おいおい!」
天元が獪岳の肩を掴む。
「お前、今の一撃でぶっ倒れそうな顔してるぜ?」
「うるせえ……!」
獪岳は血を吐きながら睨み返す。
「ここで止めを刺さなきゃ……また立ち上がるだろうが……!」
「ハッ!」
天元は豪快に笑った。
「その根性、嫌いじゃねえぜ!」
二本の日輪刀を構える。
「なら、派手に終わらせるとするか!」
その頃。
少し離れた瓦礫の上では、炭治郎が堕姫と妓夫太郎の二つの首を見つめていた。
「……お兄ちゃん……」
「うるさい……」
「私のせいじゃないもん……!」
「お前が……もっとちゃんとしてりゃ……」
「お兄ちゃんだって……!」
いつものように兄妹は互いを責め始める。
しかし、その声には先ほどまでの勢いがない。
消滅が近づいている。
それを感じ取っているのだろう。
炭治郎は静かに二人へ歩み寄った。
「……もう、喧嘩しなくていいんだよ」
妓夫太郎の瞳が炭治郎を捉える。
「……あ?」
「二人とも、本当は仲良しだったんでしょう?」
「……」
「世界でたった二人の兄妹なんだから……最後まで、お互いを責めなくてもいいんじゃないかな」
妓夫太郎の表情が歪む。
「……うるせぇ……」
その声は、怒鳴り声ではなかった。
「知ったような口……きくんじゃねぇ……」
けれど。
その目から、一筋の涙が零れた。
「俺は……こいつを……」
言葉が続かない。
堕姫もまた、涙を流していた。
「お兄ちゃん……」
二人の身体が、少しずつ灰へと変わっていく。
「……ずっと……一緒だった……」
炭治郎は何も言わず、その二人を見つめ続けた。
やがて、朝焼けの風が吹く。
兄妹の身体は灰となり、淡い光の中へ溶けていった。
――上弦の陸・妓夫太郎、堕姫。
討伐。
しかし、勝利の余韻に浸る暇はなかった。
「……終わった、のか……?」
炭治郎が呟く。
その直後。
「終わったみたいだな!」
天元が二本の刀を肩に担ぎ、豪快に笑った。
「派手に勝ったぜ!」
だが、その声にも疲労が滲んでいる。
天元の身体には毒が回っていた。
そして獪岳もまた、限界寸前だった。
「……チッ」
獪岳が刀を地面へ突き立てる。
「……身体が……重ぇ……」
膝が崩れた。
「獪岳さん!」
炭治郎が駆け寄る。
「触るな……!」
「でも!」
「……大丈夫だ」
獪岳は荒い息を吐きながら、なんとか身体を起こす。
「俺は……まだ死んでねえ」
その直後。
「おいおい、鳴柱!」
天元がニヤリと笑った。
「今回の一番手柄は俺だろ?」
「は?」
獪岳の眉が跳ね上がる。
「寝言は寝て言え、ド派手野郎」
「何だと?」
「妓夫太郎の首を斬ったのは俺だ」
「俺が堕姫の首を斬っただろうが!」
「俺があの野郎の再生を止めた」
「俺が毒を食らいながら戦った!」
「俺だって毒食らってんだよ!」
二人の柱が睨み合う。
その光景に、炭治郎は思わず苦笑した。
「……二人とも、元気ですね」
「どこがだよ!!」
「どこがだぁ!!」
見事なまでに声が重なった。
そして――。
「……ふっ」
炭治郎の口元から、小さな笑みが零れた。
誰も死ななかった。
それだけで十分だった。
やがて東の空から、朝日が昇り始める。
血と炎と雷に彩られた長い夜が、ようやく終わろうとしていた。
崩壊した吉原。
傷ついた二人の柱。
そして、傷だらけになりながらも生き残った炭治郎たち。
その全員を、朝の光が静かに照らしていく。
「……勝ったんだな」
炭治郎が呟く。
獪岳は空を見上げ、静かに鼻を鳴らした。
「当然だ」
そして、わずかに口角を上げる。
「俺がいるんだからな」
こうして――。
音柱・宇髄天元。
鳴柱・獪岳。
二人の柱による共闘によって、上弦の陸・妓夫太郎と堕姫は討ち果たされた。
吉原の夜に刻まれた、二人の柱の勝利。
その戦いは、鬼殺隊の歴史に新たな一頁を刻むこととなった。