『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第19話 才能だけでは勝てない

朝。

 

山道を走る二人の少年の姿があった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

善逸が息を切らしながら走る。

 

その少し前を、獪岳が走っていた。

 

「遅いぞ、善逸!」

 

「待ってよぉぉぉ!」

 

「鬼殺隊に入ったら鬼は待ってくれねぇぞ!」

 

「それはそうだけどぉ!」

 

「なら走れ!」

 

「兄貴鬼ぃぃぃ!」

 

獪岳は振り返らない。

 

だが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 

雷の呼吸。

 

全ての型を一通り修得した。

 

壱ノ型・霹靂一閃。

 

弐ノ型・稲魂。

 

参ノ型・聚蚊成雷。

 

肆ノ型・遠雷。

 

伍ノ型・熱界雷。

 

陸ノ型・電轟雷轟。

 

型を覚えるだけなら、獪岳は人並み以上に早かった。

 

前世の知識。

 

獪岳自身が持つ身体能力。

 

そして、未来を変えるという執念。

 

その三つが合わさっていたからだ。

 

しかし。

 

桑島は褒めなかった。

 

いや。

 

正確には、褒めた上で必ずこう言った。

 

――まだ足りん。

 

 

その日の午後。

 

道場。

 

「今日は実戦形式じゃ」

 

桑島の言葉に、獪岳と善逸が顔を見合わせる。

 

「実戦……?」

 

善逸の顔が引きつる。

 

「鬼と戦うんですか!?」

 

「まだ鬼とは戦わせん」

 

桑島は木刀を二本用意した。

 

「儂が相手をする」

 

「え……」

 

善逸の顔が青ざめた。

 

獪岳は木刀を手に取る。

 

「分かりました」

 

「獪岳」

 

「はい」

 

「今日は、型を使うことを禁止する」

 

「……!」

 

「型を使わずに、儂から一本取ってみろ」

 

善逸が叫ぶ。

 

「無理だよぉぉぉ!!」

 

桑島が睨む。

 

「始めるぞ」

 

「ひぃっ!」

 

獪岳は構えた。

 

桑島も構える。

 

空気が変わった。

 

先ほどまでの穏やかな老人ではない。

 

鬼殺隊の元柱。

 

雷の呼吸を極めた剣士。

 

獪岳は一瞬で理解した。

 

――隙がない。

 

「…………」

 

桑島が踏み込む。

 

「ッ!」

 

獪岳は横へ跳ぶ。

 

木刀が頬を掠めた。

 

「速い……!」

 

「遅いぞ」

 

次の一撃。

 

獪岳は受ける。

 

――ガンッ!

 

腕が痺れる。

 

「ぐっ!」

 

さらに追撃。

 

「くっ……!」

 

獪岳は後退する。

 

型を使えない。

 

ならば。

 

身体能力だけで戦う。

 

「……!」

 

桑島の木刀が迫る。

 

獪岳は紙一重でかわす。

 

そして。

 

反撃。

 

「はっ!」

 

木刀を振り下ろす。

 

だが。

 

桑島は軽く受け流した。

 

「…………」

 

獪岳は舌打ちする。

 

「もう一度!」

 

「何度でも来い」

 

獪岳は踏み込む。

 

右。

 

左。

 

下段。

 

突き。

 

しかし。

 

全部読まれる。

 

「なぜじゃ」

 

桑島が言った。

 

「……!」

 

「お前は型を使えば強い」

 

「…………」

 

「しかし、型を使えなくなった途端に動きが単調になる」

 

「……」

 

「技に頼りすぎておる」

 

獪岳の表情が険しくなる。

 

「……もう一度」

 

「よし」

 

再び。

 

何度も。

 

何度も。

 

何度も。

 

獪岳は挑んだ。

 

しかし。

 

一度も勝てない。

 

 

夕方。

 

道場の外。

 

獪岳は地面に座っていた。

 

汗だく。

 

腕も足も震えている。

 

「……勝てねぇ」

 

隣で善逸が呟く。

 

「兄貴でも勝てないんだ……」

 

「当たり前だ」

 

「でも、兄貴は全部の型を使えるのに」

 

「だから何だ」

 

獪岳は善逸を見る。

 

「型を全部覚えたからって、強くなるわけじゃねぇ」

 

「…………」

 

「技術は武器だ」

 

獪岳は自分の手を見る。

 

「だが、武器を持ってるだけで勝てるほど甘くない」

 

その時。

 

桑島が道場から出てきた。

 

「その通りじゃ」

 

二人が振り返る。

 

「獪岳」

 

「はい」

 

「お前には才能がある」

 

「…………」

 

「善逸にも才能がある」

 

善逸が驚く。

 

「俺にも!?」

 

「ああ」

 

桑島は頷く。

 

「だがな」

 

その声は厳しかった。

 

「才能だけでは鬼には勝てん」

 

獪岳は黙って聞く。

 

「才能のある者ほど、己の才能に溺れる」

 

「…………」

 

「少し出来れば、自分は強いと思う」

 

「…………」

 

「少し勝てば、努力など不要だと思う」

 

桑島は二人を見る。

 

「だが、鬼はそんなに甘くない」

 

「…………」

 

「鬼は人間より強い」

 

「…………」

 

「傷ついても死なぬ」

 

「…………」

 

「首を斬らぬ限り、何度でも立ち上がる」

 

獪岳は拳を握る。

 

「だからこそ――」

 

桑島は言った。

 

「人間は、努力し続けるしかない」

 

静かな言葉だった。

 

だが。

 

獪岳の胸には深く響いた。

 

 

夜。

 

獪岳は一人で道場に戻った。

 

月明かりが差し込んでいる。

 

木刀を握る。

 

「…………」

 

今日の敗北を思い出す。

 

桑島の一撃。

 

避けられなかった。

 

受けきれなかった。

 

反撃も通じなかった。

 

――自分は強い。

 

そう思っていた。

 

雷の呼吸を全て覚えた。

 

壱ノ型も極めた。

 

身体能力も高い。

 

前世の知識もある。

 

だから。

 

もっと簡単に強くなれると思っていた。

 

「……馬鹿だな」

 

獪岳は自嘲する。

 

「そんな簡単な話じゃねぇ」

 

鬼殺隊の隊士は。

 

毎日命を懸けている。

 

柱は。

 

その何倍もの鍛錬を積んでいる。

 

そして。

 

上弦の鬼は。

 

それ以上の時間を生きている。

 

「才能だけで……勝てるわけがねぇ」

 

獪岳は木刀を構える。

 

「なら」

 

一歩。

 

「努力するしかない」

 

振る。

 

「一回」

 

もう一度。

 

「十回」

 

さらに。

 

「百回」

 

木刀が空気を切る。

 

「千回」

 

汗が落ちる。

 

「一万回でも――」

 

腕が痛む。

 

足が震える。

 

それでも。

 

「やる」

 

獪岳は振り続ける。

 

「俺は……」

 

刀を振る。

 

「誰も死なせない」

 

振る。

 

「悲鳴嶼さんも」

 

振る。

 

「善逸も」

 

振る。

 

「師匠も」

 

振る。

 

そして。

 

まだ出会っていない人々の顔を思い浮かべる。

 

胡蝶カナエ。

 

胡蝶しのぶ。

 

栗花落カナヲ。

 

炭治郎。

 

伊之助。

 

村田。

 

名もなき隊士たち。

 

「全員だ」

 

獪岳は木刀を振り下ろす。

 

「俺が守る」

 

 

翌朝。

 

桑島が道場へ入る。

 

「……!」

 

目を見開いた。

 

そこには。

 

朝まで鍛錬を続けていた獪岳がいた。

 

「獪岳」

 

「……師匠」

 

「まさか……」

 

獪岳は息を切らしながら立ち上がる。

 

「昨日の続き、お願いします」

 

桑島は黙っていた。

 

「もう一度、俺を倒してください」

 

「…………」

 

「今度は」

 

獪岳は構える。

 

「昨日より、一歩でも強くなった俺を」

 

桑島の表情が変わった。

 

厳しい顔。

 

だが。

 

その奥には、確かな喜びがある。

 

「……よかろう」

 

桑島も木刀を構えた。

 

「来い」

 

「はい!」

 

獪岳が走る。

 

昨日とは違う。

 

僅かに。

 

ほんの僅かに。

 

身体の使い方が変わっている。

 

桑島の木刀が迫る。

 

獪岳は避ける。

 

反撃。

 

受けられる。

 

だが。

 

「……!」

 

昨日とは違う。

 

桑島が一歩下がった。

 

「ほう」

 

獪岳は息を整える。

 

「……今の」

 

「昨日より良い」

 

「……!」

 

「たった一晩でここまで変わるか」

 

獪岳は笑った。

 

「一晩じゃありません」

 

「何?」

 

「今までの全部です」

 

「…………」

 

「寺で生き残ったことも」

 

「…………」

 

「悲鳴嶼さんと過ごしたことも」

 

「…………」

 

「善逸と修行したことも」

 

「…………」

 

「師匠に教えてもらったことも」

 

獪岳は木刀を握り直す。

 

「全部、俺の力です」

 

桑島は目を細める。

 

「……そうじゃ」

 

「だから」

 

獪岳は踏み込む。

 

「俺は、もっと強くなります!」

 

「来い!」

 

木刀と木刀がぶつかる。

 

――ガァン!

 

山中に乾いた音が響いた。

 

才能。

 

努力。

 

経験。

 

そして。

 

誰かを守りたいという意志。

 

それらが重なって。

 

少年は少しずつ強くなっていく。

 

才能だけでは勝てない。

 

だからこそ。

 

努力する者は。

 

昨日の自分を超えていける。

 

【大正コソコソ噂話】

 

この日の修行後。

 

善逸が桑島に尋ねた。

 

「じいちゃん、獪岳兄貴って才能あるの?」

 

「ある」

 

「じゃあ俺は?」

 

「ある」

 

「じゃあ、どっちが才能ある?」

 

桑島は少し考えた。

 

「獪岳は努力する才能がある」

 

「……!」

 

「お前は眠る才能がある」

 

「なんで!?」

 

「寝ている時のお前は、恐ろしく強いからじゃ」

 

「それ褒めてる!?」

 

その会話を聞いていた獪岳は。

 

「善逸」

 

「何?」

 

「お前は起きてても強くなれる」

 

「兄貴……!」

 

「だから、まず寝坊するな」

 

「そこ!?」

 

なお翌朝。

 

善逸は寝坊した。

 

獪岳は無言で布団をひっぺがしたという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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