「わぁ……! 見て見て、炭治郎ちゃん! 松茸がこんなにいっぱい!」
夕暮れの刀鍛冶の里。
昼間まで続いていた鍛錬の疲れを癒やすように、宿の広間には穏やかな時間が流れていた。
卓上には、湯気を立てる松茸ご飯、焼き魚、山菜の天ぷら、味噌汁、漬物。
そして、その料理を物凄い勢いで消費しているのが恋柱・甘露寺蜜璃だった。
「おいおい……それで何杯目だ?」
隣で箸を動かしながら、獪岳が呆れたように尋ねる。
「えーっと……八杯目!」
「……よく腹に入るな」
「だって刀鍛冶の里のお料理、とっても美味しいんだもの!」
蜜璃は幸せそうに頬を緩める。
「それに、たくさん食べて元気をつけないと! 柱はいつ鬼が来ても戦えるようにしておかなくちゃ!」
「その理屈なら俺も食わなきゃならねえな」
「獪岳さん、さっきから三杯しか食べていませんよ?」
しのぶが穏やかに笑う。
「もっと召し上がったらどうです?」
「俺は甘露寺みたいな食い方はしねえ」
「まあ、失礼ね!」
蜜璃が頬を膨らませる。
「私だって女の子らしく食べてるわよ!」
「どこがだ」
「獪岳さん、女の子にそういうこと言っちゃ駄目ですよ」
「しのぶ、お前はこいつの味方なのか?」
「もちろんです」
「即答かよ……」
その隣では、炭治郎も楽しそうに食事をしていた。
「でも、本当に美味しいですね! こんなにたくさん食べられるなんて、ありがたいです!」
「炭治郎ちゃんもいっぱい食べてね!」
「はい!」
「……平和だな」
獪岳がぽつりと呟く。
無限列車。
遊郭。
これまで幾度も死線を潜り抜けてきた。
だからこそ、こうして仲間と食卓を囲める時間が、獪岳にとっても決して嫌いなものではなかった。
しのぶがそんな獪岳の横顔を見て、微かに笑う。
「獪岳さんも、少しはこういう時間を楽しんでくださいね」
「……別に楽しんでねえ」
「そうですか?」
「そうだ」
「ふふっ」
その瞬間だった。
――ドゴォォォォンッ!!
「……ッ!?」
轟音。
建物全体が激しく揺れた。
卓上の食器が跳ね上がり、味噌汁が床へこぼれる。
「な、何!?」
炭治郎が立ち上がった瞬間――。
ドガァァァンッ!!
広間の天井が吹き飛んだ。
巨大な瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「危ねえッ!」
獪岳が即座に抜刀。
バリィッ!!
刀身から雷が走り、飛来した瓦礫をまとめて粉砕する。
「きゃあっ!」
蜜璃も咄嗟に炭治郎の前へ躍り出た。
しかし、次に襲ってきたものは瓦礫などではなかった。
「うわぁぁぁぁっ!!」
里のあちこちから悲鳴が上がる。
遠くの家屋が次々と吹き飛び、猛烈な風が街路を駆け抜けていく。
木々が根元から折れ、屋根が宙へ舞い上がった。
「なんだ、この風は……!?」
炭治郎が目を細める。
その時、遥か上空から巨大な団扇を持った異形の鬼が姿を現した。
「ひひひひ……!」
半天狗の分身――可楽。
その巨大な団扇が、再び大きく振り抜かれる。
「吹っ飛べぇ!」
ゴォォォォォォンッ!!
暴風が大地を薙ぎ払う。
家屋が倒壊し、木々がなぎ倒される。
「みんな伏せて!」
しのぶが叫ぶ。
獪岳は刀を地面へ突き立て、雷気を爆発させながら踏みとどまった。
「クソッ……!」
「獪岳さん!」
「俺は大丈夫だ! それより里の奴らを守れ!」
その直後。
ズズズズズ……。
地面の下から、不気味な音が響いた。
「……?」
炭治郎が振り返る。
里の池。
その水面が大きく膨れ上がった。
「何か来ます!」
バシャァァァン!!
水柱と共に、巨大な魚のような異形が飛び出した。
一匹。
二匹。
十匹。
さらにその後ろから、無数の魚型の鬼が雪崩のように押し寄せてくる。
「きゃああああっ!」
刀鍛冶たちが逃げ惑う。
「鬼だぁ!」
「里が襲われてるぞ!」
「逃げろ!」
「落ち着いてください!」
しのぶが声を張り上げる。
だが、鬼たちは容赦なく刀鍛冶たちへ襲いかかる。
その瞬間。
「――そこまでよ」
声が響いた。
先ほどまで食事を楽しんでいた蜜璃だった。
その顔から、笑顔が消えている。
桃色の髪が風に揺れる。
その瞳には、燃えるような怒りが宿っていた。
「みんなを傷つける悪い鬼は……」
蜜璃が日輪刀の柄を握る。
「私が絶対に許さないんだから!」
シュルッ!
鞭のようにしなる刀身が抜かれた。
極薄の刀が月明かりを反射し、桃色の閃光となって舞う。
「恋の呼吸――壱ノ型!」
一歩。
二歩。
三歩。
蜜璃の身体が、まるで舞うように敵陣へ飛び込む。
「初恋のわななき!!」
シュバババババッ!!
無数の斬撃。
魚型の鬼たちが次々と切り裂かれ、空中で細かな肉片となって弾け飛ぶ。
「す、すごい……!」
炭治郎が目を見開く。
蜜璃は着地すると、刀を大きく振り払った。
「大丈夫!?」
「は、はい!」
「よかったぁ!」
一瞬だけ、いつもの明るい笑顔が戻る。
だが――。
「……まだ来るわね」
蜜璃が空を見上げる。
暴風の向こう。
さらに巨大な気配がある。
獪岳もそれを感じ取っていた。
「上弦……」
低い声。
刀を握る手に力が入る。
「どうやら、こいつらは最初から俺たちを狙ってやがったらしいな」
しのぶが静かに頷く。
「ええ。里そのものを襲撃するなんて、随分と大胆な作戦です」
「つまり、鬼舞辻無惨も本気ってことか」
炭治郎が刀を抜く。
「だったら、俺たちも本気で守らないと!」
蜜璃が大きく頷いた。
「うん!」
そして獪岳もまた、刀身へ雷を纏わせる。
バチッ……。
青白い火花。
さらにその奥から、禍々しい黒紫の雷が滲み出した。
「上等だ」
獪岳が笑う。
「上弦が二匹だろうが三匹だろうが、まとめて叩き潰してやる」
「獪岳さん!」
蜜璃が振り返る。
「私も一緒に戦うわ!」
「勝手にしろ」
「うふふ、じゃあ勝手にするね!」
しのぶも刀を構える。
「では、私も参加しましょうか」
炭治郎が息を呑む。
恋柱。
蟲柱。
鳴柱。
三人の柱が並び立つ。
その背後には、守るべき刀鍛冶たち。
その前方には、里を破壊する鬼の群れ。
そして――。
山の向こうから、さらに二つ。
明らかに次元の違う鬼気が迫っていた。
「……来るぞ」
獪岳が呟く。
夜の闇の中で、無数の鬼の気配が蠢く。
刀鍛冶の里。
鬼殺隊にとって命綱ともいえるこの場所を巡り、かつてない総力戦が始まろうとしていた。
そしてその戦場に、恋柱・甘露寺蜜璃も立った。
「みんなを守るためなら――私は、絶対に負けない!」
桃色の刀身が月夜に閃く。
その直後。
里全体を揺るがす第二の轟音が、山々へと響き渡った。