「ヒヒヒヒッ! 素晴らしい! なんと素晴らしい光景でしょう! これぞ至高の芸術! これぞ、私だけに許された美の極致でございますよぉ!!」
破壊された刀鍛冶の里。
瓦礫と煙が立ち込める小道の中央で、不気味な壺がぐにゃりと蠢いた。
次の瞬間。
ぬるり。
壺の口から這い出してきたのは、人間とは到底呼べぬ異形だった。
頭部にはいくつもの目と口。
身体には魚のような鱗。
そして、歪んだ笑みを浮かべながら周囲を見渡すその姿は、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせるには十分すぎるものだった。
上弦の伍。
玉壺。
その周囲には、血まみれになった刀鍛冶たちが転がっていた。
壺の中に閉じ込められた者。
肉体を魚のような異形へと変えられた者。
そして、まだ息があるにもかかわらず、玉壺の「作品」として弄ばれている者。
「見てください! この素晴らしき作品を!」
玉壺が両腕を広げる。
「鍛冶師どもを捏ね繰り回し、苦痛と恐怖を一つの形へと昇華させた傑作! 題して――『鍛冶屋の断末魔』!!」
「……」
その場にいたしのぶは、何も言わなかった。
ただ、静かに玉壺を見つめている。
普段ならば、どれほど不愉快な相手でも笑顔を崩さない。
しかし今の彼女の顔からは、その微笑みすら消えていた。
「……醜い」
「……なに?」
玉壺の笑顔が止まる。
しのぶはゆっくりと刀を構えた。
「あなたは、ご自分を芸術家だと思っていらっしゃるのですか?」
声は穏やかだった。
穏やかすぎるほどに。
「でしたら、ずいぶんと可哀想な方ですね。命を弄び、苦しむ人を見て喜ぶ。それを芸術だと勘違いしているなんて……」
しのぶの瞳が細くなる。
「あなたの作品より、あなた自身のほうがよほど醜いですよ」
「……私が……醜いだとぉぉぉッ!?」
玉壺の顔が醜悪に歪んだ。
「無知な人間がぁ! この私の芸術を侮辱するとはッ! 許さんぞォォォッ!!」
壺が大きく脈動する。
「血鬼術――千本針魚殺!!」
ドバァァァッ!!
壺から無数の魚が飛び出した。
その口から吐き出されたのは、鋭い針の雨。
一本一本に猛毒が仕込まれ、触れただけでも身体を麻痺させる凶悪な攻撃だった。
「しのぶ、下がってろ!」
獪岳が一歩前へ出る。
「俺がやる!」
「獪岳さん!」
「雷の呼吸――」
全身から黒紫の雷気が噴き上がる。
「肆ノ型・遠雷!!」
バリバリバリィィッ!!
獪岳の身体が掻き消えた。
次の瞬間。
無数の雷光が戦場を駆け抜け、飛来した毒針を一つ、また一つと弾き飛ばしていく。
「なにぃ!?」
玉壺が目を見開く。
「この数の毒針を、全て叩き落としただとぉ!?」
「毒を使う相手は、もう慣れてんだよ!」
獪岳が着地すると同時に、刀を玉壺へ向ける。
「その程度の芸当で、俺たちを止められると思うな!」
「おのれぇぇ……! ならば直接、私の芸術作品にしてくれるわ!!」
玉壺が壺の中へ潜り込む。
「血鬼術――蛸壺地獄!!」
ドゴォォォン!!
巨大な触手が地面を突き破った。
太い触腕が獪岳へ殺到する。
「チッ!」
獪岳が雷撃を纏わせて斬り払う。
しかし、その隙を狙うように別の触手が横から迫った。
「獪岳さん、右です!」
しのぶの声。
「分かってる!」
獪岳が身を捻る。
触手が目の前を掠めた。
だが――。
「……遅いですよ」
しのぶが消えた。
「なっ……!?」
玉壺が振り返る。
いつの間にか、その背後にしのぶが立っていた。
「私の恋人に、これ以上触れないでくださいね」
「き、貴様……いつの間に――」
「蟲の呼吸――」
しのぶの刀が閃く。
「蝶ノ舞・戯れ」
シュッ!!
細身の日輪刀が、玉壺の身体へ深々と突き刺さった。
「ぐおおおおッ!?」
玉壺が絶叫する。
刀身から流し込まれた藤の花の毒が、一気に鬼の体内へ侵入していく。
「ぐっ……毒だとぉ!? また毒だとぉぉ!?」
「ええ」
しのぶは静かに答える。
「私、毒を扱うのが得意なんです」
にこり。
そこで初めて、いつもの笑顔が戻った。
ただし、その笑顔には一切の温かさがなかった。
「それに……」
しのぶは玉壺の身体から刀を引き抜く。
「あなたのような方には、少し強めのお薬が必要みたいですね」
「貴様ぁぁぁッ!!」
玉壺が激昂し、無数の触手を振り回す。
だが――。
「しのぶ、下がれ!」
獪岳の怒声。
バリィィィッ!!
黒紫の雷撃が炸裂し、触手をまとめて焼き切った。
「こいつは俺が削る!」
「ふふ。では、私は毒を追加しておきますね」
「好きにしろ!」
炎、雷、そして蟲。
刀鍛冶の里に集った三人の柱たちが、上弦の伍へと牙を剥く。
その一方。
里の別の場所では、炭治郎と蜜璃もまた、それぞれの敵と激突していた。
そして玉壺はまだ知らない。
目の前にいる鳴柱・獪岳が、無限列車と遊郭で二度にわたる死闘を経験し、以前とは比較にならないほどの力を手にしていることを。
そして――。
その恋人である蟲柱・胡蝶しのぶが、愛する者を傷つける存在に対しては、決して容赦しないことを。
「上弦の伍……」
獪岳が刀を握り直す。
黒紫の雷が、夜の里を照らす。
「ここで俺たちがまとめて叩き潰してやるよ」
「ヒヒッ……!」
玉壺の口が大きく裂ける。
「面白い……! ならば、あなた方の死に様も私の芸術作品にして差し上げましょう!!」
再び、上弦の鬼の血鬼術が炸裂する。
轟音。
雷鳴。
毒。
そして鬼の狂笑。
刀鍛冶の里を舞台にした柱と上弦の死闘は、ここからさらに激しさを増していくのだった。