「ヒィィィィッ!! 怖い、怖いぃぃ!! わしのような弱い老人をいじめるなぁぁッ!!」
刀鍛冶の里を襲った異形の鬼。
その姿は、あまりにも小さく、あまりにも弱々しかった。
腰を曲げ、両手で頭を抱え、瓦礫の陰でガタガタと震えている。
まるで、今にも泣き出しそうな老人そのもの。
だが――。
「……弱者、だと?」
獪岳の足が止まった。
握り締めた日輪刀の刀身から、バチバチと黒紫の雷が漏れ出す。
「上弦の鬼が、何を寝言ほざいてやがる」
「ヒィッ!」
半天狗がさらに身体を縮こまらせる。
「わ、わしは何も悪いことなどしておらん! すべて人間どもが勝手に傷ついただけじゃ! わしは被害者じゃぁぁ!」
「……胸糞悪ぃ」
獪岳の瞳が冷たく細められた。
無限列車。
遊郭。
幾度となく死線を潜り抜け、そのたびに自分の命を削って強さを求めてきた獪岳にとって、目の前の鬼の姿は到底許せるものではなかった。
「俺はな……弱いからって理由で誰かの足元に這いつくばるのが大嫌いなんだよ」
一歩。
大地を踏み砕く。
「ましてや、散々人間を食い殺しておいて『わしは悪くない』だと?」
雷気が爆発的に膨れ上がる。
「ふざけるなぁぁぁッ!!」
バリィィィッ!!
獪岳が消えた。
「獪岳さん! 待ってください!」
炭治郎が叫ぶ。
「その鬼は普通の鬼とは違います! 首を斬っても――!」
「知るかぁッ!!」
ズバァァン!!
黒紫の閃光が走った。
半天狗の首が、いとも容易く宙を舞う。
「ヒィィィィッ!! 死ぬぅぅぅ!!」
ゴトリ。
地面に落ちた首が、なおも泣き叫ぶ。
しかし――。
「……?」
獪岳が眉をひそめた。
切断されたはずの首と胴体から、異様な鬼気が噴き上がっている。
「まさか……」
炭治郎が息を呑む。
「獪岳さん! 離れて!!」
ドクンッ!!
首が脈打った。
次の瞬間――。
「ヒヒヒヒッ!!」
首の肉が膨張し、巨大な扇を手にした鬼へと変貌する。
「気持ちいい風を吹かせてやるぜぇぇッ!!」
さらに胴体からは、雷を纏った錫杖を握る鬼が姿を現した。
「怒りは、我が力なり」
「なっ……!」
炭治郎が目を見開く。
「増えた……!?」
「ヒヒッ!」
「グルル……!」
その直後、別の肉塊から二体の鬼が現れる。
巨大な翼を持ち、鋭い爪を備えた「空喜」。
そして、四本の腕と錫杖を持つ「哀絶」。
怒り。
喜び。
哀しみ。
楽しみ。
それぞれの感情を具現化した四体の分身が、獪岳と炭治郎を取り囲んだ。
「なるほどな……」
獪岳が口元を吊り上げる。
「斬ったら増えるってわけか」
「獪岳さん、油断しないでください!」
炭治郎が叫ぶ。
「たぶん、あの四体も本体じゃありません! 本当の本体は別の場所に――」
「だったら簡単じゃねえか」
「え?」
獪岳が刀を肩に担ぐ。
「本体が見つからねえなら、見つかるまで全部ぶっ潰せばいい」
「……!」
「湧いてくる端から全部消し飛ばしてやるよ」
その言葉を聞いた可楽が、大口を開けて笑った。
「ハハハッ! 威勢がいいねぇ!!」
巨大な団扇が振り上げられる。
「じゃあ、まずは吹き飛べぇぇぇッ!!」
ドォォォォン!!
超高圧の暴風が荒れ狂った。
家屋が根元から引き抜かれ、瓦礫が木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。
「ぐっ……!」
炭治郎が地面へ刀を突き立て、必死に身体を支える。
一方、獪岳は――。
「……この程度か?」
黒紫の雷が全身を包み込む。
「雷の呼吸――」
バリバリバリィィッ!!
「陸ノ型・電轟雷轟!!」
轟音と共に雷撃が四方八方へ炸裂。
暴風を正面から切り裂き、可楽の団扇をも焼き焦がす。
「なにぃ!?」
「獪岳さん、すごい……!」
だが、その直後。
「ククク……」
積怒の錫杖が地面を叩いた。
「雷の味を知れ」
バリィィィン!!
無数の雷撃が空から降り注ぐ。
「チッ!」
獪岳が跳躍。
その頭上を雷が通過した瞬間――。
「ギャハハハハッ!!」
空喜が翼を広げ、超音波のような咆哮を放つ。
「グァァァァァッ!!」
「ぐっ……!」
鼓膜を直接叩き割るような衝撃。
獪岳の身体が僅かに揺らいだ。
そこへ哀絶の槍が迫る。
「悲鳴を上げろ……!」
「誰が上げるかぁッ!!」
ガキィィン!!
獪岳が刀で槍を弾き飛ばした。
しかし――。
斬り飛ばしたはずの分身たちは、まるで何事もなかったかのように再生を始める。
「……チッ」
獪岳の表情が険しくなる。
「面倒くせえ能力しやがって」
その頃。
戦場から少し離れた森の奥。
「ヒィ……ヒィィ……」
小さな身体が、木々の間を必死に走っていた。
半天狗。
先ほど首を斬られたはずの、あの小さな鬼だった。
「怖い……怖いぃ……わしは悪くない……わしは何も悪くない……!」
震えながら逃げる。
分身たちが時間を稼いでいる隙に、少しでも遠くへ。
誰にも見つからない場所へ。
そして――。
「わしは……死にたくない……!」
その顔に浮かんでいたのは、恐怖だけではなかった。
他者を犠牲にしてでも、自分だけは生き延びようとする醜悪な執念。
「ヒヒ……ヒヒヒ……!」
刀鍛冶の里を覆う鬼気が、さらに濃くなっていく。
炭治郎はまだ知らない。
獪岳もまだ知らない。
目の前で暴れ回る四体の鬼を倒すだけでは、決して戦いは終わらない。
「本体はどこだ……!」
炭治郎が必死に周囲を探す。
その隣で、獪岳は刀を構え直した。
「上等だ……」
黒紫の雷が、再び刀身へ集束していく。
「逃げ隠れしてる本体ごと、全部まとめて叩き潰してやる」
夜の刀鍛冶の里。
上弦の伍・玉壺との戦いに加え、もう一つの死闘が始まった。
そして、半天狗という鬼が持つ「真の恐ろしさ」が、少しずつその牙を剥き始めていた。