「おいガキィィッ!! いつまで水遊びしてやがる!!」
深い森の中に、怒号が響き渡った。
玉壺の血鬼術によって生み出された異様な水の塊――『水獄鉢』。
その内部に閉じ込められていたのは、霞柱・時透無一郎だった。
身動きは取れず、呼吸もできない。
肺に残された僅かな空気も、すでに底を尽きかけていた。
「……っ……!」
無一郎の意識が徐々に薄れていく。
刀を振るうどころか、指一本を動かすことさえ困難だった。
その時――。
森の奥から、凄まじい雷鳴が轟いた。
「雷の呼吸――」
バリバリバリバリッ!!
黒紫の雷気が夜の森を駆け抜ける。
「伍ノ型――熱界雷!!」
ドッッッゴォォォォン!!
高熱を帯びた雷撃が水獄鉢へ直撃した。
一瞬で水が沸騰し、巨大な水塊が内部から爆発する。
「――ッ!」
無一郎の身体が放り出された。
ドサッ!
地面に叩きつけられた無一郎は、両手を地面について激しく咳き込む。
「ゲホッ……! ゴホッ……!」
肺へ一気に空気が流れ込み、苦しそうに何度も呼吸を繰り返す。
「ハッ……ハァ……」
その視界に映ったのは、黒紫の雷を纏った日輪刀を握る男だった。
鳴柱・獪岳。
「……君……?」
無一郎が呆然と呟く。
獪岳は肩で息をしながら、傷だらけの身体で無一郎を見下ろしていた。
隊服には裂傷が走り、頬にも血が流れている。
玉壺の刺客たちと戦いながら、ここまで駆けつけたのだ。
「ハッ!」
獪岳は鼻で笑った。
「天才様が水遊びで死にかけるたぁ、笑わせてくれるじゃねえか」
「……」
無一郎は何も言い返さない。
ただ、目の前にいる獪岳を見つめていた。
少し前まで、鍛錬場で顔を合わせれば互いに睨み合っていた。
自分より年下の無一郎を、獪岳は何かと気に食わない存在として扱っていた。
それなのに。
「……なんで、僕を助けたの?」
無一郎の問いに、獪岳は眉間に皺を寄せる。
「勘違いするな」
刀を肩に担ぐ。
「お前を助けたくて来たんじゃねえ」
「……じゃあ、どうして?」
「お前が死んだら――」
獪岳の表情が険しくなる。
「俺が『柱を死なせた』って言われるだろうが。それが胸糞悪いんだよ」
「……」
「それに、柱が一人欠けりゃ鬼殺隊全体の戦力が落ちる。俺が気に食わねえ奴だからって、死ぬのを黙って見てるほど腐っちゃいねえ」
ぶっきらぼうな言葉。
けれど、その行動は誰よりも雄弁だった。
無一郎はしばらく獪岳を見つめ――。
「……そっか」
小さく呟いた。
「君って、本当に素直じゃないね」
「うるせえ」
「助けてくれたのに」
「黙れ」
「心配してくれたんだ」
「黙れっつってんだろ!」
獪岳のこめかみに青筋が浮かぶ。
しかし――。
無一郎の口元には、ごく僅かな笑みが浮かんでいた。
「……ありがとう」
「……チッ」
獪岳は顔を背ける。
「礼なんざいらねえ」
その時だった。
「グルルルル……!!」
森の奥から不気味な唸り声が響く。
ズズズズズ……。
木々の間から、巨大な魚のような異形が何体も姿を現した。
玉壺が生み出した化け物たちだ。
「見つけたぞォォ!!」
「ヒヒヒッ! 人間どもを喰らえぇ!!」
無数の異形が二人を取り囲む。
獪岳が舌打ちした。
「……面倒くせえ奴らが来やがった」
無一郎もゆっくりと立ち上がる。
まだ肺には痛みが残っている。
身体も完全には動かない。
それでも――。
「僕も戦える」
「無理すんな」
獪岳が即座に言い放つ。
「さっきまで水の中で溺れてたんだぞ」
「でも、刀は握れる」
無一郎が日輪刀を構えた。
「それに……刀鍛冶の人たちが襲われてる」
その瞳から、霞のような迷いが消えていく。
「助けないと」
「……ハッ」
獪岳が口元を吊り上げる。
「やっと柱らしい顔になりやがったな、ガキ」
「君に褒められても、あまり嬉しくないけど」
「喧嘩売ってんのか?」
二人の間に、いつもの険悪な空気が戻る。
だが――。
その背中は、互いに預け合うように並んでいた。
「来るぞ!」
無一郎の声。
「分かってる!」
獪岳が刀を抜く。
バリィィィィッ!!
黒紫の雷が夜の森を駆け抜ける。
同時に、無一郎の周囲には白い霞が立ち込めた。
雷。
そして霞。
性格も戦い方もまるで違う二人の柱が、初めて肩を並べる。
「雷の呼吸――陸ノ型!」
「霞の呼吸――」
「電轟雷轟!!」
「参ノ型・霞散の飛沫!」
ズガァァァァン!!
黒紫の雷撃と白い霞が同時に炸裂した。
迫り来る魚型の鬼たちが、次々と吹き飛ばされる。
「おいガキ!」
獪岳が叫ぶ。
「動けるなら、とっとと刀鍛冶の連中を護りに行くぞ!」
「うん」
無一郎は頷いた。
「獪岳さんもね」
「……あ?」
「一人で全部倒そうとしないでよ」
「誰に口利いてやがる」
「僕より強いって威張ってた人」
「てめぇ……!」
獪岳が怒鳴りかける。
しかし、その口元には――ほんの僅かに笑みが浮かんでいた。
「……上等だ。ついて来い、霞柱」
「うん。よろしく、鳴柱」
二人は同時に地面を蹴った。
雷鳴が轟く。
霞が舞う。
刀鍛冶の里を守るため、二人の柱が並び立った。
その姿は、先ほどまでの険悪な関係からは想像もつかないほど自然だった。
そして――森のさらに奥では、上弦の伍・玉壺が不気味な笑みを浮かべていた。
「ほほう……柱が二人揃いましたか」
壺の中から無数の目がぎょろりと動く。
「ならば、二人まとめて私の芸術作品にして差し上げましょう……!」
刀鍛冶の里を舞台にした戦いは、さらなる激戦へと突入していく。