『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第20話 折れない心

雨が降っていた。

 

朝からずっと。

 

山道は泥濘み、木々の葉からは雨粒が絶え間なく落ちている。

 

それでも。

 

「もう一度じゃ!」

 

桑島慈悟郎の声が響く。

 

「はい!」

 

獪岳は答えた。

 

泥だらけの身体で、木刀を握る。

 

向かいには桑島。

 

今日の修行は、実戦形式。

 

しかも――悪天候。

 

「雷の呼吸は、天候に左右されてはならん!」

 

「はい!」

 

「雨だから足場が悪い?」

 

「…………」

 

「敵は待ってくれるのか?」

 

「いいえ!」

 

「ならば動け!」

 

「はい!」

 

獪岳は踏み込んだ。

 

――ザッ!

 

泥が跳ねる。

 

足が滑る。

 

「……!」

 

体勢が崩れた。

 

その瞬間。

 

――ゴッ!

 

桑島の木刀が肩に入った。

 

「ぐっ!」

 

獪岳は倒れ込む。

 

「立て」

 

「……はい!」

 

すぐに立ち上がる。

 

「もう一度」

 

「はい!」

 

再び踏み込む。

 

――ズルッ。

 

今度は足を取られた。

 

「くっ!」

 

木刀が迫る。

 

獪岳は咄嗟に転がって避ける。

 

「良い」

 

桑島が言った。

 

「だが、まだ遅い」

 

「……はい!」

 

獪岳は歯を食いしばった。

 

「もう一度!」

 

「来い!」

 

 

一時間。

 

二時間。

 

三時間。

 

修行は続いた。

 

獪岳の身体は限界に近づいていた。

 

腕は重い。

 

脚は震える。

 

肺が痛い。

 

それでも。

 

「立て!」

 

桑島の声。

 

「…………」

 

獪岳は立ち上がる。

 

「立てるうちは立て!」

 

「はい!」

 

木刀を構える。

 

「来い!」

 

獪岳が走る。

 

桑島の木刀。

 

――ガンッ!

 

受ける。

 

――ガンッ!

 

また受ける。

 

「遅い!」

 

――ガンッ!

 

「弱い!」

 

――ガンッ!

 

「隙がある!」

 

――ガンッ!

 

獪岳の身体が何度も吹き飛ばされる。

 

それでも。

 

「……立て!」

 

「はい!」

 

また立つ。

 

「立て!」

 

「はい!」

 

また。

 

「立て!」

 

「はい!」

 

その光景を。

 

善逸が道場の端から見ていた。

 

「…………」

 

善逸の顔から笑顔が消える。

 

「兄貴……」

 

獪岳が倒れる。

 

「…………」

 

立ち上がる。

 

倒れる。

 

立つ。

 

倒れる。

 

立つ。

 

何度も。

 

何度でも。

 

善逸は思った。

 

――なんで。

 

――なんで、そこまでできるの?

 

やがて。

 

獪岳が膝をついた。

 

「……っ」

 

手から木刀が落ちる。

 

「…………」

 

桑島が見下ろす。

 

「今日はここまでじゃ」

 

「……」

 

獪岳は答えない。

 

「獪岳」

 

「……まだです」

 

「何?」

 

「まだ……終われません」

 

「もう十分じゃ」

 

「嫌です」

 

獪岳は木刀を拾う。

 

「……俺には」

 

息を切らしながら。

 

「時間がない」

 

桑島の眉が動く。

 

「…………」

 

「俺は……」

 

獪岳は拳を握る。

 

「いつか、誰かが死ぬ未来を知ってる」

 

善逸には意味が分からない。

 

桑島も詳しくは知らない。

 

それでも。

 

獪岳の声に込められた切迫感だけは伝わった。

 

「だから……」

 

獪岳は立ち上がる。

 

「俺がもっと強くならないと」

 

「…………」

 

「間に合わない」

 

 

夜。

 

雨はまだ降っていた。

 

獪岳は一人、道場の軒下に座っている。

 

身体中が痛い。

 

「…………」

 

自分は本当に。

 

全員を救えるのか。

 

原作を知っている。

 

未来を知っている。

 

だからこそ。

 

知っているからこそ。

 

怖い。

 

どれだけ鍛えても。

 

どれだけ努力しても。

 

間に合わなかったら。

 

――胡蝶カナエが死ぬ。

 

――しのぶが復讐に囚われる。

 

――炭治郎たちが傷つく。

 

――多くの隊士が死ぬ。

 

――そして。

 

自分自身も。

 

鬼になる。

 

「……くそ」

 

拳を握る。

 

「絶対に嫌だ」

 

雨音が響く。

 

「俺は……」

 

拳を地面に叩きつける。

 

「もう、あんな未来には戻らねぇ」

 

その時。

 

「獪岳」

 

振り返る。

 

桑島が立っていた。

 

「……師匠」

 

桑島は隣に座った。

 

「少し話すか」

 

「……はい」

 

しばらく。

 

二人は雨を見ていた。

 

「お前は強くなりたいのう」

 

「はい」

 

「何故じゃ?」

 

「守りたいからです」

 

「誰を?」

 

獪岳は答える。

 

「……全員」

 

桑島は静かに聞いている。

 

「寺の子供たち」

 

「うむ」

 

「悲鳴嶼さん」

 

「うむ」

 

「善逸」

 

「うむ」

 

「師匠」

 

桑島の目が僅かに揺れる。

 

「そして……」

 

獪岳は空を見上げる。

 

「まだ出会っていない人たちも」

 

「…………」

 

「俺は、誰かを守るためなら何度でも立ち上がります」

 

桑島はしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「ならば、覚えておけ」

 

「はい」

 

「強さとは、倒れないことではない」

 

「…………」

 

「倒れても、もう一度立ち上がることじゃ」

 

獪岳は顔を上げた。

 

「…………」

 

「何度負けても」

 

「…………」

 

「何度傷ついても」

 

「…………」

 

「何度絶望しても」

 

桑島は獪岳を見る。

 

「それでも前を向く」

 

「…………」

 

「それが、お前の言う『守る』ということじゃ」

 

獪岳は黙っていた。

 

そして。

 

ゆっくりと。

 

「……はい」

 

頷いた。

 

「覚えておきます」

 

 

翌朝。

 

雨は止んでいた。

 

山の空には。

 

薄い青空が見える。

 

「善逸!」

 

「はい!」

 

「今日は走り込みだ!」

 

「えええええ!?」

 

「昨日休んだ分、倍だ!」

 

「休んでないよ!?」

 

獪岳が笑う。

 

「ほら、行くぞ」

 

「兄貴ぃ!」

 

二人が山道を走り出す。

 

善逸が必死についてくる。

 

「待ってぇぇぇ!」

 

「遅い!」

 

「兄貴速すぎ!」

 

「なら速くなれ!」

 

「無茶言うなぁ!」

 

その姿を。

 

桑島は静かに見送った。

 

「…………」

 

そして。

 

小さく呟く。

 

「折れぬ心か」

 

老人は微笑んだ。

 

「良い目をするようになった」

 

 

それから数日。

 

獪岳の修行はさらに厳しくなった。

 

雨。

 

風。

 

雪。

 

暑さ。

 

どんな状況でも鍛錬を続ける。

 

足を痛めても。

 

腕を擦りむいても。

 

失敗しても。

 

必ず立ち上がる。

 

「もう一度!」

 

「はい!」

 

「もう一度!」

 

「はい!」

 

「もう一度!」

 

「はい!」

 

いつしか。

 

獪岳の中に、一つの確かなものが生まれていた。

 

――折れない心。

 

才能でもない。

 

技術でもない。

 

身体能力でもない。

 

どれだけ打ちのめされても。

 

「まだやれる」

 

そう思える心。

 

それこそが。

 

鬼殺隊士として最も必要なものだった。

 

 

ある日の夕暮れ。

 

獪岳は一人で壱ノ型を放っていた。

 

「雷の呼吸――壱ノ型」

 

――ドンッ!

 

「霹靂一閃!」

 

藁束が斬れる。

 

さらに。

 

「もう一度!」

 

――ドンッ!

 

また斬る。

 

「もう一度!」

 

――ドンッ!

 

そして。

 

獪岳は刀を納めた。

 

「…………」

 

その顔には。

 

以前のような焦りがなかった。

 

未来を変えたい。

 

誰も死なせたくない。

 

その気持ちは変わらない。

 

だが。

 

「焦る必要はない」

 

獪岳は呟いた。

 

「一歩ずつ強くなる」

 

そして。

 

「絶対に、最後まで諦めない」

 

これが。

 

転生した獪岳の新しい決意だった。

 

運命は変えられる。

 

未来は変えられる。

 

そのために。

 

何度でも立ち上がる。

 

たとえ何度倒されても。

 

心だけは。

 

決して折らない。

 

【大正コソコソ噂話】

 

獪岳が「折れない心」を身につけ始めた頃。

 

善逸にも変化があった。

 

以前なら修行中に、

 

「もう無理!」

 

「死ぬ!」

 

「逃げたい!」

 

と泣き叫んでいた善逸が。

 

ある日。

 

転んでも立ち上がり、

 

「……もう一回」

 

と呟いた。

 

獪岳は少し驚いた後。

 

「そうだ。それでいい」

 

と頭を撫でたという。

 

ところが。

 

その直後。

 

善逸は嬉しそうに、

 

「兄貴に褒められたぁぁぁ!」

 

と泣き出した。

 

獪岳は頭を抱え、

 

「お前は結局泣くのかよ!」

 

と叫んだそうだ。

 

桑島はその様子を見ながら、

 

「……二人とも、良い弟子になったのう」

 

と笑っていたという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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