『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第四話 蟲柱・胡蝶しのぶの稽古

蝶屋敷。

 

普段なら薬草の香りと小鳥の囀りに包まれている広大な庭が、この日ばかりは鬼気迫る訓練場へと変貌していた。

 

「はい、次の方。姿勢を崩さずに、もう一度お願いしますね」

 

柔らかな春風のような声。

 

その声の主は、蟲柱・胡蝶しのぶ。

 

白い羽織を翻しながら、彼女は笑顔を絶やすことなく隊士たちの動きを見つめていた。

 

しかし、その笑顔とは裏腹に、課されている訓練は決して生易しいものではない。

 

「壱、弐、参、四……!」

 

「もっと速く!」

 

「は、はいっ!」

 

隊士たちが一斉に木刀を突き出す。

 

ズッ、ズッ、ズッ、ズッ!!

 

軽量化された木刀による高速連突き。

 

さらに、ただ回数をこなすだけではない。

 

狙う場所は鬼の急所。

 

相手の動きを見て、一瞬の隙に正確な一撃を叩き込む。

 

「鬼の首を斬れないからといって、何もできないわけではありません」

 

しのぶは一本の木刀を手に取り、隊士たちへ説明する。

 

「鬼の動きを止める。視界を奪う。味方を逃がす時間を作る。そして負傷者を救う。柱でなくても、仲間を守る方法はいくらでもあります」

 

「なるほど……!」

 

「ですが」

 

にこり。

 

しのぶの笑顔が深くなる。

 

「実戦で一度しかない機会を掴むには、この程度では足りませんよ?」

 

「えっ?」

 

「もう一周です」

 

「えええええっ!?」

 

悲鳴が蝶屋敷に響き渡った。

 

そこから始まったのは、さらなる地獄だった。

 

高速連突き。

 

足運び。

 

回避訓練。

 

そして薬学の基礎。

 

「これは藤の花を利用した薬です。こちらは止血用。そしてこちらは毒を受けた際の応急処置に使います」

 

「覚えることが多すぎる……!」

 

「戦場では『知らなかった』では済みませんからね」

 

しのぶは優しく説明していく。

 

鬼との戦いでは、刀だけが武器ではない。

 

薬の知識もまた、命を救うための力なのだ。

 

「うぅ……しのぶ様、笑顔なのに怖い……」

 

「聞こえていますよ?」

 

「ひっ!」

 

隊士が青ざめる。

 

その様子を少し離れた木陰から眺めている男がいた。

 

腕を組み、壁に背を預けている鳴柱・獪岳である。

 

「……チッ」

 

しばらく黙って見ていた獪岳が、ついに口を開いた。

 

「おい、しのぶ」

 

「はい?」

 

「いくら何でも、あれじゃ実戦で使い物にならねえだろ」

 

「まあ」

 

しのぶが振り返る。

 

「では、獪岳さんならどうします?」

 

「簡単だ」

 

獪岳が木刀を拾い上げる。

 

「俺の雷撃を避けさせる」

 

「……」

 

「避けられなかった奴は吹っ飛ぶ。立てた奴はもう一度。簡単だろ?」

 

隊士たちの顔から血の気が引いた。

 

「簡単じゃないですよ!?」

 

「うるせえ。戦場はもっと酷えぞ」

 

獪岳は鼻を鳴らす。

 

「上弦の鬼は、こっちの都合なんざ待ってくれねえ。敵の攻撃が速いなら、それ以上に動けるようになれ。毒を受けたなら、それでも動けるようになれ。死にたくなけりゃ身体に叩き込め」

 

「ふふ……」

 

しのぶが小さく笑う。

 

「やはり獪岳さんは厳しいですね」

 

「お前が甘すぎるんだよ」

 

「あら。では、私の稽古が本当に甘いのか、確かめてみますか?」

 

「……あ?」

 

しのぶが木刀を構えた。

 

「お手合わせ、お願いできますか?」

 

一瞬。

 

獪岳の口元が吊り上がった。

 

「ハッ……面白え。後悔すんなよ?」

 

「もちろんです」

 

二人が庭の中央へ進み出る。

 

隊士たちは自然と訓練を止め、二人の柱へ視線を集中させた。

 

「始め!」

 

誰かの声が響いた瞬間——。

 

バリィィッ!!

 

獪岳の足元から黒紫の雷気が爆発した。

 

「雷の呼吸……!」

 

獪岳の木刀が唸りを上げる。

 

しかし。

 

「ふっ」

 

しのぶの姿が消えた。

 

「なっ……!?」

 

獪岳の一撃が空を切る。

 

次の瞬間。

 

トンッ!

 

しのぶの木刀が獪岳の肩へ触れた。

 

「一つ」

 

「チッ!」

 

獪岳が振り返る。

 

しのぶはすでに数歩後ろへ下がっていた。

 

「今のは速ぇな……!」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてねえ!」

 

再び獪岳が踏み込む。

 

今度は真正面。

 

黒紫の雷が庭を走り、木刀が幾重にも迫る。

 

しかし、しのぶは真正面から受けない。

 

最小限の動きで身体を逸らし、刀身を滑らせ、獪岳の懐へ潜り込む。

 

「蟲の呼吸は、力で押し切るためのものではありません」

 

「知ってるよ!」

 

「ならば、こういう戦い方もあります」

 

「……!」

 

鋭い突き。

 

獪岳が身体を捻ってかわす。

 

そのまま反撃。

 

ガキィンッ!!

 

木刀同士が激突し、火花が散る。

 

「相変わらず嫌な軌道で攻めやがる……!」

 

「あら。褒めていただけたと思っておきますね」

 

「調子に乗るな!」

 

「ふふっ」

 

隊士たちは完全に言葉を失っていた。

 

速い。

 

あまりにも速い。

 

二人の姿を追おうとしても、目が追いつかない。

 

一方は雷のような爆発力。

 

もう一方は蝶のような身軽さ。

 

まったく異なる剣技が、互いの隙を探りながら激しく交錯している。

 

「これが……柱……」

 

「俺たちとは次元が違う……」

 

やがて、獪岳としのぶが同時に後方へ跳んだ。

 

二人の間に静寂が落ちる。

 

「……今日はこの辺にしておきましょうか」

 

「チッ。まだやれるだろ」

 

「獪岳さん」

 

しのぶが微笑む。

 

「隊士たちの稽古を忘れてはいけませんよ?」

 

「……ああ」

 

獪岳は木刀を肩に担いだ。

 

「おい、クソガキども!」

 

「は、はい!」

 

「今のを見て分かっただろ」

 

獪岳は隊士たちを睨みつける。

 

「俺たち柱だって、相手の力を真正面から受けてるわけじゃねえ。自分にできる戦い方を極限まで磨いてるんだ」

 

そして、しのぶを見る。

 

「力がねえなら速さを磨け。速さが足りねえなら知恵を使え。知恵が足りねえなら……」

 

「全部覚えればいいんですね」

 

しのぶが横から続ける。

 

「はい。その通りです」

 

「……お前、俺の台詞を取るんじゃねえ」

 

「ふふ、ごめんなさい」

 

隊士たちから、小さな笑い声が漏れた。

 

先ほどまでの恐怖に震えていた顔には、いつしか強い決意が浮かんでいる。

 

「もう一度お願いします!」

 

「僕も!」

 

「俺もやります!」

 

獪岳は一瞬だけ目を細めた。

 

「……ハッ」

 

そして背を向ける。

 

「最初からそう言えってんだ」

 

その背後で、しのぶも静かに微笑んでいた。

 

蟲柱・胡蝶しのぶの稽古。

 

それは単なる剣術の鍛錬ではない。

 

「弱い者には弱い者の戦い方がある」ということを教え、生き残るための知識と技術を叩き込む、命を繋ぐための稽古だった。

 

そしてその日、蝶屋敷には再び隊士たちの掛け声が響き始める。

 

「壱、弐、参、四——!」

 

「もっと速く!」

 

「はいッ!!」

 

その声を聞きながら、獪岳は小さく呟いた。

 

「……無惨の野郎に、誰一人殺させるんじゃねえぞ」

 

隣に立つしのぶは、その言葉を聞き逃さなかった。

 

「はい。私たちも、最後まで戦い抜きましょう」

 

二人の柱は並んで稽古場を見つめていた。

 

最終決戦の時は、確実に近づいていた。

 

 

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