『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第五話 恋柱・甘露寺蜜璃の柔軟稽古

蝶屋敷での薬学訓練、獪岳の迅雷稽古、水柱・冨岡義勇との実戦形式の手合わせ――柱稽古は日を追うごとに苛烈さを増していた。

 

そして、隊士たちが次に案内された場所。

 

そこは、恋柱・甘露寺蜜璃の屋敷だった。

 

「みんなー! 今日は私と一緒に、身体をいっぱい柔らかくしましょうね!」

 

「…………」

 

隊士たちは一斉に固まった。

 

満面の笑みを浮かべる蜜璃。

 

その背後には、畳の上に並べられた大量の座布団と、なぜか異様に頑丈そうな木製のストレッチ器具。

 

「本日の稽古は、『柔軟性強化訓練』です!」

 

「柔軟……?」

 

「そう! 身体が柔らかくなれば、関節の可動域が広がります! 敵の攻撃を紙一重で避けたり、普通なら届かない角度から斬り込んだりできますから!」

 

蜜璃は楽しそうに説明する。

 

「それに、皆さんは普段から刀を振っていますよね? 筋肉が固まってしまうと動きが悪くなっちゃうんです。だから今日は、しっかり伸ばして、しっかりほぐして、しっかり強くなりましょう!」

 

「なるほど……理屈は分かりました!」

 

「じゃあ、まずは前屈からいきましょう!」

 

隊士たちが一斉に前屈する。

 

「いちー!」

 

「にー!」

 

「さんー!」

 

「よんー!」

 

蜜璃の明るい掛け声が響く。

 

最初は和やかな空気だった。

 

しかし――。

 

「はいっ、もう少し!」

 

「え?」

 

「もっともっと!」

 

「え?」

 

蜜璃が隊士の背中を、ぐいっ。

 

「ぎゃああああああっ!?」

 

「大丈夫ですよー! 力を抜いてくださーい!」

 

「無理ですぅぅぅっ!」

 

「あと少しですよ!」

 

「その『あと少し』が怖いんですぅぅぅっ!」

 

次々と悲鳴が上がる。

 

「待ってくれ! 俺の股関節が限界だ!」

 

「隊士としての限界じゃなくて、人間としての限界が来てるぅ!」

 

「助けてくれぇぇぇ!」

 

蜜璃は心底楽しそうだった。

 

「ふふっ。みんな頑張って! 身体が柔らかくなれば、もっと生存率が上がりますから!」

 

その純粋な善意こそが、隊士たちには恐ろしかった。

 

そして――。

 

稽古場の隅。

 

壁に背を預け、腕を組んでその光景を眺めている男がいた。

 

鳴柱・獪岳である。

 

「…………」

 

隊士たちの絶叫を聞きながら、獪岳は額に青筋を浮かべていた。

 

「……おい、甘露寺」

 

「なあに、獪岳さん?」

 

「それは稽古か?」

 

「もちろん!」

 

「どう見ても拷問だろうが」

 

「ええっ!?」

 

蜜璃が目を丸くする。

 

「だって、みんなちゃんと柔らかくなってるわよ?」

 

「そういう問題じゃねえ。今にも何人か足腰を壊しそうじゃねえか」

 

「大丈夫、大丈夫!」

 

「お前の『大丈夫』ほど信用できねえ言葉はねえんだよ!」

 

獪岳が吐き捨てる。

 

その直後だった。

 

蜜璃が何かを思い出したように、ぽんと手を叩いた。

 

「あっ、そうだ!」

 

「……なんだ」

 

「獪岳さんも柔軟しなくちゃ!」

 

「は?」

 

「しのぶちゃんから頼まれてるの!」

 

「…………」

 

獪岳の笑顔が引きつった。

 

「なんて言った?」

 

「『獪岳さんは身体を酷使しがちなので、しっかり身体をほぐしてあげてください』って」

 

「…………あの女ぁ……」

 

蝶屋敷の方角を睨みつける獪岳。

 

しかし蜜璃はすでに獪岳の腕を掴んでいた。

 

「さあ、獪岳さん! まずは前屈から!」

 

「待て。俺は遠慮――」

 

「よいしょ!」

 

「ぬおおおおおおおっ!?」

 

獪岳の身体が一気に前へ倒される。

 

「お、おい! 押すな! 話を聞け、甘露寺ァッ!」

 

「まだまだですよー!」

 

「やめろォッ! 俺の背骨を殺す気かァァァッ!」

 

「獪岳さん、身体硬ーい!」

 

「うるせえ! 剣士なんだからこれくらい普通だろうが!」

 

「普通じゃありません!」

 

「断言すんな!」

 

周囲で見ていた隊士たちは、恐怖に震えながらも思わず顔を見合わせた。

 

「……鳴柱様が……」

 

「押さえ込まれてる……」

 

「俺たちも、あんな目に遭ってたのか……」

 

「柱って……大変なんだな……」

 

獪岳は必死に抵抗する。

 

だが、蜜璃の怪力は尋常ではなかった。

 

「はい、もうちょっと!」

 

「これ以上やったら関節が外れるッ!」

 

「大丈夫ですよ!」

 

「だからその言葉を信用できねえって言ってんだろうがァァァッ!」

 

屋敷中に獪岳の絶叫が響き渡った。

 

しばらくして――。

 

「…………」

 

稽古終了。

 

隊士たちは畳の上に転がり、完全に力尽きていた。

 

獪岳もまた、壁にもたれながら荒い息を吐いている。

 

「……くそが……」

 

「獪岳さん、大丈夫?」

 

「大丈夫なわけあるか……」

 

「でも、ちゃんと前より身体が柔らかくなってますよ!」

 

「……」

 

獪岳は自分の身体を動かしてみる。

 

確かに、普段よりも関節の動きが軽い。

 

刀を振る際の肩や腰の可動域も広がっている。

 

「…………チッ」

 

「どうですか?」

 

「……効果があるのは認めてやる」

 

「やったぁ!」

 

蜜璃が嬉しそうに両手を上げる。

 

「やっぱり柔軟は大事なのよ!」

 

「だがな……」

 

獪岳は腰を押さえながら睨みつける。

 

「次からはもう少し加減しろ」

 

「はーい!」

 

「……本当に分かってんのか、お前」

 

その時。

 

「皆さーん! お疲れ様でした!」

 

屋敷の奥から、蜜璃が用意していた料理が運ばれてきた。

 

「わあっ!」

 

「甘い匂い……!」

 

「パンケーキだ!」

 

山盛りのパンケーキに、果物、蜂蜜、そして温かな紅茶。

 

限界まで鍛えられた隊士たちは、先ほどまでの悲鳴が嘘のように食事へ飛びついた。

 

「おいしい……!」

 

「生きててよかった……!」

 

「甘いものが身体に染みる……!」

 

「いっぱい食べてね!」

 

蜜璃が嬉しそうに笑う。

 

その隣では、獪岳も黙々と紅茶を飲んでいた。

 

「……」

 

「獪岳さん?」

 

「……なんだ」

 

「パンケーキ、もう一枚いります?」

 

「…………もらう」

 

「ふふっ!」

 

蜜璃が嬉しそうに皿へ追加する。

 

獪岳はそれを受け取りながら、ふと自分の手を見つめた。

 

遊郭。

 

刀鍛冶の里。

 

幾度となく死線を越えてきた。

 

無惨との決戦では、今まで以上の強さが必要になる。

 

そして、そのためには単純な剣技だけでは足りない。

 

速さ。

 

柔軟性。

 

持久力。

 

反射。

 

身体を限界まで使いこなす技術。

 

「……身体の使い方一つで、まだ伸びる余地があるってことか」

 

獪岳が小さく呟く。

 

「そうですよ!」

 

蜜璃が笑顔で頷いた。

 

「獪岳さんは強いけど、もっともっと強くなれると思います!」

 

「……ハッ」

 

獪岳は鼻で笑う。

 

「俺がこれ以上強くなるのは当然だ。無惨の首を獲るまで、俺は止まらねえ」

 

その言葉に、蜜璃は嬉しそうに目を細めた。

 

「うん! 一緒に頑張りましょう!」

 

「……ああ」

 

珍しく素直な返事。

 

その光景を、少し離れた場所から見つめるしのぶがいた。

 

「ふふ……」

 

獪岳が気づき、眉をひそめる。

 

「……おい、しのぶ。見てたのか」

 

「ええ。とても楽しそうでしたね」

 

「……余計なこと言うな」

 

「でも、身体が軽くなったのでしょう?」

 

「……まあな」

 

「それなら蜜璃さんに感謝しないといけませんね」

 

「……チッ」

 

獪岳はそっぽを向く。

 

だが、その口元にはほんの僅かな笑みが浮かんでいた。

 

地獄の柔軟稽古。

 

その過酷さとは裏腹に、恋柱・甘露寺蜜璃の稽古は、隊士たちの身体だけでなく、柱たちの心にも温かな活力を与えていた。

 

そして彼らはまだ知らない。

 

この先に待つ無惨との決戦が、これまでのどんな戦いよりも苛烈なものになることを。

 

だからこそ――。

 

一日でも長く生きるために。

 

一秒でも速く動くために。

 

柱稽古は、さらに激しさを増していくのだった。

 

 

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