柱稽古も中盤へ差し掛かっていた。
水柱・冨岡義勇の実戦稽古。
鳴柱・獪岳の迅雷訓練。
蟲柱・胡蝶しのぶの高速連突き。
恋柱・甘露寺蜜璃の柔軟訓練。
そして霞柱・時透無一郎の高速移動訓練。
連日、限界まで身体を追い込まれた隊士たちは、もはや「柱稽古」という言葉を聞くだけで震え上がるようになっていた。
だが――。
その中でも、特に恐れられている稽古があった。
風柱・不死川実弥。
彼の稽古場へ足を踏み入れた瞬間、隊士たちは肌を刺すような殺気を感じていた。
「立てェッ!!」
「ひっ……!」
「まだ終わってねえぞォッ!」
実弥が木刀を振り下ろす。
ドガァンッ!!
受け止めた隊士が、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
「立て!」
「は、はい……!」
「声が小せえッ!」
「はいッ!!」
「なら来やがれェッ!」
再び実弥が突進する。
風を巻き込んだような猛烈な踏み込み。
一撃。
二撃。
三撃。
木刀とは思えないほどの激しい打ち込みが隊士たちを襲い、稽古場には絶え間なく木刀の衝突音が響き渡っていた。
「はぁ……はぁ……!」
「足が……動かない……」
「動かせェッ!」
実弥が怒鳴る。
「戦場で足が竦んだら死ぬぞ! 鬼が待ってくれると思ってんのかァ!?」
これが風柱・不死川実弥の担当する稽古。
『無限打ち込み・殺気耐性訓練』。
技術だけではない。
敵を前にした恐怖をねじ伏せ、殺気の中でも刀を振るう精神力を鍛える。
実弥はそのために、あえて本物の殺意に近い気迫を隊士たちへ叩きつけていた。
「鬼はお前らが怖がってる間も笑って殺しに来るぞォ!」
「はいッ!」
「ならもっと来い!」
隊士たちが必死に食らいつく。
その時だった。
「……相変わらず、乱暴な稽古してやがるな」
聞き覚えのある声。
実弥が振り返る。
そこに立っていたのは――。
鳴柱・獪岳。
黒銀の日輪刀を腰に差し、腕を組んで不機嫌そうにこちらを眺めていた。
「なんだ、雷野郎」
「見学だ」
「へえ?」
実弥が口角を吊り上げる。
「上弦を二匹倒したからって、随分と偉くなったじゃねえか」
「テメェこそ相変わらず口が悪ぃな、ハゲ」
「……あ?」
空気が変わった。
隊士たちが一斉に後ずさる。
「お、おい……」
「また始まるぞ……」
「柱同士の喧嘩だ……」
実弥が木刀を肩に担ぐ。
「今、なんつった?」
「聞こえなかったのか? ハゲ殺気野郎って言ったんだよ」
「上等だァ……!」
ザッ!
実弥が構える。
それに合わせるように、獪岳の全身から黒紫の雷気が噴き上がった。
バチバチバチッ!!
「俺の雷をノロいって言ったのはテメェかァッ!」
「言ったぜェ! そんな鈍い一閃じゃ、鬼の首なんざ獲れねえってなァッ!」
「……ほざけッ!!」
ドンッ!!
二人が同時に地面を蹴った。
ガァンッ!!
凄まじい衝撃音。
黒紫の雷と荒れ狂う風が正面から激突した。
「ぐっ……!」
「ハッ!」
実弥が強引に木刀を振り抜く。
獪岳は身を捻ってかわし、そのまま雷を纏った一撃を叩き込む。
「雷の呼吸――!」
バリィッ!!
「遅ぇッ!」
実弥が紙一重で避ける。
そのまま獪岳の懐へ入り込んだ。
「風の呼吸!」
ブォンッ!!
「チッ!」
獪岳が後方へ跳ぶ。
その頬を、風圧だけで浅い傷が走った。
「……やるじゃねえか」
「テメェもなァ!」
再び二人が激突する。
ガガガガガガッ!!
木刀が何度も交差する。
一撃ごとに衝撃が地面を震わせ、周囲の木々が揺れる。
「す、すごい……!」
炭治郎は傷だらけの身体を引きずりながら、二人の戦いを見つめていた。
「不死川さんは、相手を真正面から押し潰すような剣……!」
そして獪岳を見る。
「獪岳さんは、雷のような踏み込みから一気に間合いを奪っている……!」
二人の剣は正反対だった。
実弥は荒々しく、獰猛。
獪岳は鋭く、苛烈。
しかし、共通しているものが一つある。
一瞬でも隙を見せれば、相手に喰われる。
だからこそ――。
二人とも、一切の妥協をしない。
「どうしたァッ! それが鳴柱の実力かァッ!」
「ぬかせェッ! テメェの首、今から雷で吹っ飛ばしてやるよォッ!」
「やってみろォ!」
「上等だァッ!」
ドガァァァンッ!!
二人の木刀が真正面から激突した。
限界を超えた衝撃に、木刀が同時に砕け散る。
「……!」
「……チッ」
砕けた木片が宙を舞う。
だが二人は止まらなかった。
獪岳が拳を握る。
実弥も拳を構える。
「まだやるかァ?」
「当たり前だろうが」
「ハッ!」
二人が同時に踏み込もうとした、その瞬間。
「そこまでにしてください!」
凛とした声が響いた。
「……あ?」
「……チッ」
しのぶだった。
その隣には蜜璃もいる。
「二人とも、稽古場を壊しすぎです!」
「知るか」
「俺は悪くねえ」
「同じことを言っていますよ?」
しのぶが笑顔を浮かべる。
だが、その笑顔には明らかに怒りが滲んでいた。
「それ以上続けるのでしたら、二人まとめて薬で眠っていただきます」
「…………」
「…………」
柱二人が黙った。
それを見ていた隊士たちは唖然とする。
「……鳴柱様と風柱様が……」
「胡蝶様には逆らえないんだ……」
獪岳が舌打ちする。
「チッ……仕方ねえ」
実弥も木刀の残骸を捨てた。
「今日のところは終わりだァ」
そして、実弥は隊士たちを振り返った。
「お前らァッ!」
「は、はいッ!」
「今の戦いを見て何を思った!」
隊士たちは顔を見合わせる。
「……速すぎて、何をしているのか分かりませんでした」
「馬鹿野郎ォッ!」
実弥が怒鳴る。
「分からねえなら、分かるまで鍛えろ! あいつらだって最初からあんな動きができたわけじゃねえ!」
獪岳も腕を組みながら口を挟む。
「そういうことだ。柱の技を見て『すげえ』で終わらせるな」
隊士たちの視線が獪岳へ集まる。
「自分がどうすればそこへ近づけるのか考えろ。身体が動かねえなら、動くまで鍛えろ。怖くて刀が振れねえなら、怖くても振れるようにしろ」
その言葉に、隊士たちの表情が変わっていく。
「……はい!」
「もう一度お願いします!」
「俺も!」
「俺もやります!」
実弥がニヤリと笑う。
「ハッ……やっと目ぇ覚めたじゃねえか」
獪岳も鼻で笑った。
「最初からそれくらい言え」
二人の柱は互いに視線を交わす。
「……次は実戦形式でやるか?」
「望むところだァ」
「今度こそ負けねえぞ」
「それはこっちの台詞だァッ!」
再び殺気がぶつかり合う。
「やっぱり、この二人は仲が悪いんでしょうか……?」
炭治郎が呟く。
しのぶは二人を眺めながら、くすりと笑った。
「いいえ。あれはきっと……とても分かりやすい形の信頼ですよ」
風と雷。
互いに一歩も譲らない二人の柱は、激しくぶつかり合うことで、それぞれの限界を押し広げていた。
そして、その死闘を目の当たりにした隊士たちもまた、心の奥に刻み込んでいた。
――生き残るためには、強くなるしかない。
――次の戦場では、誰も助けに来てくれるとは限らない。
柱稽古は、ただ技を教えるためのものではない。
迫り来る鬼舞辻無惨との最終決戦。
その地獄から一人でも多く生きて帰るための、最後の準備だった。