――ビィィィン。
不気味な琵琶の音が響いた瞬間、獪岳の足元から床が消えた。
「な――ッ!?」
身体が落ちる。
いや、落ちているのかすら分からない。
無限城は上下という概念そのものを嘲笑うかのように、廊下と廊下が垂直に繋がり、巨大な和室が宙に浮かび、無数の階段がどこにも繋がらないまま空間を埋め尽くしていた。
「くそっ……!」
獪岳は咄嗟に刀を抜く。
「雷の呼吸――!」
バリバリバリィッ!!
刀身から黒紫の雷が爆ぜる。
獪岳は雷撃を斜め下の壁へ叩き込み、その反動で落下速度を殺した。
「……ッ!」
一瞬だけ身体が浮く。
その隙に、目の前へ迫ってきた廊下の梁へ足を掛ける。
ドンッ!
「ここで――!」
しかし。
――ビィィン。
「チッ!」
琵琶の音。
梁が消えた。
「ふざけんなァァァッ!!」
再び獪岳の身体が奈落へ放り出される。
「どこまで落とす気だ、この野郎ッ!!」
上下左右が滅茶苦茶になる。
獪岳は空中で身体を捻り、迫り来る壁を睨みつけた。
だが――。
ズズズズズ……!
壁そのものが動き始めた。
一枚の襖が横から滑り込み、その向こうから別の部屋が現れる。
さらにその部屋の天井が床となり、床が壁へと変化する。
「空間そのものを弄ってやがる……!」
鳴女。
上弦の肆から成り上がった鬼が操る、無限城。
この城そのものが、あの女の血鬼術によって支配されている。
「なら――!」
獪岳の目が鋭くなる。
「空間ごとブチ抜けばいいんだろうがァッ!!」
刀を振り抜く。
「雷の呼吸――肆ノ型!」
黒紫の雷撃が一直線に走る。
「遠雷ッ!!」
バリィィィィンッ!!
轟音。
迫っていた壁、襖、柱がまとめて粉砕される。
木片が雨のように降り注ぎ、獪岳はその隙間を縫うようにさらに下へと落下していった。
「ハッ!」
砕けた壁の向こうへ飛び込む。
だが、そこに待ち構えていたものを見て、獪岳の口元が歪んだ。
「……鬼か」
暗闇。
無数の赤い瞳が浮かんでいる。
「ギャアアアッ!」
「人間だァ!」
「柱だ!」
低級の鬼たちが一斉に飛び掛かってきた。
「邪魔だァッ!!」
獪岳の身体から黒雷が爆発する。
「雷の呼吸――壱ノ型!」
一歩。
それだけで景色が変わった。
「轟雷閃ッ!!」
ズバババババッ!!
神速の斬撃が闇を切り裂く。
鬼たちの頸が次々と宙へ舞い、断面から黒い血が噴き上がった。
「ギャアアアアッ!!」
「速すぎる――!」
「ば、化け物……!」
「テメェらに化け物呼ばわりされる筋合いはねえッ!」
獪岳が着地する。
しかし、消滅する鬼たちを確認する暇すらなかった。
――ビィィィン。
「……またかよ」
琵琶。
その音と同時に、獪岳の立っていた床が消滅した。
「チィッ!!」
また落ちる。
今度はさらに深く。
視界の先に、無数の階層が見えた。
一つ。
二つ。
十。
いや、そんなものではない。
どこまでも続く異形の城。
「この野郎……!」
獪岳は刀を握り直す。
「隠れてチマチマ弄りやがって……!」
さらに落下。
「鳴女ェェェッ!!」
獪岳の怒号が無限城に響き渡る。
「俺をオモチャにしたつもりなら、大間違いだッ!!」
バチバチバチッ!!
黒紫の雷が全身を覆う。
「テメェがどれだけこの城を弄ろうが――!」
獪岳は落下しながら、眼下の暗闇を睨みつけた。
「俺は必ず生き残って、無惨のところまで辿り着いてやる!!」
その直後。
――ビィィィン。
また琵琶が鳴った。
「なにッ!?」
今度は獪岳の正面に、巨大な扉が出現する。
扉が開く。
その向こうから、凄まじい殺気が吹き付けてきた。
獪岳の目が細くなる。
「……この気配は」
鬼。
しかも、今まで斬ってきた雑魚とは比較にならない。
上弦。
あるいは、それに匹敵するほどの異質な存在。
「ハッ……!」
獪岳は笑った。
「やっと歯応えのありそうな奴が出てきやがったか」
黒銀の日輪刀を構える。
落下する身体。
迫り来る扉。
その向こうに潜む未知の敵。
「上等だ……!」
黒紫の雷が無限城を照らした。
「誰だろうが、俺の前に立つ奴は――全部叩き潰すッ!!」
獪岳の姿が、漆黒の雷光へと変わる。
そして鳴柱は、自ら望むように無限城のさらに深い闇へと飛び込んでいった。
その先に待つものが、鬼殺隊の命運を左右する戦いになるとも知らずに――。