朝。
道場の庭に、乾いた音が響いていた。
――ドンッ!
「雷の呼吸・壱ノ型――霹靂一閃!」
獪岳の姿が一瞬で消える。
藁束を斬り抜け、数歩先で停止。
「……ふぅ」
獪岳は息を整えた。
「見事じゃ」
桑島慈悟郎が頷く。
「壱ノ型は、もはや完全にお前のものじゃな」
「ありがとうございます」
獪岳は刀を納める。
「ですが……」
「何じゃ?」
「最近、少し気になることがあります」
「ほう?」
獪岳は自分の足を見る。
「雷の呼吸は速い」
「うむ」
「ものすごく速い」
「そうじゃ」
「でも……」
獪岳は考え込む。
「速いだけじゃ、いつか限界が来る気がするんです」
桑島の目が細くなった。
「…………」
「壱ノ型から陸ノ型まで覚えて分かりました」
獪岳は続ける。
「雷の呼吸は、速さを最大の武器にしている」
「その通りじゃ」
「なら、その速さをもっと自由に使えたら……」
「…………」
「今まで以上に強くなれるんじゃないかと思って」
桑島はしばらく獪岳を見つめた。
やがて。
「面白い」
そう呟いた。
「え?」
「続けてみろ」
「はい」
◇
その日の修行は、いつもと違った。
「まず、壱ノ型を使う」
「はい」
「ただし、一直線に走るな」
「……?」
獪岳が眉を寄せる。
「霹靂一閃は直線攻撃じゃ」
「そうじゃ」
「なら、曲がるのは難しいのでは?」
「だから試すのじゃ」
「…………」
桑島が木刀を構える。
「鬼は馬鹿ではない」
「はい」
「何度も同じ攻撃をすれば、いずれ読まれる」
「…………」
「ならば、相手に読まれぬ雷を考えてみよ」
獪岳は黙った。
――読まれない雷。
これまでの雷の呼吸は。
速い。
強い。
だが。
基本的には決められた型。
ならば。
「……型そのものを変えるんじゃなくて」
獪岳は呟く。
「型と型の繋ぎ方を変える」
桑島の目が輝いた。
「そうじゃ」
「…………!」
「お前は型を一つずつ覚えた」
「はい」
「次は、それらを自由に組み合わせてみろ」
「……なるほど」
獪岳は木刀を握る。
「雷の呼吸・壱ノ型」
構える。
「霹靂一閃!」
――ドンッ!
一気に前へ。
しかし。
そこで終わらない。
「弐ノ型!」
身体を捻る。
「稲魂!」
――ザザザッ!
連撃。
さらに。
「参ノ型!」
方向を変える。
「聚蚊成雷!」
――ドンッ!!
藁束を別方向から斬り抜く。
「……!」
獪岳自身が驚いた。
「これ……」
「どうじゃ?」
「違う」
「何が?」
「今までと全然違う」
獪岳は息を整える。
「型を一つずつ使うんじゃなくて……」
「うむ」
「次の型へ繋げれば、動きが途切れない」
「その通りじゃ」
桑島は頷く。
「雷の呼吸は、一つの技で完結させる必要はない」
「…………」
「戦いの中で、状況に応じて形を変えてよい」
獪岳の目が輝いた。
「雷の呼吸には……まだ可能性がある」
「ああ」
「もっと速く」
「うむ」
「もっと強く」
「うむ」
「もっと自由に戦える」
「そうじゃ」
◇
午後。
獪岳はさらに試行錯誤を続けていた。
壱ノ型。
弐ノ型。
参ノ型。
肆ノ型。
伍ノ型。
陸ノ型。
繋ぐ。
変える。
戻す。
途中で止める。
再び踏み込む。
「……なるほど」
獪岳は呟く。
「壱ノ型から弐ノ型への繋ぎはいい」
刀を振る。
「でも、参ノ型に繋ぐと足が遅れる」
もう一度。
「なら、足の向きを変えて……」
――ドンッ!
「こうか」
さらに試す。
失敗。
「違う」
再び。
失敗。
「まだだ」
何度も。
何度も。
桑島は口を挟まず見ていた。
やがて。
「獪岳」
「はい」
「何故そこまで考える?」
「…………」
獪岳は少し黙った。
「鬼は……」
そして。
静かに答える。
「俺たちより強いからです」
「…………」
「どれだけ鍛えても、身体能力では鬼に勝てないことがある」
「うむ」
「だから、技術で勝つ必要がある」
「うむ」
「相手が予測できない攻撃を作る」
獪岳は木刀を握り直す。
「それが俺たち人間の戦い方だと思います」
桑島は満足そうに笑った。
「良い答えじゃ」
◇
その夜。
善逸が縁側で獪岳を待っていた。
「兄貴」
「何だ」
「今日、何してたの?」
「雷の呼吸の研究だ」
「研究?」
「ああ」
獪岳は座る。
「型と型を繋げる」
「…………」
善逸が考える。
「それって、全部の型を一気に使うってこと?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ?」
「相手や状況に合わせて、最適な型を選ぶ」
「…………」
「壱ノ型だけじゃない」
「うん」
「弐ノ型だけでもない」
「うん」
「全部の型を使えるからこそ、戦い方の幅が広がる」
善逸は目を輝かせた。
「なんか……格好いい」
「そうか?」
「うん!」
善逸は笑う。
「俺もやってみたい!」
「お前はまず基礎を固めろ」
「えぇー!」
「焦るな」
「兄貴は?」
「俺もまだ試してる途中だ」
「じゃあ一緒だね!」
「……まあな」
二人は並んで空を見上げた。
◇
数日後。
獪岳は再び桑島と向き合っていた。
「今日は実戦じゃ」
「はい」
「儂を鬼だと思え」
「分かりました」
桑島が動く。
獪岳も動く。
「雷の呼吸・壱ノ型!」
――ドンッ!
正面突破。
桑島が避ける。
「弐ノ型!」
――ザンッ!
桑島が木刀で受ける。
「参ノ型!」
獪岳が横へ回る。
桑島が追う。
「肆ノ型!」
さらに距離を詰める。
「伍ノ型!」
強烈な一撃。
桑島が弾く。
「陸ノ型!」
獪岳が一気に畳み掛ける。
――ガァン!!
木刀がぶつかった。
二人の動きが止まる。
桑島の木刀が。
獪岳の喉元に突きつけられていた。
「…………」
「……まだじゃな」
獪岳が苦笑する。
「はい」
「だが」
桑島は木刀を下ろした。
「今の動きは良かった」
「ありがとうございます」
「お前は今、雷の呼吸を『技』としてではなく、『戦い方』として理解し始めておる」
「……戦い方」
「ああ」
桑島は頷く。
「それこそが、新たな可能性じゃ」
獪岳は自分の刀を見る。
「…………」
雷の呼吸。
それは完成されたものだと思っていた。
だが。
違う。
まだ進める。
まだ強くなれる。
まだ――。
「自分だけの雷を作れる」
獪岳は呟いた。
桑島が微笑む。
「いつか必ずな」
◇
夜。
獪岳は一人、星空を見上げていた。
「…………」
前世の記憶。
この世界の知識。
そして。
ここで積み重ねた努力。
全部を組み合わせる。
「俺の雷……」
その言葉が。
胸の奥に残る。
まだ名前はない。
まだ完成形もない。
ただ。
一つだけ分かっている。
「誰かを守るための雷にする」
その決意だけは。
確かだった。
いつか。
九つの龍が空を駆けるような。
東洋の龍が絡み合うような。
そんな雷を。
自分だけの技として完成させる。
その名は――。
まだ。
未来の話だ。
【大正コソコソ噂話】
最近、獪岳が修行中に「雷の呼吸の新しい使い方」を考えていることを知った善逸。
「兄貴、新技作るの?」
「ああ」
「俺も作る!」
「お前はまず今の型を完璧にしろ」
「じゃあ、兄貴の技と俺の技で一緒に戦える?」
獪岳は少し考えて。
「……もちろんだ」
と答えた。
善逸は大喜び。
「やったぁ!」
しかし後日。
善逸が自分の新技について、
「俺の雷はもっと速くする!」
と言ったところ。
獪岳は、
「なら俺はもっと強くする」
と返した。
二人の競争心に火がつき。
その日の修行は予定の三倍になったという。
桑島は遠くから見ながら、
「……若いのう」
と笑っていたそうだ。
なお。
後に善逸は「火雷神」を。
獪岳は「帝釈天」を。
それぞれの雷の極致として生み出すことになる。
――大正コソコソ噂話・終。