無限城――。
上下左右すら定まらない異形の空間。その一角で、黒紫の雷光が幾度となく炸裂していた。
バリィィィッ!!
獪岳の黒銀の日輪刀が閃く。
「雷の呼吸・肆ノ型――遠雷ッ!」
放たれた斬撃が、眼前の鬼を真横から薙ぎ払う。
しかし――。
ガキィィンッ!!
「遅ぇんだよ、アニキ!」
鬼の腕に生えた異形の刃が黒雷を弾き飛ばした。
かつて同じ雷の呼吸を学んだ兄弟弟子。
だが今、獪岳の目の前にいるのは、人間だった頃の面影を僅かに残しながらも、完全に鬼へと堕ちた存在だった。
「チッ……!」
獪岳は舌打ちしながら距離を取る。
その瞬間だった。
「アニキィィィッ!」
「……ッ!?」
聞き覚えのある声。
獪岳が振り返る。
崩れた襖の向こうから、黄金の雷光を纏った少年が駆け込んできた。
「善逸……!?」
我妻善逸。
息を切らし、額から血を流しながらも、その手にはしっかりと日輪刀が握られている。
「何でお前がここにいやがるッ!」
獪岳の顔が一気に険しくなる。
「帰れ! ここはてめぇが来る場所じゃねえ!」
「嫌だ!」
「……あぁ!?」
「俺、もう逃げないって決めたんだ!」
善逸は震える足を踏ん張った。
かつてなら、恐怖に耐え切れず泣き叫び、気絶していたかもしれない。
だが今は違う。
柱稽古で何度も叩きのめされ、それでも立ち上がってきた。
そして何より――。
あの夕暮れの日。
獪岳から受け取った言葉を、胸の奥に刻み込んでいた。
『お前は壱ノ型しか使えねえ。だが、その一つを極限まで磨き上げてきただろうが』
善逸は刀を握る手に力を込める。
「俺は壱ノ型しか使えない……!」
「だったら何だ!」
「それでも……俺は雷の呼吸の使い手だ!」
バチィッ!!
黄金の雷が爆ぜる。
獪岳の黒紫の雷とは異なる、純粋で鋭い雷光だった。
その光景を見た鬼が、口元を歪める。
「へぇ……」
幾本もの刀を纏った異形の鬼が、楽しそうに笑う。
「随分と仲良しじゃねえか。兄弟弟子が二人揃って来てくれるとは、俺もついてるなぁ」
「……誰が兄弟だ」
獪岳が吐き捨てる。
「俺とこいつを一緒にするんじゃねえ」
「ひでぇなぁ、アニキ」
「黙れ!」
「俺は昔からアニキに認めてもらいたかったんだぜ?」
「……ッ!」
一瞬、獪岳の表情が歪む。
だが、その隙を見逃す鬼ではない。
「死ねぇッ!!」
ズガァァァンッ!!
凄まじい黒紫の雷撃が放たれた。
「善逸ッ!!」
獪岳が瞬時に割り込む。
黒銀の日輪刀を横薙ぎに振り抜き、雷撃を正面から受け止めた。
バリバリバリバリッ!!
「ぐっ……!」
足元の床板が砕ける。
獪岳の身体が後方へ押し込まれる。
「アニキ!」
「来るなッ!」
獪岳が怒鳴る。
「てめぇは後ろにいろ! こいつは俺が――」
「嫌だ!」
善逸が叫んだ。
「俺も戦う!」
「……!」
「アニキ一人に全部背負わせない!」
その言葉に、獪岳は目を見開いた。
善逸は怖がっている。
手も震えている。
呼吸も乱れている。
それでも――逃げていない。
「俺にできるのは、壱ノ型だけだ」
善逸が腰を落とす。
「でも……壱ノ型だけなら、誰にも負けない!」
黄金の雷が一点へと収束する。
獪岳もまた、黒紫の雷気を全身へ巡らせる。
「……ハッ」
獪岳の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「言うようになったじゃねえか、善逸」
「アニキ……」
「だったら証明してみろ」
獪岳が刀を構える。
「俺の背中を追ってきたってんなら――その雷を俺に見せてみろ!」
「うん!」
善逸の目に強い光が宿る。
「行くよ、アニキ!」
「来いッ!」
次の瞬間。
ドォンッ!!
黒紫の雷と黄金の雷が、同時に大地を蹴った。
「雷の呼吸――!」
「雷の呼吸――!」
兄弟弟子。
かつては互いを認められず、背中を向け合っていた二人。
しかし今、二人は初めて同じ敵へと刀を向けていた。
「壱ノ型――霹靂一閃!!」
「雷の呼吸・伍ノ型――熱界雷ッ!!」
黄金と黒紫。
二色の雷光が交差し、無限城の闇を一瞬だけ昼間のように照らし出す。
「なにぃッ!?」
鬼の顔から初めて余裕が消えた。
二人の斬撃が左右から同時に迫る。
ガギィィィンッ!!
激突。
鬼の巨体が大きく吹き飛ばされ、壁を何枚も突き破っていく。
「やった……!」
善逸が息を呑む。
獪岳は刀を下ろさない。
「まだだ」
「え……?」
「上弦を舐めるな、善逸」
瓦礫の向こうから、ゆっくりと鬼が立ち上がる。
その肉体は瞬く間に再生していく。
「だが……面白ぇ」
鬼は笑った。
「兄弟弟子二人で俺に挑むか。だったら――まとめて叩き潰してやるよ!」
再び、禍々しい雷気が無限城を震わせる。
獪岳と善逸は並んで刀を構えた。
「善逸」
「うん!」
「俺から離れるな」
「分かった!」
「足を引っ張ったら――」
「分かってるよ!」
二人の雷が、再び轟く。
「俺たちの雷を――」
「舐めるなぁぁぁッ!!」
黄金と黒紫の雷光が弾ける。
宿命に翻弄され続けた兄弟弟子たちの戦いは、ここから本当の決着へと向かっていくのだった。