無限城・深層。
無数の襖と廊下が歪み、上下すら曖昧な異空間。その一室だけが、凄まじい殺気に満たされていた。
中央に立つのは、二人の雷の呼吸の使い手。
一人は、鬼殺隊・鳴柱――獪岳。
もう一人は、その兄弟弟子でありながら、人間であることを捨てた鬼。
「……調子に乗るなよ、クソ野郎が」
獪岳の声は低かった。
怒鳴っているわけではない。
むしろ静かだった。
だからこそ、その怒りの深さが伝わる。
黒銀の日輪刀を握る手に力が籠もる。
次の瞬間――。
バリバリバリバリッ!!
獪岳の全身から、黒紫の雷気が爆発的に噴き出した。
床板が震え、壁に亀裂が走る。
対峙する鬼は、そんな獪岳を見て愉快そうに笑った。
「ハハッ! 相変わらず怖い顔してんなぁ、アニキ!」
「……その呼び方をするんじゃねえ」
獪岳の瞳が鋭く細められる。
目の前の鬼は、かつて自分と同じ師の下で雷の呼吸を学んでいた男。
そして――。
獪岳と善逸の育手である桑島慈悟郎を死へ追いやった因縁の存在でもある。
「俺たちが何年、雷の呼吸を磨いてきたと思ってやがる」
「何年? ハッ! そんなもの、鬼になれば全部必要なくなる!」
鬼は両腕を広げる。
「人間なんて弱いんだよ! 老いる! 傷つく! 死ぬ! だったら鬼になって、永遠の力を手に入れればいい!」
「……くだらねえ」
獪岳は吐き捨てた。
「てめぇは昔からそうだ」
「何だと?」
「自分より強い奴がいれば怯え、自分より弱い奴を見下す。最後には、自分で強くなることから逃げて鬼に縋った」
黒雷がさらに激しくなる。
「そんな奴が――俺たちの師匠を語るんじゃねえッ!!」
ドンッ!!
獪岳が消えた。
「な――!?」
轟音と共に、鬼の眼前へ迫る。
「雷の呼吸――参ノ型!」
黒銀の刃が閃いた。
「蚊蜂の巣雷ッ!!」
バババババババッ!!
凄まじい連続斬撃。
一撃。
二撃。
三撃。
四撃――。
四方八方から襲い掛かる黒雷の刃が、鬼の身体を次々と切り裂いていく。
「ぐっ……!」
鬼が後方へ跳ぶ。
だが獪岳は逃がさない。
「遅ぇんだよッ!」
バリィィィッ!!
黒雷を纏った踏み込み。
鬼が放った無数の刃が飛来する。
「死ねぇッ!」
シュババババッ!!
無数の刃が獪岳へ殺到した。
「邪魔だッ!!」
獪岳の刀が円を描く。
ガガガガガガッ!!
飛来した刃が次々と弾き飛ばされる。
しかし、完全には防ぎ切れない。
ザシュッ!
「ぐっ……!」
肩を刃が抉る。
続いて脇腹。
太腿。
腕。
鮮血が飛び散る。
それでも獪岳は止まらない。
「アニキ! その程度かよ!」
鬼が笑う。
「昔からそうだ! いつも俺より上に立とうとして――!」
「だったら何だァッ!!」
獪岳が怒鳴った。
「俺は上に行くんだよッ!!」
踏み込み。
黒雷が爆発する。
「誰よりも強くなる!」
さらに一歩。
「誰にも舐められねえ!」
もう一歩。
「そして――!」
獪岳の瞳に、凄まじい闘志が宿った。
「俺は、俺自身の力で柱になったんだよォォッ!!」
ドォォォンッ!!
渾身の斬撃が鬼の胸を大きく切り裂いた。
「ぐああああッ!!」
吹き飛ばされた鬼が壁を突き破る。
だが、その傷は瞬く間に塞がっていく。
「……クソが」
獪岳が息を吐く。
肉体はすでに限界へ近づいていた。
遊郭での戦い。
刀鍛冶の里での戦い。
そして柱稽古。
積み重なった疲労と傷が、確実に身体を蝕んでいる。
それでも――。
獪岳は刀を下ろさなかった。
「どうした、アニキ……」
鬼が立ち上がる。
「息が上がってるぜ?」
「ハッ……」
獪岳は血を吐き捨てた。
「てめぇこそ、何を勘違いしてやがる」
「何?」
「俺はな――」
黒雷が刀身へ集束する。
「善逸と約束したんだよ」
鬼の表情が僅かに歪む。
「……善逸?」
「そうだ」
獪岳の口元が僅かに吊り上がる。
「俺は上へ行く。あいつも俺の背中を追ってくるってな」
「……!」
「だから俺は、こんなところで負けるわけにはいかねえ」
黒紫の雷光が部屋を満たす。
「てめぇみてえに逃げて力を手に入れた奴に――」
獪岳が刀を構える。
「俺の首を獲らせてたまるかァァァッ!!」
「ふざけるなァァァッ!!」
鬼も同時に踏み込む。
二つの雷が真正面から激突した。
ドゴォォォォンッ!!
床が砕ける。
天井が崩れる。
無限城そのものが二人の衝突に悲鳴を上げた。
「死ねぇッ、アニキィィッ!!」
「消えろォォッ、クソ野郎ッ!!」
ガキィィィンッ!!
黒紫の雷光が交錯する。
刀と血鬼術。
人間として積み上げた技と、鬼として手に入れた異形の力。
二人の因縁は、もはや言葉では決着しない。
ただ一つ。
最後まで立っていた者だけが、雷の呼吸を背負う資格を得る。
そしてその戦いを、無限城の別階層から聞きつける者がいた。
「……アニキの雷だ」
黄金の雷を纏い、善逸が顔を上げる。
「負けないで……!」
兄弟弟子の死闘は、いよいよ後戻りのできない領域へと踏み込んでいくのだった。