上弦の陸との死闘を終えた一室には、焼け焦げた木材と砕けた瓦礫だけが残されていた。
先ほどまで荒れ狂っていた黒紫と黄金の雷光も消え、無限城には束の間の静寂が戻っている。
「……はぁ……はぁ……」
善逸は膝をつき、肩を大きく上下させていた。
火雷神。
己の限界を遥かに超えた一撃を放った代償は大きい。全身の筋肉が悲鳴を上げ、両脚は痺れてまともに力が入らない。
その身体を、獪岳が片腕で支えていた。
「……やりすぎたな、クソガキ」
「は、はは……。アニキも人のこと言えないじゃん……」
「うるせえ」
獪岳自身も満身創痍だった。
肩から血を流し、脇腹の傷からも赤い雫が落ちている。それでも善逸を支える腕には、まだ力が残っていた。
「立てるか?」
「……ちょっと休めば」
「なら休むな」
「ええっ!?」
「無惨のところまで行くんだろうが」
獪岳が善逸を引き起こす。
善逸は苦笑しながら立ち上がった。
「……うん。行こう、アニキ」
二人が背中を預け合った、その瞬間――。
ミシ……。
無限城が震えた。
「……?」
ミシミシミシミシ……!!
次々と壁が歪み始める。
天井が上下反転し、廊下がまるで蛇のように捻じ曲がっていく。
「チッ……」
獪岳が舌打ちする。
「鳴女の野郎か」
遠くから、琵琶の音が響いた。
ビィィィン――。
その音と同時に、二人の立っている床が傾く。
「うわっ!」
善逸の身体が滑る。
「善逸!」
獪岳が手を伸ばす。
だが、無限城の空間そのものが二人を引き離そうとしていた。
床が裂ける。
壁が回転する。
階層そのものが入れ替わっていく。
「アニキ!」
善逸が獪岳の袖を掴む。
「離れたらダメだ!」
「分かってる!」
獪岳は善逸の手首を強く握り返した。
「こんなところで兄弟弟子が別れるなんざ、冗談じゃねえ!」
ゴゴゴゴゴ……!!
頭上から巨大な梁が落下する。
「アニキ、上!」
「チッ!」
獪岳が刀を抜く。
だが――。
身体が動かない。
上弦との戦いで消耗しすぎていた。
「くそっ……!」
巨大な瓦礫が目前まで迫る。
「アニキ!」
善逸が前へ出る。
「おい、待て!」
善逸は腰を落とした。
火雷神を放った直後。
本来なら、もう戦える状態ではない。
それでも――。
善逸の瞳に黄金の光が灯った。
「……まだ動ける」
「馬鹿野郎! 火雷神の反動で身体が限界だろうが!」
「分かってるよ」
善逸が笑う。
「でも、アニキが一緒なら……もう一回だけならやれる」
「……!」
獪岳は一瞬だけ黙った。
そして――。
口元を吊り上げる。
「ハッ……」
黒紫の雷が獪岳の身体を包む。
「言うようになったじゃねえか、善逸」
「へへ……」
「なら、見せてみろ」
獪岳が黒銀の日輪刀を構える。
「お前が極めた壱ノ型をよ」
善逸が頷く。
「うん!」
二人が同時に腰を落とした。
「雷の呼吸――」
バリバリバリッ!!
黒紫の雷が獪岳の足元を走る。
「霹靂!」
ドンッ!!
獪岳の姿が消える。
同時に――。
「火雷神!」
轟ォォォォォン!!
善逸の身体も黄金の閃光となって駆け出した。
黒紫と黄金。
二つの雷光が交差する。
落下してくる瓦礫を次々と切り裂き、崩れ落ちる壁を突き破る。
ガガガガガッ!!
そして二人は、互いの雷を一切邪魔することなく、同じ方向へ駆け抜けていく。
「もっと速く!」
獪岳が叫ぶ。
「分かってる!」
善逸が応える。
霹靂が道を切り開く。
火雷神がその先を穿つ。
一人なら突破できなかった無限城の変幻自在な空間を、二人の雷が強引にこじ開けていく。
「無惨はどこだァァッ!!」
獪岳の怒号が響き渡る。
「俺たちが行くぞォォッ!!」
善逸も叫ぶ。
「待ってろ、無惨ッ!!」
ズガァァァンッ!!
最後の一閃。
二人の雷撃が巨大な壁を同時に斬り裂いた。
その先に広がっていたのは――。
これまでとは明らかに異なる、異様な気配に満ちた巨大な空間。
肌を刺すような鬼気。
善逸の耳が、その奥から響く鼓動を捉える。
ドクン。
ドクン。
まるで城そのものが生きているかのような、巨大な脈動。
「……アニキ」
「ああ」
獪岳が刀を握り直す。
「近いな」
「うん」
善逸も日輪刀を構える。
二人の周囲に、再び雷が集まり始める。
「行くぞ、善逸」
「うん!」
黒紫の雷と黄金の雷。
二つの光が、無限城の最深部へ向かって駆け抜けていく。
その先に待つのは、千年以上にわたり鬼殺隊を苦しめ続けた鬼の始祖――鬼舞辻無惨。
兄弟弟子は今、最後の戦場へと辿り着こうとしていた。