『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第十一話 蟲柱・胡蝶しのぶ、童磨と対峙

無限城を揺るがす轟音が、幾度となく響き渡っていた。

 

上弦の肆・鳴女が討たれたことで、これまで鬼舞辻無惨の意のままに動いていた異形の城は、その構造そのものを維持できなくなり始めている。

 

床が波打つ。

 

壁がねじれる。

 

天井だった場所が、次の瞬間には床へと変わる。

 

その崩壊と変容を縫うように、一人の少女が疾走していた。

 

「……この先ですね」

 

蟲柱・胡蝶しのぶ。

 

その足取りに迷いはなかった。

 

これまで何度も鬼を討ってきた。

 

何度も死線を潜り抜けてきた。

 

しかし、今の彼女の胸中にある感情は、普段の任務とはまるで違う。

 

怒り。

 

憎しみ。

 

そして、決して消えることのない悲しみ。

 

やがて、しのぶの目の前に巨大な障子が現れた。

 

その向こうから漂ってくる異様な冷気。

 

「……」

 

しのぶは足を止める。

 

息を吸った瞬間、肺の奥まで凍りつきそうなほどの冷気だった。

 

それでも、彼女は怯まない。

 

静かに障子へ手をかける。

 

スッ――。

 

開いた。

 

「……見つけましたよ」

 

広大な御堂。

 

床も壁も天井も、すべてが氷で覆われている。

 

無数の氷の蓮華が咲き誇り、その中心には一人の男が座っていた。

 

虹色の瞳。

 

整った顔立ち。

 

そして、血に濡れたような鮮やかな扇。

 

「上弦の弐――童磨」

 

しのぶの声は静かだった。

 

あまりにも静かだった。

 

その声の奥に、燃え盛る憎悪があることを悟れる者は少ない。

 

「おや?」

 

童磨が顔を上げる。

 

「誰かと思えば……可愛らしい女の子じゃないか」

 

虹色の瞳が、しのぶを舐めるように見つめる。

 

「しかも鬼殺隊の隊服……もしかして柱かな?」

 

童磨は嬉しそうに笑った。

 

「へえ、すごいね。こんな可愛い子が柱だなんて」

 

「……」

 

「名前はなんていうんだい?」

 

しのぶは答えない。

 

童磨は構わず続ける。

 

「いやぁ、それにしても本当に綺麗だ。ボクは女の子を食べるのはあまり好きじゃないんだけど――」

 

扇を口元に当てる。

 

「君くらい綺麗な子なら、特別に食べてあげてもいいかな」

 

その瞬間。

 

しのぶの笑顔が、ほんの僅かに深くなった。

 

「……ふふ」

 

童磨が首を傾げる。

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ」

 

しのぶは腰へ手を伸ばした。

 

「とても面白いことを仰る鬼だと思いまして」

 

しゅらり。

 

紫紺の日輪刀が鞘から抜かれる。

 

通常の刀とは異なる細身の刀身。

 

斬るためではなく、突き刺すために特化した特殊な刃。

 

そして、その刀には大量の毒が仕込まれている。

 

「私を食べる、ですか?」

 

しのぶは微笑む。

 

「でしたら――まず、ご自分が死ぬ覚悟をなさってください」

 

童磨の笑顔が僅かに止まった。

 

「……へえ」

 

彼は興味深そうに刀を見る。

 

「その刀、普通の刀じゃないね」

 

「ええ」

 

「なるほど。毒か」

 

「ご明察です」

 

「でもさぁ」

 

童磨が扇を広げる。

 

「毒なんて、鬼には効かないんじゃないかな?」

 

次の瞬間。

 

ゾクッ――。

 

御堂全体の温度が、一気に低下した。

 

「……!」

 

しのぶの足元が凍りつく。

 

空気そのものが白く染まる。

 

童磨の周囲から、凄まじい冷気が吹き荒れ始めた。

 

「ボクの血鬼術はね、氷なんだ」

 

童磨が楽しそうに笑う。

 

「ただの氷じゃない。吸い込めば肺を壊す。呼吸をすればするほど、君の身体は内側から凍っていく」

 

扇を振る。

 

「だから――」

 

パキィィンッ!!

 

巨大な氷の蓮華が、しのぶへ向けて一斉に咲いた。

 

「散り蓮華」

 

ドォォォォッ!!

 

猛烈な冷気と氷の花弁が、御堂を埋め尽くす。

 

しかし――。

 

「……遅いですね」

 

しのぶの姿が消えた。

 

童磨の瞳が僅かに動く。

 

「おや?」

 

ヒュンッ!

 

しのぶが童磨の側面へ回り込んでいた。

 

「蟲の呼吸――蝶ノ舞・戯れ!」

 

ズシュッ!!

 

刀の先端が童磨の肩へ突き刺さる。

 

毒が注入される。

 

「おっと」

 

童磨が後退する。

 

「刺すだけなんだね」

 

「ええ」

 

しのぶは距離を取った。

 

「私は鬼の頸を斬る力がありませんから」

 

その言葉とは裏腹に、瞳には一切の諦めがない。

 

「だからこそ――」

 

童磨の肩から紫色の煙が立ち上る。

 

「毒であなたを殺します」

 

「……へえ」

 

童磨は傷口を見つめた。

 

「本当に入ってるね」

 

肉体が僅かに変色する。

 

しかし、童磨は笑った。

 

「でも、これくらいなら――」

 

再生。

 

毒に侵された細胞を鬼の再生能力で押し流していく。

 

「すぐに治せる」

 

「そうですか」

 

しのぶは笑った。

 

「それなら、何度でも試すだけです」

 

ヒュンッ!

 

また消える。

 

童磨が扇を振る。

 

「凍て曇」

 

冷気が爆発する。

 

しのぶは紙一重でかわす。

 

「蟲の呼吸――蜻蛉ノ舞・複眼六角!」

 

六方向からの高速突き。

 

「おっと!」

 

童磨が扇で受け流す。

 

ズシュッ!

 

また一撃。

 

「うん。速いね」

 

童磨が笑う。

 

「本当に速い」

 

「ありがとうございます」

 

しのぶも笑う。

 

だが、その笑顔の奥では――。

 

(お姉さん……)

 

脳裏に浮かぶ。

 

優しい笑顔。

 

花のような声。

 

いつも自分を包み込んでくれた姉。

 

胡蝶カナエ。

 

そして、その命を奪った鬼。

 

(ずっと……この日を待っていました)

 

しのぶの指が刀の柄を強く握る。

 

(あなたに出会うために)

 

童磨が扇を開く。

 

「ところでさ」

 

「はい?」

 

「君、ボクのことを知っているよね?」

 

しのぶの笑顔が、一瞬だけ消えた。

 

「……ええ」

 

声が低くなる。

 

「よく知っていますよ」

 

童磨の虹色の瞳が細められる。

 

「そうかぁ」

 

「あなたは――」

 

しのぶの身体から、凄まじい殺気が迸った。

 

「私の姉を殺した鬼ですから」

 

空気が震える。

 

童磨は一瞬だけ黙り――そして。

 

「ああ」

 

何かを思い出したように笑った。

 

「もしかして、あの時の子の妹?」

 

「……!」

 

しのぶの瞳が鋭くなる。

 

「いやぁ、懐かしいなぁ」

 

童磨は悪びれる様子もなく笑う。

 

「君のお姉さん、最後まで立派だったよ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

しのぶの笑顔が完全に凍りついた。

 

「……そうですか」

 

静かな声。

 

「でしたら――」

 

日輪刀を構える。

 

「その思い出ごと、私が地獄へ送って差し上げます」

 

「いいねぇ!」

 

童磨も扇を構えた。

 

「やっぱり、柱って面白い!」

 

極寒の氷が吹き荒れる。

 

紫紺の刀が閃く。

 

「蟲の呼吸――!」

 

「血鬼術――!」

 

二人が同時に踏み込んだ。

 

ズガァァァァンッ!!

 

氷の御堂全体を揺るがす衝撃。

 

蝶のように舞う蟲柱。

 

そして、氷を操る上弦の弐。

 

姉の仇を討つため、胡蝶しのぶは己の命すら惜しまぬ覚悟で、最強クラスの上弦へ挑みかかる。

 

その戦いの先に待つのは――勝利か、死か。

 

無限城の一角で、凄絶な死闘が始まった。

 

 

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