『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第十三話 姉妹と恋人、そして継子

 極寒の氷の御堂に、甲高い金属音が響き渡った。

 

 童磨が振るう扇から放たれた冷気が床を這い、壁を凍らせ、空気そのものを白く染め上げていく。

 

「『凍て曇』」

 

 ゴォォォォォッ!!

 

 吹雪にも似た冷気が、一気に押し寄せる。

 

「くっ……!」

 

 しのぶは身を翻し、紙一重でそれをかわした。

 

 しかし、完全には避けきれない。

 

 冷気を吸い込んだ瞬間、肺の奥が焼けるように痛んだ。

 

(この冷気……!)

 

 呼吸をするだけで肺が蝕まれていく。

 

 長期戦になれば、確実に不利になる。

 

 それでも、しのぶは刀を握る手を緩めなかった。

 

「姉さん!」

 

 しのぶが叫ぶ。

 

 少し離れた場所で、カナエが童磨と対峙していた。

 

「大丈夫よ、しのぶ」

 

 カナエは微笑む。

 

 かつてなら、その笑顔はどこまでも穏やかなものだった。

 

 だが――。

 

 童磨を前にした今だけは違う。

 

 静かな怒りが、その瞳の奥に宿っていた。

 

「私は……もう、あなたに殺されるつもりはありません」

 

「おやおや」

 

 童磨は楽しそうに笑った。

 

「以前とは随分違うねぇ。君はあの時、僕に殺されたはずなのに」

 

「ええ」

 

 カナエは刀を構える。

 

「ですが、私は生きています」

 

 その理由を、カナエは知っている。

 

 あの日。

 

 自分を救ってくれた少年がいた。

 

 命を賭けて童磨と戦い、自分を連れ帰ってくれた男。

 

 そして今では――。

 

 しのぶが心から愛している人。

 

 カナエにとっても、実の弟のように大切な存在。

 

 その男が――。

 

 ドォォォンッ!!

 

 突然、御堂の側壁が吹き飛んだ。

 

 大量の氷片が宙を舞う。

 

 その向こうから、一人の男が姿を現した。

 

 手には日輪刀。

 

 その身に纏うのは、雷の呼吸の使い手だけが持つ独特の気配。

 

 そして、その眼差しには揺るぎない覚悟が宿っていた。

 

「――遅れてすまねぇ、カナエ」

 

 その声を聞いた瞬間。

 

 カナエの瞳が大きく見開かれた。

 

「……獪岳君」

 

「姉さん!」

 

 しのぶの表情にも驚きが浮かぶ。

 

「獪岳……!」

 

「よう、しのぶ」

 

 獪岳は振り返り、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

「怪我は?」

 

「……ありません」

 

「そうか」

 

 獪岳は安堵したように息を吐く。

 

 その瞬間。

 

 しのぶが眉を吊り上げた。

 

「あなたこそ、無茶をしていませんか?」

 

「してねぇよ」

 

「嘘ですね」

 

「してねぇって」

 

「顔に出ていますよ」

 

「……」

 

 獪岳の耳が、僅かに赤くなる。

 

 カナエはそんな二人を見て、思わず微笑んだ。

 

「ふふ……相変わらずね」

 

「姉さんまで……」

 

「だって、獪岳君がしのぶを心配しているのがよく分かるもの」

 

「……当たり前だろ」

 

 獪岳は小さく呟いた。

 

「俺の恋人なんだからな」

 

「……っ」

 

 今度はしのぶの頬が赤くなる。

 

「もう……こんな時に何を言っているんですか」

 

「事実だろ」

 

「そういうところです!」

 

 緊迫した戦場。

 

 それでも、ほんの一瞬だけ温かな空気が流れた。

 

 しかし――。

 

「おやおや」

 

 童磨が扇を口元へ寄せる。

 

「随分と仲が良いんだねぇ」

 

 その声を聞いた瞬間。

 

 獪岳の表情から、全ての温かさが消えた。

 

「……黙れ」

 

「おや?」

 

「お前が……しのぶやカナエさんを語るな」

 

 獪岳が刀を構える。

 

「お前は、人の命も心も踏みにじった」

 

 雷鳴のような闘気が御堂を震わせる。

 

「だから俺が――今度こそ、お前を倒す」

 

 童磨が目を細めた。

 

「へぇ……」

 

 初めて、その笑顔から僅かに余裕が消えた。

 

「君、随分と強くなったね」

 

「当然だ」

 

 獪岳が答える。

 

「俺は――鳴柱だ」

 

 次の瞬間。

 

「雷の呼吸・改――」

 

 バチィッ!!

 

 獪岳の身体から雷光が弾ける。

 

「『迅雷・閃々』!!」

 

 ドンッ!!

 

 一瞬で間合いを詰める。

 

 童磨が扇を振り抜いた。

 

 氷の蓮華が無数に咲く。

 

「『蔓蓮華』」

 

 氷の花弁が獪岳を包み込む。

 

 しかし――。

 

「遅ぇ!」

 

 雷光が氷を切り裂いた。

 

「なっ……!」

 

 童磨の頬を、獪岳の刀が掠める。

 

 血が一筋、宙へ舞った。

 

「……僕に傷を?」

 

「まだ一発だ」

 

 獪岳が踏み込む。

 

「次は――もっと深いぞ!」

 

 その瞬間。

 

「獪岳!」

 

 しのぶの声が響いた。

 

「無茶をしないでください!」

 

「無茶じゃねぇ!」

 

「あなたは昔からそう言うんです!」

 

 しのぶが獪岳の横へ並ぶ。

 

「一人で全部背負おうとする」

 

「……」

 

「私は、あなたの恋人ですよ」

 

 しのぶは真っ直ぐに獪岳を見る。

 

「頼ってください」

 

 獪岳の瞳が揺れた。

 

「……分かった」

 

 そして――。

 

「頼む、しのぶ」

 

「はい」

 

 二人の間に、言葉以上の信頼が生まれる。

 

「おやおや」

 

 童磨が扇を広げる。

 

「二人で僕を倒すつもりかな?」

 

「いいえ」

 

 カナエが静かに答えた。

 

「三人です」

 

「……?」

 

 その時だった。

 

 ヒュッ――!

 

 一輪の花びらが舞う。

 

 童磨が僅かに目を動かした。

 

「そこです!」

 

 鋭い斬撃が飛んでくる。

 

「っ!」

 

 童磨が身体を反らした。

 

 銀色の刃が頬を掠める。

 

 氷の御堂の奥。

 

 そこに一人の少女が立っていた。

 

 黒髪を揺らし、刀を構える少女。

 

「……カナヲ!」

 

 しのぶが驚きの声を上げる。

 

「どうしてここに……!」

 

「しのぶさん」

 

 カナヲは静かに答えた。

 

「私も戦います」

 

 カナエの表情が柔らかくなる。

 

「カナヲ……来てくれたのね」

 

「はい、カナエさん」

 

 カナヲは頷く。

 

「二人とも、私の大切な姉さんですから」

 

 獪岳が少し驚いた顔をする。

 

「カナヲ……」

 

「獪岳さんも」

 

「俺も?」

 

「はい」

 

 カナヲは僅かに視線を逸らした。

 

「獪岳さんは……しのぶさんを守ってくれる人ですから」

 

「……」

 

 獪岳の耳が赤くなる。

 

「そ、そうかよ」

 

 しのぶが思わず笑う。

 

「ふふ……照れていますね」

 

「うるせぇ」

 

 カナエまで微笑んだ。

 

「ふふっ。本当に仲良しね」

 

「姉さんまで!」

 

 しかし。

 

 童磨が扇を振る。

 

「仲良くお喋りしている暇があるのかな?」

 

 ゴォォォォォッ!!

 

 猛烈な冷気が襲いかかる。

 

「『凍て曇』!」

 

 四人が同時に散開した。

 

 氷が床を覆う。

 

 呼吸をするだけで肺が痛む。

 

 しのぶは僅かに顔を歪めた。

 

「……っ」

 

 その瞬間、獪岳が気づいた。

 

「しのぶ!」

 

「大丈夫です!」

 

「無理するな!」

 

「あなたもです!」

 

「俺は――」

 

「無理して笑うな、ですよ」

 

「……!」

 

 しのぶの言葉に、獪岳が固まる。

 

「あなたが苦しい時は、私には分かります」

 

「……」

 

「だから、一人で強がらないでください」

 

 獪岳は黙っていた。

 

 そして――。

 

「……分かった」

 

 小さく頷いた。

 

「お前には、敵わねぇな」

 

「ようやく素直になりましたね」

 

「うるせぇ」

 

 しのぶが微笑む。

 

 その瞬間、獪岳の耳がまた赤くなった。

 

「ふふ」

 

「笑うな!」

 

「だって可愛いですから」

 

「……っ!」

 

 カナエが呆れたように笑う。

 

「戦いが終わったら、ゆっくりお話ししましょうね」

 

「姉さん……!」

 

 カナヲまで小さく笑った。

 

 だが――。

 

「終わらせませんよ」

 

 カナエが童磨へ向き直る。

 

「この戦いを」

 

 優しい笑顔は消えていた。

 

「今度こそ、あなたを倒します」

 

 カナヲが構える。

 

「私も行きます」

 

 しのぶが前へ。

 

「獪岳」

 

「ああ」

 

 獪岳が刀を握る。

 

「四人で行くぞ」

 

 カナエが頷いた。

 

「ええ」

 

「はい!」

 

「もちろんです!」

 

「……行くぞ!」

 

 四人が同時に駆け出す。

 

 最初に飛び出したのはカナエ。

 

「花の呼吸――」

 

 花びらが舞う。

 

 優雅な軌道が、童磨の視界を覆う。

 

「『花霞』!」

 

「おや?」

 

 童磨が扇で受ける。

 

 その死角から、カナヲが飛び込んだ。

 

「花の呼吸――『彼岸朱眼』!」

 

 視界を極限まで研ぎ澄ます。

 

 童磨の動きが、遅く見える。

 

「そこ!」

 

 カナヲの刀が閃いた。

 

 童磨が僅かに身を捻る。

 

 だが――。

 

「甘い!」

 

 雷光が走った。

 

「雷の呼吸・改――『雷龍』!!」

 

 巨大な雷のような斬撃が、童磨へ突き進む。

 

「これは……!」

 

 童磨が扇を交差させる。

 

 ドガァァァン!!

 

 凄まじい衝撃が御堂を揺らした。

 

 そこへ――。

 

「童磨!」

 

 しのぶが懐へ潜り込む。

 

「蟲の呼吸――『蝶ノ舞・戯れ』!」

 

 刀が閃く。

 

 毒を仕込んだ一撃。

 

 童磨が防ぐ。

 

「毒か!」

 

「ええ」

 

 しのぶが微笑む。

 

「あなたが私のことをよく知っているように――」

 

 カナエが踏み込む。

 

「私たちも、あなたを知っています」

 

 花の刃が童磨の腕を斬り裂く。

 

「そして――」

 

 カナヲが続く。

 

「一人ではありません」

 

 童磨が後退する。

 

 その先に――。

 

 獪岳がいた。

 

「逃がすかよ」

 

 刀身に雷光が集中する。

 

「雷の呼吸・改――」

 

 御堂そのものが震える。

 

「『帝釈天』!!」

 

 轟雷。

 

 凄まじい雷撃を伴う斬撃が、童磨へ襲いかかった。

 

「ぐっ……!」

 

 童磨の身体が吹き飛ぶ。

 

 氷の壁へ叩きつけられた。

 

「……なるほど」

 

 童磨が立ち上がる。

 

 その顔から、完全に笑みが消えていた。

 

「君たちは……本当に面倒だね」

 

 カナエが刀を構える。

 

「そうでしょうね」

 

 しのぶが隣に並ぶ。

 

「私たちは、あなたに奪われるために生きているのではありません」

 

 カナヲも並ぶ。

 

「守るために戦います」

 

 そして獪岳。

 

 三人の女性の前へ、一歩だけ出る。

 

「俺もだ」

 

 刀を構える。

 

「強さってのは――」

 

 一瞬だけ、かつての自分を思い出す。

 

 強さに飢え。

 

 弱い者を見下し。

 

 誰にも頼れなかった自分。

 

 だが、今は違う。

 

 隣には大切な人がいる。

 

 守りたい家族がいる。

 

 背中を預けられる仲間がいる。

 

「誰かを踏みつけるためのもんじゃねぇ」

 

 雷光が刀身を包む。

 

「誰かを守るためにある」

 

 しのぶが微笑んだ。

 

「……それでこそ、私の恋人です」

 

「……っ」

 

 獪岳の耳が真っ赤になる。

 

「今それ言うかよ……!」

 

「ふふ」

 

 カナエが笑う。

 

「獪岳君、本当にしのぶのことが大好きなのね」

 

「姉さんまで!」

 

 カナヲも小さく笑った。

 

「仲良しですね」

 

「カナヲ、お前まで……!」

 

 童磨がその光景を見つめる。

 

 理解できない。

 

 なぜ、そこまでして互いを守ろうとするのか。

 

 なぜ、死ぬほど苦しい状況で笑えるのか。

 

「……くだらないなぁ」

 

 童磨が扇を開く。

 

「仲間だの、家族だの、恋人だの」

 

 冷気が膨れ上がる。

 

「そんなもの、全部凍らせてしまえばいい」

 

 四人の表情が変わった。

 

 カナエが前へ。

 

 しのぶが横へ。

 

 カナヲが背後へ。

 

 獪岳が中央へ。

 

 四人の呼吸が重なる。

 

「――行きます!」

 

 カナヲの声。

 

「ええ!」

 

 カナエが応える。

 

「獪岳!」

 

「ああ!」

 

 しのぶが叫ぶ。

 

「一緒に!」

 

「任せろ!」

 

 雷鳴。

 

 花吹雪。

 

 蝶の舞。

 

 そして、研ぎ澄まされた少女の剣。

 

 四つの力が一つになる。

 

 姉妹の絆。

 

 恋人の想い。

 

 継子の覚悟。

 

 そして――。

 

 誰かを守るために強くなると決めた、一人の鳴柱。

 

 その全てが一つの刃となり、上弦の弐・童磨へ襲いかかる。

 

「さあ、童磨」

 

 カナエが静かに告げた。

 

「今度は――私たちがあなたを追い詰める番です」

 

 四人が同時に踏み込む。

 

 氷の地獄を、花と蟲と雷が切り裂いていく。

 

 そして――。

 

 上弦の弐を討つための、本当の死闘が始まった。

 

 

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