無限城の奥深く。
上下左右の感覚さえ狂わせる異形の回廊を、竈門炭治郎はひたすら駆けていた。
先ほどまで存在していたはずの廊下が消え、代わりに巨大な階段が壁から生えている。天井だった場所が床へと変わり、そのたびに城全体が地鳴りのような音を響かせていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
炭治郎は荒い息を整えながら、周囲を見渡す。
「義勇さん……どこにいるんだ……!」
無限城へ落とされた直後、仲間たちとは完全に分断されていた。
だが、鳴女が討たれたことで城の構造が大きく変化した。
その一瞬の隙を利用して、炭治郎は移動を続けていた。
そして――。
「……この匂い……!」
炭治郎が足を止める。
血の匂い。
鬼の匂い。
そして、その奥に微かに感じる懐かしい気配。
「義勇さん!」
炭治郎は瓦礫を飛び越え、奥の回廊へ駆け込んだ。
そこにいたのは、一人の男だった。
水柱・冨岡義勇。
青い瞳で周囲を見据え、静かに日輪刀を構えている。
「炭治郎か」
「はい!」
「無事だったか」
「義勇さんも……!」
二人が短く頷き合った。
しかし、再会を喜んでいる暇はなかった。
ズズズズズ……。
暗闇の奥から、何かを引きずるような音が響く。
炭治郎の表情が引き締まった。
「……来ます」
「ああ」
義勇が刀を抜く。
次の瞬間、左右の壁を突き破って、無数の鬼が姿を現した。
「グルルル……!」
「喰わせろ……!」
「血だ……人間の血だ……!」
十数体。
いや、二十体以上。
無限城の構造変化によって、この階層へ集められた鬼たちだった。
さらに、その後方。
ひときわ濃密な鬼の気配が立ち上がる。
ズン……。
一歩。
巨大な鬼が暗闇から姿を現した。
「ほう……」
鬼は二人を見下ろし、口元を歪めた。
「水柱・冨岡義勇。そして、耳飾りの剣士……竈門炭治郎か」
炭治郎の眉が動く。
「俺のことを知っている……?」
「当然だ。無惨様がお前を警戒していることくらい、下っ端の鬼である私でも知っている」
鬼の身体から凄まじい殺気が噴き出した。
空気が重くなる。
炭治郎は思わず一歩踏み込んだ。
「強い……!」
義勇が静かに告げる。
「炭治郎」
「はい!」
「焦るな」
「……!」
「お前は敵を見すぎる。相手ではなく、自分の呼吸を意識しろ」
その言葉に、炭治郎は目を閉じた。
吸う。
肺へ空気を送り込む。
全身へ巡らせる。
心臓の鼓動。
筋肉の動き。
足裏の感覚。
すべてを一つに繋げる。
「……はい」
目を開いた炭治郎の瞳に、強い光が宿った。
「ありがとうございます、義勇さん」
「行くぞ」
「はい!」
鬼たちが一斉に飛び掛かった。
「殺せェェェッ!!」
「喰い殺せぇッ!!」
その瞬間――。
義勇の姿が消えた。
「水の呼吸――」
スッ。
静かな踏み込み。
次の瞬間には、鬼の首が一つ落ちていた。
「参ノ型・流流舞い」
流れる水のような連撃。
一体。
二体。
三体。
鬼たちが何が起きたのか理解するより先に、義勇の刃が次々と頸を捉えていく。
「なっ……!」
「速い……!」
その横を、炭治郎が駆け抜けた。
「ヒノカミ神楽――円舞!」
ブォンッ!!
燃え盛るような斬撃が円を描き、鬼の腕を斬り飛ばす。
「ギャアアアッ!」
「まだだ!」
炭治郎が踏み込む。
義勇の刀が右。
炭治郎の刀が左。
二人の動きが自然に噛み合っていく。
「右は任せる!」
「分かりました!」
義勇が鬼の攻撃を受け流す。
その隙に炭治郎が斬る。
炭治郎が敵を引きつければ、義勇が死角から頸を斬る。
まるで長年一緒に戦ってきたかのような連携だった。
「馬鹿な……!」
鬼が後退する。
「水柱と新人が、ここまで噛み合うだと……!」
義勇は答えない。
ただ刀を構える。
「炭治郎」
「はい!」
「次で決める」
「分かりました!」
二人が同時に呼吸を整えた。
水のような静けさ。
炎のような熱。
まったく異なる二つの呼吸が、互いの動きを邪魔することなく重なっていく。
「水の呼吸――」
「ヒノカミ神楽――」
鬼が咆哮した。
「来るなァァァッ!!」
「拾壱ノ型――凪」
義勇の周囲から、すべての音が消えた。
無数の攻撃が迫る。
しかし――斬撃が触れた瞬間、すべてが静かに消滅していく。
その一瞬。
「今です、義勇さん!」
「任せろ」
炭治郎が一気に踏み込んだ。
「円舞!!」
炎の軌跡が鬼の身体を包み込む。
「ぐおおおおおッ!?」
鬼が怯んだ。
そこへ義勇の刀が滑り込む。
「終わりだ」
スパッ――。
頸が宙を舞った。
鬼の身体が崩れ落ちていく。
周囲にいた鬼たちも、二人の圧倒的な連携を前に戦意を失っていた。
「に、逃げろォッ!」
「逃がすか!」
炭治郎が追撃する。
炎のような斬撃が闇を切り裂き、残った鬼たちの頸を次々と断ち落としていく。
やがて、回廊には静寂が戻った。
「……終わった」
炭治郎が息を吐く。
義勇は刀を納めた。
「油断するな。無惨はまだ生きている」
「はい」
炭治郎は力強く頷いた。
「義勇さん」
「なんだ」
「一緒に無惨のところまで行きましょう」
義勇は一瞬だけ炭治郎を見る。
そして、小さく頷いた。
「ああ」
二人は並んで歩き始める。
水柱と、日の呼吸を継ぐ少年。
異なる道を歩んできた二人の剣士は、今、同じ目的へ向かっていた。
――鬼舞辻無惨を討つ。
無限城のさらに奥から、凄まじい殺気が轟いた。
炭治郎が刀を握り直す。
「……義勇さん。行きましょう」
「ああ、炭治郎」
二人の足音が、無限城の闇へと消えていった。