――ビィィィン……。
最後の琵琶の音が、無限城の奥深くへと響き渡った。
そして。
ピシ……。
ピシピシ……。
無限城そのものに、巨大な亀裂が走った。
「……何だ?」
炭治郎が顔を上げる。
次の瞬間――。
ドゴォォォォォンッ!!
天地がひっくり返った。
床だった場所が壁となり、壁だった場所が天井になる。
無数の廊下が折り重なり、襖や柱、階段がまるで巨大な積み木のように崩れ落ちていく。
「うわああああっ!!」
「掴まれ!! 足場が消えるぞ!!」
隊士たちが必死に柱へしがみつく。
炭治郎も日輪刀を床へ突き立て、身体を固定した。
「義勇さん!」
「炭治郎、動くな!」
すぐ隣では義勇が瓦礫を斬り飛ばし、実弥は落下してきた巨大な梁を蹴り砕いている。
「チッ……鳴女が死んだせいで、城そのものが保たなくなってやがる!」
実弥が舌打ちする。
その直後だった。
「――全員、落ち着け」
低く響いた声。
巨大な鉄球を振り回しながら、悲鳴嶼行冥が瓦礫を次々と破壊していく。
「この崩壊には規則性がある。慌てて動けば、かえって命を失うぞ」
「さすが悲鳴嶼さん……!」
炭治郎が頷く。
だが――。
その瞬間。
ゾクッ。
全員の背筋を、得体の知れない悪寒が走った。
空気が変わった。
先ほどまで無限城を満たしていた鬼たちの気配とは、明らかに次元が違う。
圧倒的。
巨大。
そして――禍々しい。
「……なんだ、この気配……」
善逸が震える声を漏らした。
その顔から血の気が引いていく。
「聞こえる……」
「善逸?」
「心臓の音が……一つ……」
善逸は耳を押さえながら、必死に呼吸を整える。
「なのに……この城全部が、その心臓みたいに感じる……!」
獪岳の表情からも、余裕が消えていた。
黒銀の日輪刀を握り直す。
「……クソが」
バチ……バチバチッ!!
黒紫の雷が刀身を走った。
「この気配……間違いねえ」
獪岳が暗闇を睨みつける。
「鬼舞辻無惨だ」
その名が響いた瞬間。
ズズズズズ……。
崩壊していた無限城の中央部が、巨大な奈落へと変貌した。
そして――。
コツ。
コツ。
コツ。
瓦礫を踏みしめる足音が響く。
暗闇の向こうから、一人の男が歩いてくる。
黒い髪。
青白い肌。
異様なまでに赤い瞳。
人間の姿をしている。
しかし、その存在から放たれる殺気は、人間のものではなかった。
「……ようやく、姿を現したか」
実弥が刀を構える。
男――鬼舞辻無惨は、鬼殺隊を一瞥した。
その表情には怒りすらない。
ただ、冷たい不快感だけが浮かんでいた。
「私の城を、よくもここまで壊してくれたものだ」
無惨が静かに口を開く。
「鳴女まで殺したか」
その声には、僅かな苛立ちが滲んでいた。
だが、その背後には――。
さらに異様な気配があった。
「……あれは……」
炭治郎の鼻が反応する。
無惨の後方。
崩れ落ちた無限城の奥から、複数の強大な鬼の気配が姿を現していく。
「まだ……鬼がいる……!」
善逸が息を呑む。
「しかも……全部、とんでもなく強い……!」
無惨の周囲に控える、選び抜かれた鬼たち。
その一体一体が、並の鬼とは比較にならないほどの殺気を放っている。
鬼殺隊士たちの間に、動揺が広がった。
「嘘だろ……」
「まだ、こんな化け物が……」
「俺たちに勝てるのか……?」
恐怖に膝を震わせる隊士。
その前に、獪岳が一歩進み出た。
「ビビってんじゃねえ」
黒雷が轟く。
「ここまで来たんだろうが」
獪岳は振り返らない。
「今さら逃げ道なんざ、どこにもねえ」
善逸もまた、その隣へ並んだ。
「……うん」
黄金の雷が足元を走る。
「アニキ。俺も戦う」
「足手まといになるんじゃねえぞ」
「ならない」
善逸は真っ直ぐ前を見据えた。
「俺はもう、逃げないから」
獪岳が一瞬だけ善逸を見る。
そして鼻で笑った。
「……上等だ」
その二人の姿を見て、炭治郎も刀を握り締めた。
「俺たちも行きましょう、義勇さん!」
「ああ」
義勇が静かに頷く。
実弥は刀を肩に担ぎ、不敵に笑った。
「上等じゃねえか……。ようやく親玉のお出ましってわけだ」
悲鳴嶼は数珠を握り締める。
「南無阿弥陀仏……」
それぞれの柱が構える。
そして――。
無惨が赤い瞳を細めた。
「愚かな人間どもよ」
ズン……。
無惨の殺気が膨れ上がった。
空気が震える。
大地が軋む。
「今宵、この場にいる者を一人残らず殺す」
その言葉に、隊士たちは息を呑んだ。
「逃げることも許さない」
無惨が一歩踏み出す。
「夜明けまで、あと僅か」
炭治郎の瞳が鋭くなる。
獪岳の黒雷が弾ける。
善逸の黄金の雷が唸る。
義勇、実弥、悲鳴嶼――。
全ての柱が、刀を構えた。
「だったら――」
炭治郎が叫ぶ。
「夜明けまで戦い抜けばいい!!」
「そういうこったァ!!」
実弥が吠える。
「来やがれ、鬼舞辻無惨ッ!!」
轟ッ!!
無限城が最後の崩壊を始める。
柱と鬼殺隊。
そして鬼の始祖と、その配下。
千年にわたる因縁が、ついに一つの場所へ集結した。
もはや退路はない。
守る者の命と、奪う者の命。
そして――夜明け。
すべてを懸けた最終決戦が、ここに始まった。