――ドォォォォォンッ!!
無限城が、また一つ崩れ落ちた。
無惨の放った無数の触手が、まるで巨大な黒い嵐のように城内を埋め尽くしていく。
一本一本が必殺の威力を持ち、しかも斬り落としても瞬く間に再生する。
「散れぇッ!!」
実弥が叫ぶ。
風の刃が触手を切り裂く。
「炭治郎、左だ!」
「はい!」
義勇が水の呼吸で道を作り、炭治郎がその隙間を駆け抜ける。
悲鳴嶼も巨大な鉄球を振り回し、仲間へ迫る触手を次々と弾き飛ばしていた。
だが、それでも無惨の攻撃は止まらない。
「無駄だ」
無惨が冷たく告げる。
「いくら足掻こうと、人間が私に勝てるはずがない」
ズドォォォンッ!!
触手の一本が床を粉砕した。
さらに別の一本が炭治郎へ向かって伸びる。
「炭治郎!」
義勇が飛び込む。
ガキィンッ!!
間一髪、刀で弾き飛ばす。
しかし――。
その背後から、さらに三本。
「しまっ――!」
その瞬間。
バチィィィィッ!!
黒紫の雷光が駆け抜けた。
「雷の呼吸――肆ノ型・遠雷ッ!!」
ズバババババッ!!
飛来した触手がまとめて切断され、黒い血飛沫が無限城の床へ散った。
「……獪岳!」
炭治郎が振り返る。
そこには、黒銀の日輪刀を構えた鳴柱・獪岳が立っていた。
肩から血を流し、呼吸も荒い。
それでも、その目には戦意が漲っている。
「チッ……数が多すぎんだよ、あの野郎」
「アニキ!」
黄金の閃光が走った。
善逸が獪岳の隣へ着地する。
「無事?」
「誰に向かって聞いてやがる」
獪岳が鼻で笑う。
「俺がこの程度でくたばるかよ」
「そっか」
善逸も笑った。
その笑顔には、以前の怯えた少年の面影はなかった。
獪岳は善逸を見る。
「……お前、まだ戦えるのか?」
「戦える」
即答だった。
「だったら来い」
「うん!」
二人が並んで刀を構える。
黒紫と黄金。
二色の雷光が、互いの身体を包み込む。
無惨は二人を見下ろした。
「また貴様らか」
「そうだよ」
善逸が答える。
「俺たちは、まだ終わってない」
獪岳が続けた。
「それどころか――ここからだ」
無惨の瞳が細くなる。
「身の程を知れ、人間」
無数の触手が一斉に動いた。
「殺せ」
ズガァァァァンッ!!
四方八方から迫る死の刃。
逃げ道はない。
だが――。
善逸は目を閉じた。
音を聞く。
風の音。
瓦礫の落ちる音。
無惨の鼓動。
獪岳の呼吸。
そして――。
自分自身の心臓の音。
ドクン。
ドクン。
善逸の脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。
『お前は、お前の出来ることをやればいい』
育手――桑島慈悟郎の声。
『一つしか出来ないなら、その一つを誰よりも強くしろ』
善逸は刀の柄を握り締めた。
「じいちゃん……」
そして、ゆっくりと目を開く。
「俺はもう……逃げない」
黄金の雷が膨れ上がった。
「一つしか使えないなら――」
腰を落とす。
「その一つを、極限まで強くする!」
獪岳もまた刀を構え直した。
彼の胸にあるのは、鳴柱としての誇り。
そして――。
背後にいる仲間たちを守るという、新たに手に入れた覚悟。
「善逸」
「うん、アニキ」
「俺に合わせろ」
「任せて」
短い言葉。
それだけで十分だった。
互いの呼吸が重なる。
互いの足運びが重なる。
そして――。
バリィィィィィンッ!!
二人の足元が爆発した。
「来るぞ!」
炭治郎が叫ぶ。
「見えない……!」
実弥が目を見開く。
義勇ですら、二人の動きを完全には追えない。
黒紫の雷。
黄金の雷。
二つの閃光が、無惨の触手の間を縫うように駆け抜けていく。
一本。
二本。
十本。
二十本。
迫り来る触手が、次々と切断されていく。
「馬鹿な……!」
無惨の表情が初めて変わった。
だが、まだ終わらない。
無惨はさらに大量の触手を放つ。
「潰れろッ!!」
ズガガガガガッ!!
空間そのものを埋め尽くすほどの猛攻。
普通なら、逃げ場はない。
しかし――。
「アニキ!」
「ああ!」
二人の視線が交差する。
「雷の呼吸――」
善逸が構える。
「壱ノ型――」
獪岳の黒銀の日輪刀に黒雷が収束する。
「霹靂一閃――六連ッ!!」
ズドォォォォンッ!!
黄金の雷が爆発的に加速する。
一閃。
二閃。
三閃。
四閃。
五閃。
そして六閃。
それぞれが別々の角度から触手を切り裂き、無惨への道を切り開いていく。
その中心を――。
獪岳が駆け抜ける。
「俺も行くぞォッ!!」
黒紫の雷が刀身から噴き上がる。
「雷の呼吸――異形!」
無惨の赤い瞳が獪岳を捉えた。
「またその技か」
「同じだと思うなよ」
獪岳が笑った。
「柱稽古で、俺は何度も限界を越えた」
黒雷がさらに激しくなる。
「甘露寺の地獄の柔軟!」
身体が大きくしなる。
「時透との高速稽古!」
一瞬で間合いを詰める。
「不死川との死闘!」
圧倒的な殺気を突破する。
「悲鳴嶼の極限鍛錬!」
全身の力を一点へ集約する。
「全部――この一撃に叩き込むッ!!」
黒紫の雷が巨大な龍へと変わった。
「異形・帝釈天――」
獪岳が踏み込む。
善逸の黄金の雷と重なる。
「火雷神――改ッ!!」
轟ォォォォォンッ!!
黒紫と黄金。
二つの雷が、一本の巨大な雷撃へと融合した。
「「行くぞォォォォッ!!」」
――霹靂。
その名が示す一閃を越えて。
善逸の極限の壱ノ型と、獪岳の異形の雷が一つになる。
ズバァァァァァンッ!!
無惨の触手が、一斉に両断された。
「なっ……!?」
さらに雷撃は止まらない。
触手を焼き払い。
肉壁を斬り裂き。
無惨の懐へ一直線に迫っていく。
ドシュッ!!
黒紫と黄金の雷が、無惨の胸部を掠めた。
「ぐっ……!」
無惨の身体から鮮血が噴き出す。
初めて。
鬼舞辻無惨の肉体に、明確な傷が刻まれた。
「無惨が……血を……!」
炭治郎が驚愕する。
実弥も目を見開いた。
「ハッ……!」
獪岳が着地する。
「どうだ、クソ野郎」
善逸も隣へ降り立った。
「俺たちの雷……届いただろ?」
無惨は胸の傷を見下ろす。
そして――。
赤い瞳を怒りで染めた。
「……人間風情が」
ドクン。
無惨の身体が大きく脈打つ。
「この私に……傷をつけたか」
空気が震えた。
無限城そのものが、無惨の怒気に呼応するように軋み始める。
しかし、鬼殺隊の誰一人として退かなかった。
むしろ。
獪岳は笑った。
「だったら、もう一度だ」
善逸も刀を構える。
「今度はもっと深く!」
二人の足元で、再び雷が弾ける。
霹靂を越えた雷。
兄弟弟子が繋いだ雷。
それは、夜明けへ向かう鬼殺隊にとって、確かな希望となった。
最終決戦は――まだ始まったばかりだった。