――轟ォォォォンッ!!
無限城全体が、大地そのものが悲鳴を上げているかのように激しく揺れていた。
鳴女が倒れたことで血鬼術による空間操作は崩壊し、巨大な城はもはや一つの建造物としての姿を保っていない。
床だった場所が壁となり、壁が天井へと変わる。
無数の部屋がねじ曲がり、廊下が途中から断ち切られ、巨大な瓦礫が轟音を立てながら奈落へと落下していく。
その崩壊の中心。
鬼舞辻無惨が立っていた。
「……逃げるつもりか」
無惨の赤い瞳が、鋭く鬼殺隊を睨みつける。
その身体から伸びる無数の触手が、まるで巨大な蛇の群れのように蠢いた。
「逃がすものか」
ズドォォォンッ!!
一斉に触手が放たれる。
「来るぞォッ!!」
実弥が叫んだ。
隊士たちが散開する。
だが、無惨の攻撃はあまりにも速い。
一本の触手が負傷した隊士へ迫った。
「うわぁぁっ!!」
――その瞬間。
バリィィィィンッ!!
黒紫の雷が走った。
触手が空中で両断される。
「まだ逃げるには早ぇぞ、無惨」
獪岳だった。
黒銀の日輪刀を肩に担ぎ、全身から黒紫の雷を迸らせている。
その隣には善逸が立っていた。
「アニキ……!」
「善逸。お前は負傷者を連れて行け」
「でも、アニキは?」
「俺はここに残る」
「……!」
善逸が息を呑む。
獪岳は無惨を睨んだまま、口元を吊り上げた。
「こいつを少しでも足止めする。お前らが外へ出る時間くらい、俺が作ってやる」
「そんなの駄目だ!」
善逸が叫んだ。
「一緒に行こうよ!」
「馬鹿野郎」
獪岳が横目で見る。
「俺がいつ、お前一人で逃げろって言った?」
「え……?」
「俺も行く。だが、まずは道を作る。それだけだ」
善逸の目が大きく見開かれた。
その時――。
「二人とも、話は後だ!」
炭治郎が叫んだ。
彼の鼻が捉えている。
無惨の殺気。
そして――。
「この城、もう持たない!」
轟ォォォォンッ!!
天井が大きく崩れ落ちた。
「全員、外へ向かえ!」
悲鳴嶼の声が響く。
「私が後方を守る!」
「俺もだ!」
実弥が風の呼吸を構えた。
義勇は無言で前方を見る。
そこには、無限城の壁が幾重にも重なった巨大な障害が立ちはだかっていた。
外へ通じる道は完全に塞がれている。
「……このままでは出られない」
義勇が呟いた。
炭治郎が刀を握る。
「俺が斬ります!」
「待て、炭治郎」
義勇が前へ出た。
「ここは俺に任せろ」
「義勇さん……?」
義勇は静かに息を吸った。
崩壊する城。
荒れ狂う無惨の攻撃。
そして、迫る夜明け。
そんな状況の中でも、水柱の表情には一切の焦りがなかった。
「水の呼吸――」
刀身が静かに揺れる。
「拾壱ノ型――」
義勇の周囲から、波紋のような気配が広がった。
「干天の慈雨」
――しん。
世界から、音が消えた。
次の瞬間。
スゥゥゥッ……。
義勇の刀が滑るように動いた。
荒々しく迫っていた肉壁が、まるで最初からそこに存在していなかったかのように切り裂かれていく。
ドサッ。
ドサッ。
巨大な肉塊が静かに崩れ落ちた。
さらに奥にあった壁も、柱も、瓦礫も。
必要最低限の軌道だけを描いて、次々と切り払われていく。
「……道が、開いた」
炭治郎が呟いた。
その先。
遠くに、かすかな光が見えた。
「外だ!」
隊士の誰かが叫ぶ。
「外へ走れ!」
実弥が怒鳴る。
「負傷者を優先しろ! 動ける奴は担げ!!」
「はい!」
隊士たちが一斉に走り出す。
悲鳴嶼が倒れかけた隊士を抱え上げる。
実弥が背後から飛んでくる触手を斬り落とす。
義勇がさらに道を切り開く。
炭治郎は仲間たちを先導する。
そして最後尾では――。
「ハッ……!」
獪岳が黒雷を爆発させた。
「まだ来やがるかよッ!!」
ズガァァァンッ!!
無惨の触手と黒雷が激突する。
獪岳の足元が大きく陥没した。
「ぐっ……!」
肩から血が噴き出す。
だが、刀は下がらない。
「獪岳!」
善逸が振り返る。
「先に行け!」
「嫌だ!」
「クソッ……!」
獪岳が舌打ちする。
「だったら走りながら戦え!」
「分かった!」
二人が同時に走り出す。
善逸の黄金の雷。
獪岳の黒紫の雷。
二つの閃光が、崩壊する城内を駆け抜けていく。
「霹靂一閃!」
「遠雷ッ!!」
ズバァァァンッ!!
追いすがる触手を切り裂き、二人は一気に出口へ向かう。
だが、その背後から無惨の怒号が響いた。
「逃がさぬッ!!」
ドォォォォォンッ!!
巨大な衝撃波。
無限城の床が大きく崩れた。
「うわっ!?」
善逸の身体が宙へ投げ出される。
「善逸!」
獪岳が腕を伸ばす。
ガシッ!
間一髪。
獪岳が善逸の手を掴んだ。
「離すなよ、クソガキ!」
「アニキこそ!」
「誰に言ってやがる!」
獪岳が黒雷を足場へ叩きつける。
バリィッ!!
その反動で二人の身体が一気に跳ね上がった。
前方には、外界へ通じる巨大な裂け目。
そこから――。
白い光が差し込んでいる。
「朝……?」
炭治郎が呟いた。
「違う」
義勇が答える。
「まだ夜明け前だ」
しかし、その光は確実に近づいていた。
「走れッ!!」
実弥が吠える。
全員が最後の力を振り絞った。
そして――。
ドォォォォンッ!!
最後の瓦礫を飛び越えた瞬間。
鬼殺隊の生存者たちは、次々と地上へ飛び出した。
「――出た!」
冷たい夜風が頬を撫でる。
土の感触。
木々の匂い。
空。
長く閉ざされていた無限城から、ついに外界へ戻ってきたのだ。
「はぁ……はぁ……!」
善逸が膝をつく。
獪岳も荒い呼吸を繰り返しながら、その場に刀を突き立てた。
「……ったく。とんでもねぇ城だったぜ」
炭治郎が空を見上げる。
東の空。
ほんの僅かに、夜の色が薄くなっている。
「もうすぐ……夜が明ける」
だが――。
その言葉を聞いた瞬間。
地面が震えた。
ドォォォォォンッ!!
無限城の瓦礫が大きく弾け飛ぶ。
黒い影が地上へと現れた。
「……まだ終わっていない」
義勇が刀を構える。
実弥が血を拭う。
悲鳴嶼が数珠を握り締める。
獪岳と善逸も、再び刀を構えた。
崩壊した無限城の中心から――。
鬼舞辻無惨が、ゆっくりと姿を現す。
「逃げたつもりか、人間ども」
赤い瞳が、鬼殺隊を睨みつける。
「ここからが本当の戦いだ」
獪岳が黒雷を纏う。
「上等だ」
善逸の黄金の雷が弾けた。
「今度こそ――朝まで戦い抜く」
夜明けまで、あと僅か。
無限城を脱出した鬼殺隊と鬼舞辻無惨。
千年続いた因縁の決着をつける舞台は――ついに地上へ移った。
東の空が、静かに白み始めていた。