『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第二話 鳴柱・獪岳、最後の雷

 東の空が、ゆっくりと白み始めていた。

 

 漆黒だった夜空の端が薄紫へと変わり、そのさらに向こう側から、淡い紅色の光が滲み出している。

 

 ――夜明けが近い。

 

 鬼殺隊の誰もが、それを感じ取っていた。

 

 だが、それは同時に鬼舞辻無惨にとって、死の時刻が迫っていることを意味していた。

 

「……太陽が……」

 

 無惨が東の空を睨みつける。

 

 その赤い瞳には、これまで見せたことのないほどの焦燥が浮かんでいた。

 

「あと少し……!」

 

 グググググ……。

 

 無惨の肉体が、不気味な音を立てて膨張する。

 

 筋肉が異常なほど盛り上がり、皮膚が裂け、その隙間から無数の肉塊と触手が噴き出した。

 

「太陽など……私には必要ない……!」

 

 ドォォォォォンッ!!

 

 地面が爆発した。

 

 無惨を中心として大量の肉の鞭が放射状に伸び、地面を抉りながら鬼殺隊へと襲いかかっていく。

 

「来るぞォッ!!」

 

 実弥が叫ぶ。

 

 義勇が刀を振るい、迫り来る触手を斬り落とす。

 

 行冥の鉄球が唸りを上げ、巨大な肉塊を粉砕する。

 

 炭治郎もまた、必死に走りながら仲間を守ろうと刀を振るった。

 

 しかし――。

 

 数が多すぎる。

 

 斬っても、斬っても、次から次へと新たな触手が生えてくる。

 

「くっ……!」

 

 炭治郎の頬を触手が掠める。

 

「炭治郎!」

 

 義勇が間一髪でそれを斬り払った。

 

「ありがとうございます、義勇さん!」

 

「礼は後だ。今は目の前だけを見ろ!」

 

「はい!」

 

 その時だった。

 

 さらに巨大な触手が、二人の頭上から振り下ろされる。

 

「――ッ!」

 

 炭治郎が刀を構える。

 

 だが。

 

 その一撃が届くより早く――。

 

 バリィィィィィッ!!

 

 黒紫の雷光が大地を駆け抜けた。

 

 巨大な触手が、一瞬にして焼き切れる。

 

「……!」

 

 炭治郎が振り返る。

 

 そこに立っていたのは、全身を血に染めた男だった。

 

 黒銀の日輪刀を握り締め、肩で荒く息をしている。

 

 鳴柱――獪岳。

 

「ハッ……!」

 

 獪岳が口元から血を吐き捨てる。

 

「太陽が昇るまで……あと少しだってのに、まだこんな化け物が暴れ回りやがるか……!」

 

 その声には疲労が滲んでいた。

 

 無限城での戦い。

 

 上弦の陸との死闘。

 

 鳴女との戦い。

 

 そして、無惨との連戦。

 

 獪岳の肉体は、とっくに限界を超えていた。

 

 腕は震えている。

 

 脚には力が入りにくい。

 

 肺は焼けるように痛む。

 

 それでも――。

 

 彼は刀を握っていた。

 

「アニキ……!」

 

 背後から善逸が駆け寄る。

 

 こちらも傷だらけだった。

 

 顔には泥と血が付着し、呼吸も乱れている。

 

「もう無理だよ……! アニキの身体、限界じゃないか!」

 

「あァ?」

 

 獪岳が睨みつける。

 

「何言ってやがる、クソガキ」

 

「だって……!」

 

 善逸の声が震える。

 

「これ以上やったら、本当にアニキが……!」

 

 その言葉を聞いた獪岳は、一瞬だけ黙った。

 

 そして――。

 

「……善逸」

 

「え?」

 

「俺はな」

 

 獪岳は東の空を見上げた。

 

 そこには、確実に迫っている朝の光があった。

 

「ずっと、強くなりたかった」

 

 善逸は黙って聞いていた。

 

「弱いと思われたくなかった。誰かに見下されたくなかった。負けるのが怖かった」

 

 黒銀の日輪刀を握る手に力が入る。

 

「だから、誰よりも強くなろうとした」

 

 かつての獪岳なら、そこまでだった。

 

 自分が生き残るため。

 

 自分が認められるため。

 

 自分だけが上へ行くため。

 

 他人など、どうなっても構わない。

 

 それが、かつての獪岳だった。

 

 しかし――。

 

「……でもな」

 

 獪岳は隣に立つ善逸を見る。

 

「今は違う」

 

「アニキ……」

 

「俺が強くなった意味は、俺一人が生き残るためじゃねえ」

 

 黒紫の雷が、静かに彼の身体を包み始める。

 

「守るためだ」

 

 善逸の目が大きく見開かれた。

 

「仲間を守る。じいさんが残した雷の呼吸を守る。そして――」

 

 獪岳が無惨を睨みつける。

 

「お前を、ここで死なせねえ」

 

「……!」

 

 善逸の瞳から、一筋の涙が零れた。

 

「アニキ……」

 

「泣くな、馬鹿」

 

「泣いてない……!」

 

「嘘つけ」

 

「泣いてないって……!」

 

 ほんの僅かな時間。

 

 死闘の中に、不思議な静けさが生まれた。

 

 だが――。

 

「くだらん……!」

 

 無惨の怒声が響き渡った。

 

「人間同士で馴れ合う時間など、私には与えぬ!」

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 無惨の肉体から、今までとは比較にならない数の触手が噴き出した。

 

「全員、死ねェェェッ!!」

 

 地面が震える。

 

 空気が裂ける。

 

 逃げ場を塞ぐように、巨大な肉の刃が四方八方から迫ってきた。

 

「……来やがったな」

 

 獪岳が刀を構える。

 

「アニキ!」

 

「善逸」

 

「うん!」

 

「俺に合わせろ」

 

「……分かった!」

 

 二人が同時に呼吸を整える。

 

 ――雷の呼吸。

 

 かつて同じ師の下で学びながら、互いに相容れなかった二人。

 

 壱ノ型しか使えなかった善逸。

 

 壱ノ型だけが使えなかった獪岳。

 

 それぞれが欠けていた。

 

 だからこそ。

 

 二人で一人分の雷だった。

 

「雷の呼吸――」

 

 獪岳の黒紫の雷が激しく膨れ上がる。

 

「肆ノ型・遠雷!」

 

 ズガァァァンッ!!

 

 遠距離から放たれた黒雷の斬撃が、迫り来る触手を次々と焼き切る。

 

 しかし、無惨は止まらない。

 

「無駄だァッ!!」

 

 新たな触手が黒雷を突き破る。

 

「善逸!」

 

「任せて!」

 

 善逸が踏み込んだ。

 

 黄金の雷が一瞬で彼の身体を包み込む。

 

「雷の呼吸――」

 

 その姿が消える。

 

「壱ノ型・霹靂一閃!!」

 

 ――ズガァァァァンッ!!

 

 黄金の閃光が無惨の触手を横薙ぎに切り裂いた。

 

 しかし、それでも止まらない。

 

 無惨は肉体を瞬時に再生させながら、二人を睨みつける。

 

「たかが人間が……!」

 

「たかが人間で結構だ!」

 

 獪岳が叫ぶ。

 

「俺たちは鬼じゃねえ!」

 

 刀身に黒紫の雷が集束する。

 

「人間だからこそ――!」

 

 善逸もまた、その隣に並ぶ。

 

「朝を待てるんだ!」

 

 二人が同時に地面を蹴った。

 

「「行くぞォォォッ!!」」

 

 ――バリィィィィィンッ!!

 

 黒紫と黄金。

 

 二色の雷が交差する。

 

 獪岳が触手を斬り払い。

 

 善逸がその隙間を駆け抜ける。

 

 善逸が道を切り開き。

 

 獪岳が無惨へと肉薄する。

 

「雷の呼吸――肆ノ型!」

 

「雷の呼吸――壱ノ型!」

 

「遠雷!!」

 

「霹靂一閃!!」

 

 黒紫の雷と黄金の雷が、無惨の肉体へ同時に叩き込まれた。

 

 ――ドォォォォォンッ!!

 

「ぐおおおおおおおッ!?」

 

 無惨の身体が大きく吹き飛ぶ。

 

 触手の一部が焼き切れ、肉体が大きく裂けた。

 

「今だァッ!!」

 

 実弥が飛び込む。

 

「風の呼吸――!」

 

 義勇も続く。

 

「水の呼吸――!」

 

 行冥が鉄球を振り上げる。

 

「南無阿弥陀仏……!」

 

 炭治郎も刀を構える。

 

「みんなで繋ぐんだ!」

 

 鬼殺隊の猛攻が一斉に無惨へ集中する。

 

 その中心で、獪岳と善逸はさらに踏み込んだ。

 

「まだだ……!」

 

 獪岳の全身から、黒紫の雷が爆発的に迸る。

 

 バチバチバチバチッ!!

 

「まだ終わっちゃいねえ……!」

 

 血管が浮き上がる。

 

 筋肉が悲鳴を上げる。

 

 肺が裂けそうになる。

 

 それでも――。

 

「俺は鳴柱だァッ!!」

 

 獪岳が吼えた。

 

「雷の呼吸――異形……!」

 

 善逸がその隣で叫ぶ。

 

「アニキ!」

 

「合わせろォッ!!」

 

「うん!!」

 

 二人が同時に刀を振り抜いた。

 

「「火雷神――ッ!!」」

 

 ――ドッッッッ!!!!

 

 黄金と黒紫の雷光が一つになる。

 

 巨大な雷柱となって無惨を貫き、肉の壁を焼き払い、地面を一直線に抉っていく。

 

「ぐ……おおおおおおッ!!」

 

 無惨が咆哮する。

 

 その肉体の一部が大きく吹き飛んだ。

 

 だが――。

 

 無惨は死なない。

 

 再生する。

 

 それでも。

 

 ほんの僅かに。

 

 無惨の動きが止まった。

 

「……!」

 

 東の空。

 

 そこから、一条の光が差し込んだ。

 

 夜明けの光だった。

 

「朝が……!」

 

 炭治郎が叫ぶ。

 

「来るぞォォォッ!!」

 

 実弥が咆哮する。

 

 獪岳は刀を握ったまま、その光を見つめていた。

 

「……へっ」

 

 そして――。

 

 身体から、一気に力が抜ける。

 

「アニキッ!」

 

 善逸が慌てて駆け寄った。

 

 獪岳の身体が前へ崩れ落ちる。

 

 善逸は必死にその身体を抱き留めた。

 

「アニキ! アニキッ!」

 

「……騒ぐな、クソガキ」

 

「でも……!」

 

「まだ戦え……る……」

 

「嘘だよ……!」

 

 善逸の声が震える。

 

 獪岳はそんな弟弟子を見て、僅かに笑った。

 

「……俺は……ちゃんと……やれたか?」

 

「……うん」

 

 善逸は涙を流しながら頷く。

 

「やれたよ……! アニキは、ちゃんとみんなを守った……!」

 

「……そうか」

 

 獪岳の表情が、ほんの僅かに緩んだ。

 

「なら……十分だ」

 

 東の空が、さらに明るくなる。

 

 赤い光が地平線から広がっていく。

 

 善逸は獪岳の身体をしっかりと支えたまま、その光を見上げた。

 

「アニキ……見て」

 

「あァ……?」

 

「朝だよ」

 

 獪岳はゆっくりと顔を上げる。

 

 そこには、長い夜の終わりを告げる光があった。

 

「……綺麗だな」

 

 その声は、これまでの獪岳からは想像もできないほど穏やかだった。

 

 しかし。

 

 戦いは、まだ終わっていない。

 

 無惨は立っている。

 

 鬼殺隊もまた、刀を握っている。

 

 そして――。

 

 太陽は、ついに地平線から姿を現そうとしていた。

 

 鳴柱・獪岳が放った最後の雷。

 

 その一撃は、無惨を倒すための決定打ではなかった。

 

 だが確かに――。

 

 夜明けへ続く道を、仲間たちのために切り開いた。

 

「……行け、善逸」

 

 獪岳が小さく呟く。

 

「最後まで……雷を響かせろ」

 

「……うん!」

 

 善逸は涙を拭った。

 

 そして立ち上がる。

 

「任せてよ、アニキ」

 

 黄金の雷が、再びその身体を包む。

 

 東の空から差し込む朝日に向かって――。

 

 雷の兄弟弟子の戦いは、最後の局面へと突入していった。

 

 

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