『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第23話 泣き虫な弟弟子

「兄貴ぃぃぃぃ!!」

 

朝の山中に、善逸の絶叫が響き渡った。

 

獪岳は眉間を押さえる。

 

「……朝っぱらからうるせぇな」

 

「だってぇ!」

 

善逸は半泣きで獪岳に駆け寄ってくる。

 

「師匠が今日の修行、山の中でやるって!」

 

「それがどうした」

 

「蛇がいるかもしれない!」

 

「いるかもしれんな」

 

「鬼も!?」

 

「いるかもしれん」

 

「熊は!?」

 

「いるかもしれん」

 

「嫌だぁぁぁ!!」

 

善逸は獪岳の羽織を掴んだ。

 

「兄貴、一緒に行ってよ!」

 

「最初からそのつもりだ」

 

「……本当?」

 

「ああ」

 

「絶対?」

 

「絶対だ」

 

「置いていかない?」

 

「置いていかねぇよ」

 

善逸はほっと胸を撫で下ろした。

 

「よかったぁ……」

 

「ただし」

 

「?」

 

「修行からは逃げるな」

 

「…………」

 

善逸の顔が固まる。

 

「それは無理かも」

 

「なら走れ」

 

「鬼ぃぃぃ!」

 

獪岳は善逸の背中を軽く叩いた。

 

「行くぞ、弟弟子」

 

「……うん!」

 

 

今日の修行は、山中での実戦形式だった。

 

桑島は二人に木刀を渡す。

 

「山では道場のように平らな場所ばかりではない」

 

「はい」

 

獪岳は周囲を見る。

 

木々。

 

斜面。

 

岩。

 

濡れた土。

 

「敵はどこから来るか分からん」

 

桑島は続ける。

 

「足場も悪い」

 

「…………」

 

「ならば、その状況そのものを利用せよ」

 

善逸は震えながら頷いた。

 

「はい……」

 

「善逸」

 

「はい!」

 

「何故震えておる?」

 

「怖いからです!」

 

「そうか」

 

桑島はあっさり頷いた。

 

「ならば、その恐怖を抱えたまま戦え」

 

「えっ」

 

「怖くなくなるまで待っていては、何も守れん」

 

善逸は黙った。

 

「…………」

 

獪岳が横から言う。

 

「師匠の言う通りだ」

 

「兄貴は怖くないの?」

 

「怖いぞ」

 

「え!?」

 

善逸が目を丸くする。

 

「兄貴も怖いの!?」

 

「ああ」

 

「嘘だ!」

 

「嘘じゃねぇ」

 

獪岳は山の奥を見る。

 

「怖いから鍛えるんだ」

 

「…………」

 

「怖いから、逃げない」

 

善逸はしばらく獪岳を見つめていた。

 

「……兄貴、すごいね」

 

「何言ってる」

 

獪岳は歩き出す。

 

「ほら、行くぞ」

 

「うん!」

 

 

修行開始。

 

獪岳は斜面を駆ける。

 

善逸も必死についていく。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「遅い!」

 

「兄貴速い!」

 

「足元を見るな!」

 

「え?」

 

「前だけを見るな。周囲を見ろ!」

 

善逸が慌てて周囲を見る。

 

その瞬間。

 

――ガサッ!

 

「ひぃっ!」

 

草むらから小さな蛇が飛び出した。

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

善逸が獪岳に飛びつく。

 

「兄貴ぃぃぃ!」

 

「……」

 

獪岳は無言で蛇を見る。

 

蛇はそのまま草むらへ消えていった。

 

「蛇だ」

 

「分かってるよぉ!」

 

「別に襲ってこねぇだろ」

 

「怖いものは怖いの!」

 

「……そうかよ」

 

獪岳はため息をつく。

 

だが。

 

善逸の頭を軽く叩いた。

 

「行くぞ」

 

「うん……」

 

 

昼。

 

二人は山中の広場で休憩していた。

 

善逸は座り込んでいる。

 

「疲れた……」

 

「まだ昼だぞ」

 

「もう無理……」

 

「昨日も同じこと言ってたな」

 

「昨日は昨日、今日は今日!」

 

「都合のいい奴だな」

 

「兄貴は厳しすぎるよ!」

 

善逸が頬を膨らませる。

 

獪岳は水筒を渡した。

 

「飲め」

 

「ありがとう」

 

「ゆっくり飲め」

 

「うん」

 

善逸は水を飲む。

 

そして。

 

「……兄貴」

 

「何だ」

 

「僕、本当に強くなれるのかな」

 

突然。

 

弱々しい声になった。

 

獪岳は黙る。

 

「僕ってさ」

 

善逸は俯く。

 

「すぐ怖くなるし」

 

「…………」

 

「すぐ泣くし」

 

「…………」

 

「修行も嫌になるし」

 

「…………」

 

「僕なんかが鬼殺隊に入って、本当に役に立つのかな」

 

獪岳はしばらく何も言わなかった。

 

そして。

 

「善逸」

 

「……うん」

 

「顔を上げろ」

 

善逸が顔を上げる。

 

「泣いていい」

 

「……え?」

 

「怖くてもいい」

 

「…………」

 

「逃げたくなってもいい」

 

「…………」

 

「だが」

 

獪岳は善逸の目を見る。

 

「最後の一歩だけは、逃げるな」

 

「…………」

 

「それができればいい」

 

善逸の目に涙が溜まる。

 

「でも……」

 

「何だ」

 

「僕、怖い」

 

「知ってる」

 

「死にたくない」

 

「俺もだ」

 

「…………」

 

「だから、生き残れるくらい強くなる」

 

善逸は黙った。

 

涙が頬を伝う。

 

「兄貴……」

 

「泣くなら好きなだけ泣け」

 

「……うん」

 

「ただし」

 

獪岳は立ち上がる。

 

「泣き終わったら修行だ」

 

「やっぱりぃぃぃ!?」

 

 

午後。

 

修行再開。

 

善逸は泣きながら走った。

 

「うわぁぁぁん!」

 

「泣くな!」

 

「無理ぃ!」

 

「なら泣きながら走れ!」

 

「はいぃぃ!」

 

獪岳は呆れながらも。

 

少しだけ笑っていた。

 

やがて。

 

善逸が足を取られた。

 

「うわっ!」

 

――ドサッ!

 

転倒。

 

「…………」

 

善逸は地面に倒れたまま動かない。

 

「善逸」

 

「…………」

 

「立て」

 

「……もう無理」

 

「立て」

 

「足が痛い」

 

「見せろ」

 

獪岳がしゃがみ込む。

 

善逸の足首を見る。

 

少し擦りむいている。

 

「大したことねぇ」

 

「でも痛い」

 

「知ってる」

 

獪岳は善逸の手を取った。

 

「ほら」

 

「……?」

 

「掴まれ」

 

「うん」

 

獪岳が引っ張る。

 

善逸が立ち上がる。

 

「……ありがとう」

 

「礼はいい」

 

「兄貴」

 

「何だ」

 

「もう一回、走る」

 

「…………」

 

獪岳は笑った。

 

「そうこなくちゃな」

 

 

夕方。

 

修行を終えた二人。

 

善逸は疲れ果てていた。

 

だが。

 

朝とは少し違う。

 

「今日は……逃げなかった」

 

「ああ」

 

「蛇は怖かったけど」

 

「ああ」

 

「転んだけど」

 

「ああ」

 

「泣いたけど」

 

「いつものことだ」

 

「ひどい!」

 

善逸が叫ぶ。

 

獪岳は笑った。

 

「でもな」

 

「うん」

 

「最後まで走った」

 

善逸は嬉しそうに笑った。

 

「……うん!」

 

「それでいい」

 

獪岳は善逸の頭に手を置く。

 

「よくやった」

 

「…………!」

 

善逸は固まる。

 

「兄貴……」

 

「何だ」

 

「もう一回言って」

 

「嫌だ」

 

「なんで!?」

 

「調子に乗るからだ」

 

「お願い!」

 

「嫌だ」

 

「兄貴ぃ!」

 

「うるせぇ」

 

二人の声が山に響く。

 

 

その夜。

 

善逸は布団の中で考えていた。

 

自分は弱い。

 

怖がりだ。

 

泣き虫だ。

 

すぐ逃げたくなる。

 

それでも。

 

今日。

 

一度も最後まで逃げなかった。

 

「……僕も」

 

善逸は小さく呟く。

 

「兄貴みたいになりたい」

 

だが。

 

その気持ちは。

 

いつしか別の形へ変わっていく。

 

兄と同じではなく。

 

兄とは違う。

 

自分だけの雷を。

 

自分だけの強さを。

 

善逸はまだ知らない。

 

やがて自分が。

 

誰よりも速い雷を生み出すことを。

 

そして獪岳もまた。

 

弟弟子が自分とは違う道を進むことを。

 

まだ知らなかった。

 

ただ今は。

 

同じ師のもとで。

 

同じ雷を学ぶ。

 

二人の兄弟弟子だった。

 

【大正コソコソ噂話】

 

善逸は泣き虫だった。

 

しかし。

 

獪岳が善逸の涙を馬鹿にすることはなかったという。

 

「泣くこと自体は弱さじゃない」

 

と、獪岳は言っていた。

 

「泣いた後にどうするかが大事だ」

 

その言葉を善逸はずっと覚えていた。

 

ちなみに。

 

善逸が感動して、

 

「兄貴ぃぃぃ! 大好き!」

 

と抱きつこうとしたところ。

 

獪岳は、

 

「暑苦しい!」

 

と逃げた。

 

しかし。

 

翌日、善逸が一人で落ち込んでいると。

 

何も言わず隣に座ってやっていたという。

 

桑島曰く。

 

「獪岳は口が悪いが、面倒見は良い」

 

とのこと。

 

そして善逸曰く。

 

「世界一怖くて、世界一優しい自慢の兄貴!」

 

だったそうだ。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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