『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第九話 慈雨、夜明けを呼ぶ

 東の空が、完全な朝へと変わろうとしていた。

 

 夜の闇はすでに薄れ、地平線の向こうから差し込む光が、戦場を少しずつ黄金色へと染め上げている。

 

 しかし――。

 

 その光を拒むように、鬼舞辻無惨はなおも蠢いていた。

 

「ぐ……っ! まだだ……!」

 

 焼け爛れ、幾度となく斬り刻まれた肉体。

 

 帝釈天によって内部を穿たれ、日の呼吸によって焼かれ、炎と毒、そして柱たちの総攻撃を浴びた身体は、もはやかつての威厳など微塵も残っていない。

 

 それでも無惨は死なない。

 

 否。

 

 死を拒絶していた。

 

「私は……鬼の始祖だ……!」

 

 ずるり。

 

 巨大な肉塊が地面を這う。

 

「千年だ……千年以上もの間、私は生き続けてきた……!」

 

 無惨の腕が伸びる。

 

 その先には、まだ動ける鬼殺隊士たちがいた。

 

「こんなところで……人間ごときに……!」

 

 最後の力を振り絞った触手が、大地を抉りながら伸びていく。

 

「逃がさない!」

 

 炭治郎が叫んだ。

 

「お前を、ここから先へは行かせない!」

 

 日輪刀を握り直す。

 

 指は震えている。

 

 身体は限界を超えている。

 

 それでも立つ。

 

 その背後には、仲間たちがいる。

 

「炭治郎!」

 

 善逸が叫ぶ。

 

「あと少しだよ!」

 

 その隣では――。

 

 鳴柱・獪岳が黒銀の日輪刀を構えていた。

 

「クソ鬼が……」

 

 黒紫の雷が、弱々しくも刀身を走る。

 

「最後まで往生際が悪ぃな」

 

 獪岳は無惨を睨みつける。

 

 その横顔には、かつてのような強さへの渇望だけではない。

 

 守るべきものを持つ者の覚悟があった。

 

 ふと、獪岳の視線が後方へ向く。

 

 そこには――。

 

 蟲柱・胡蝶しのぶ。

 

 そして、花柱・胡蝶カナエがいた。

 

 しのぶもまた、傷だらけの身体で刀を構えている。

 

 獪岳としのぶの視線が、一瞬だけ交わった。

 

「獪岳……」

 

「しのぶ」

 

「無茶はしないでくださいね」

 

「お前もな」

 

「私はいつも通りです」

 

「……それが心配なんだよ」

 

 しのぶが微笑む。

 

「ふふ……恋人の心配ですか?」

 

「当たり前だろ」

 

 獪岳の耳が僅かに赤くなる。

 

「……こんな時に言うな」

 

「こんな時だからです」

 

 その二人を見て、カナエが優しく微笑む。

 

「二人とも、本当に仲が良いわね」

 

「姉さんまで……!」

 

 しのぶが頬を赤くする。

 

 獪岳も気まずそうに顔を逸らした。

 

「……戦いが終わったら、いくらでもからかってください」

 

「ええ。約束しましょう」

 

 カナエが笑う。

 

 しかし、その直後――。

 

「黙れェェェェッ!!」

 

 無惨の咆哮が轟いた。

 

 無数の触手が一斉に放たれる。

 

「死ねェェェッ!!」

 

「来るぞ!」

 

 獪岳が叫ぶ。

 

「雷の呼吸・改――!」

 

 バチィィィッ!!

 

 雷光が走る。

 

「『迅雷・閃々』!」

 

 獪岳の身体が一瞬で消えた。

 

 無数の触手を斬り払い、仲間たちへの道を切り開く。

 

「獪岳!」

 

 しのぶが叫ぶ。

 

「大丈夫だ!」

 

「無理して笑わないでください!」

 

「……!」

 

 獪岳の動きが僅かに止まる。

 

 それは、かつてしのぶから言われた言葉だった。

 

 無理して笑うな。

 

 辛いなら辛いと言えばいい。

 

 一人で背負わなくていい。

 

 その言葉が、今も獪岳の心に残っている。

 

「……分かってる」

 

 獪岳は静かに答えた。

 

「お前がいるからな」

 

「……はい」

 

 二人の視線が交わる。

 

 それだけで十分だった。

 

 無惨が再び肉体を膨張させる。

 

「小賢しい……!」

 

 巨大な肉塊が大地を覆い尽くす。

 

「人間風情が、私に逆らうなァァァッ!!」

 

「逆らうさ」

 

 獪岳が刀を構える。

 

「俺たちは、お前に奪われた命を背負ってここにいる」

 

 善逸が隣へ並ぶ。

 

「俺もいるよ、アニキ!」

 

「……ああ」

 

 獪岳が頷く。

 

「行くぞ、善逸」

 

「うん!」

 

 二人の雷が重なる。

 

「雷の呼吸!」

 

「雷の呼吸・改!」

 

 閃光が戦場を駆け抜ける。

 

「『霹靂一閃』!」

 

「『雷龍』!」

 

 轟音とともに、無惨の肉体が大きく切り裂かれる。

 

「ぐおおおおおッ!!」

 

「今だ!」

 

 炭治郎が駆ける。

 

「日の呼吸――!」

 

 炎のような斬撃が無惨を斬り裂く。

 

 煉獄が続く。

 

「炎の呼吸!」

 

 実弥が吠える。

 

「風の呼吸!」

 

 行冥が鎖を振るう。

 

 そして――。

 

 カナエとしのぶが同時に踏み込んだ。

 

「花の呼吸――!」

 

「蟲の呼吸――!」

 

 花びらと蝶のような斬撃が無惨の肉体を切り裂いていく。

 

「ぐっ……!」

 

 無惨が後退する。

 

「おのれ……!」

 

 だが、まだ倒れない。

 

 その姿を見て、しのぶは刀を握り直した。

 

「……しぶといですね」

 

「だからこそ、ここで終わらせる」

 

 獪岳が答える。

 

「俺たち全員でな」

 

「はい」

 

 しのぶが微笑む。

 

「一緒に」

 

「ああ」

 

 二人が並ぶ。

 

 恋人として。

 

 柱として。

 

 そして――。

 

 同じ未来を望む者として。

 

     ◇

 

「もう……時間がない」

 

 炭治郎が空を見る。

 

 東の空が、さらに明るくなっている。

 

 無惨もそれを理解していた。

 

「太陽が……!」

 

 無惨の顔が歪む。

 

「まだだ!」

 

 無惨は巨大な肉塊へと姿を変える。

 

「私は死なぬ!」

 

 触手が天へ伸びる。

 

「私は永遠だ!」

 

 その言葉を聞いて――。

 

 獪岳が吐き捨てる。

 

「永遠なんてものがあると思ってんのか」

 

 無惨が獪岳を見る。

 

「何……?」

 

「俺も昔は、強ささえあれば何でも手に入ると思ってた」

 

 獪岳は刀を握る。

 

「けど違った」

 

 しのぶを見る。

 

 しのぶも獪岳を見つめ返す。

 

「強さは――」

 

 獪岳の声が響く。

 

「大切な奴を守るために使うもんだ」

 

「……獪岳」

 

「だから俺は、お前を倒す」

 

 雷光が刀身を包む。

 

「しのぶが明日を生きられるようにな」

 

 しのぶの瞳に涙が浮かぶ。

 

「……本当に、あなたは」

 

「何だよ」

 

「優しくなりましたね」

 

「……うるせぇ」

 

 獪岳の耳が赤くなる。

 

「終わったら……ちゃんと褒めてください」

 

「ええ」

 

 しのぶは微笑んだ。

 

「たくさん褒めます」

 

 その瞬間。

 

「私もいますよ」

 

 カナエが二人の隣へ立った。

 

「姉さん……」

 

「私も、しのぶと獪岳君の未来を守りたいもの」

 

 カナエは穏やかに笑う。

 

「だから――終わらせましょう」

 

 三人の柱が並ぶ。

 

 その前に、炭治郎、善逸、煉獄、実弥、行冥、義勇たちが立つ。

 

 最後の総攻撃。

 

 全員が刀を構えた。

 

     ◇

 

「――もういい」

 

 その声が響いた。

 

 水柱・冨岡義勇が、一歩前へ出る。

 

「義勇さん……?」

 

 義勇は答えなかった。

 

 ただ静かに刀を構える。

 

 無惨の咆哮。

 

 崩れ落ちる瓦礫。

 

 燃え盛る炎。

 

 雷鳴。

 

 仲間たちの荒い呼吸。

 

 それらすべてが、義勇の周囲だけは遠い世界の出来事のように感じられた。

 

 義勇は目を閉じる。

 

 そして、深く息を吸った。

 

「……長かったな」

 

 錆兎。

 

 真菰。

 

 姉。

 

 仲間たち。

 

 これまで命を散らした数え切れない鬼殺隊士たち。

 

 彼らの想いを背負い、義勇は静かに目を開いた。

 

「終わらせる」

 

 無惨が咆哮する。

 

「私を斬るだと……!?」

 

 肉の触手が一斉に義勇へ襲いかかる。

 

「人間風情がァァァッ!!」

 

 その瞬間。

 

 義勇の姿が消えた。

 

「水の呼吸――」

 

 静かな声。

 

「拾壱ノ型――」

 

 水面を撫でるような、柔らかな斬撃が走る。

 

「干天の慈雨」

 

 スゥ――。

 

 世界から音が消えた。

 

 荒れ狂っていた触手が、義勇の刀に触れた瞬間、力を失う。

 

 斬撃は無惨をただ切り刻むためのものではない。

 

 怒りも。

 

 憎しみも。

 

 殺意も。

 

 すべてを静かに受け流す。

 

 まるで、乾ききった大地へ優しい雨が降り注ぐような一太刀。

 

「な……に……?」

 

 無惨の赤い瞳が揺れた。

 

「私の……力が……」

 

 義勇が静かに告げる。

 

「お前の力は、もう誰にも届かない」

 

「ふざけるなァァァッ!!」

 

 無惨が最後の力を振り絞る。

 

 巨大な肉塊が膨張する。

 

「私は死なぬ!」

 

 触手が天へ伸びる。

 

「私は永遠だ!」

 

 義勇は僅かに目を伏せる。

 

「……永遠などない」

 

 そして刀を納める。

 

「人も、鬼も」

 

 無惨の身体が朝日に照らされる。

 

「夜も、いつか明ける」

 

 その瞬間だった。

 

 東の空から――。

 

 完全な太陽が昇った。

 

     ◇

 

「――あ……」

 

 無惨の声が止まった。

 

 眩い陽光が、戦場のすべてを照らし出す。

 

 無惨の肉体が、光を浴びた箇所から崩れ始めた。

 

「ぐ……!」

 

 黒い煙が噴き出す。

 

「嫌だ……!」

 

 皮膚が灰へ変わる。

 

「嫌だァァァッ!!」

 

 腕が崩れた。

 

 脚が崩れた。

 

 胸が崩れた。

 

「私は……!」

 

 無惨は必死に地面へしがみつこうとする。

 

「私は……死なぬ……!」

 

 だが、その指先さえも灰となって風に舞う。

 

 そして――。

 

 鬼舞辻無惨は、完全に消滅した。

 

     ◇

 

「…………」

 

 誰も叫ばなかった。

 

 誰も勝利を誇らなかった。

 

 ただ、朝日を見つめていた。

 

「……朝だ」

 

 炭治郎が呟く。

 

「うん……」

 

 善逸も頷く。

 

「朝だよ」

 

 獪岳は黙って黒銀の日輪刀を見つめる。

 

 刀身に黄金色の朝陽が映っている。

 

「……じいさん」

 

 小さく呟いた。

 

「終わったぜ」

 

 善逸が微笑む。

 

「聞こえてるよ、きっと」

 

 獪岳は何も言わない。

 

 ただ、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

     ◇

 

 その時。

 

「獪岳」

 

 しのぶの声がした。

 

「……しのぶ?」

 

 振り返る。

 

 しのぶがこちらへ歩いてくる。

 

 そして――。

 

 獪岳の胸に飛び込んだ。

 

「……!」

 

 獪岳は驚きながらも、すぐに彼女を抱き止める。

 

「無事で……よかった……」

 

 しのぶの声が震えている。

 

「あなたが死んでしまったら……私は……」

 

「……死なねぇよ」

 

「どうして?」

 

「約束しただろ」

 

 獪岳はしのぶの頭に手を置く。

 

「お前と一緒に生きるって」

 

 しのぶは黙った。

 

 そして――。

 

 獪岳の胸へ顔を埋めた。

 

「……はい」

 

 小さな声。

 

「約束です」

 

「……ああ」

 

 獪岳は彼女を抱きしめる。

 

 もう、無理に強がる必要はない。

 

 もう、一人で背負う必要もない。

 

 しのぶがいる。

 

 守りたい人がいる。

 

 共に歩きたい未来がある。

 

 少し離れた場所から、カナエが二人を見つめていた。

 

「ふふ……」

 

「姉さん」

 

 しのぶが振り返る。

 

 カナエは優しく笑った。

 

「良かったわね、しのぶ」

 

「……はい」

 

「獪岳君も」

 

「……はい」

 

 獪岳が答える。

 

 カナエは二人を見ながら、静かに朝陽を見上げた。

 

 かつて自分が失うはずだった未来。

 

 しのぶが憎しみに囚われるはずだった未来。

 

 獪岳が孤独の中で強さだけを追い求め続けるはずだった未来。

 

 それらは――。

 

 確かに変わった。

 

 誰かが手を差し伸べたから。

 

 誰かが誰かを想ったから。

 

 そして、諦めなかったから。

 

「これからは――」

 

 カナエが呟く。

 

「誰もが、この朝を生きていけるのね」

 

「ええ」

 

 しのぶが答える。

 

「私たちが守った未来です」

 

 獪岳も空を見上げた。

 

「……長かったな」

 

「はい」

 

 しのぶが隣に立つ。

 

「でも、終わりました」

 

「ああ」

 

 獪岳は彼女の手を握った。

 

「ここからは――俺たちの人生だ」

 

 しのぶが微笑む。

 

「一緒に歩きましょう」

 

「……ああ」

 

 二人の手が、固く重なる。

 

 暖かな風が戦場を吹き抜ける。

 

 血と炎と鬼の気配に満ちていた場所に、鳥の声が響いた。

 

 新しい朝が来た。

 

 誰かが守った朝。

 

 誰かが命を懸けて繋いだ朝。

 

 そして――。

 

 これから生き残った者たちが歩いていくための朝。

 

 千年に及ぶ鬼と人間の戦いは、ついに終わりを迎えた。

 

 ――夜明けを呼んだのは、一人の英雄ではなかった。

 

 炭治郎が。

 

 善逸が。

 

 獪岳が。

 

 しのぶが。

 

 カナエが。

 

 義勇が。

 

 煉獄が。

 

 実弥が。

 

 行冥が。

 

 そして、命を懸けて戦ったすべての者たちが。

 

 誰かを想い、誰かを守り、命を繋いだ。

 

 その想いが積み重なった先で――。

 

 太陽は、再び昇った。

 

 そして、獪岳としのぶは並んで歩き出す。

 

 鳴柱と蟲柱としてではない。

 

 ただ一人の男と、一人の女として。

 

 これから始まる平和な時代を――。

 

 愛する人と共に生きるために。

 

 

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