『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

25 / 26
第25話 「俺が兄貴だ」

夕暮れの道場。

 

修行を終えた善逸は、畳の上に大の字になって倒れていた。

 

「……もう……無理……」

 

「大袈裟だ」

 

木刀を片付けながら、獪岳が言う。

 

「今日は昨日より十回多く素振りしただけだ」

 

「その『だけ』がきついんだよぉ……!」

 

「鬼は十回待ってくれるのか?」

 

「鬼の話を出すなぁ!」

 

善逸が飛び起きる。

 

「怖いだろ!」

 

「だったら強くなれ」

 

「兄貴は本当に容赦ない!」

 

「それが嫌なら辞めろ」

 

「……嫌だ」

 

善逸は俯いた。

 

「……辞めたくない」

 

獪岳の手が止まる。

 

「そうか」

 

「うん」

 

善逸は小さく笑った。

 

「兄貴と一緒にいたいから」

 

「…………」

 

「師匠も好きだし、修行も……まあ、嫌だけど」

 

「嫌なのかよ」

 

「でも、兄貴がいるなら頑張れる」

 

獪岳は何も言わなかった。

 

「……馬鹿」

 

小さく呟く。

 

「え?」

 

「何でもねぇ」

 

 

その日の夜。

 

夕食の席。

 

桑島、獪岳、善逸の三人が並んでいた。

 

「いただきます!」

 

善逸が勢いよく箸を伸ばす。

 

「こら」

 

獪岳が箸で止めた。

 

「師匠がまだ食べてねぇだろ」

 

「……あ」

 

善逸が桑島を見る。

 

「すみません!」

 

「構わん構わん」

 

桑島は笑った。

 

「食べ盛りなのじゃから、腹が減るのも当然じゃ」

 

「ありがとうございます!」

 

善逸が嬉しそうに食べ始める。

 

獪岳は呆れた顔をしながら、その様子を見ていた。

 

「……よく食うな」

 

「だって修行したらお腹減るもん!」

 

「なら残すなよ」

 

「残さない!」

 

「本当だろうな」

 

「本当!」

 

桑島はそんな二人を見ながら、静かに微笑んでいた。

 

まるで。

 

本当の兄弟を見るように。

 

 

その数日後。

 

事件が起きた。

 

善逸が道場からいなくなった。

 

「…………」

 

獪岳は山道を睨んでいた。

 

「師匠」

 

「うむ」

 

「善逸は?」

 

「まだ戻っておらん」

 

「…………」

 

獪岳は拳を握る。

 

「探してきます」

 

「獪岳」

 

「何です?」

 

「無茶はするな」

 

「分かっています」

 

獪岳は走り出した。

 

「善逸!」

 

山中に声が響く。

 

「どこだ!」

 

返事はない。

 

「善逸!」

 

さらに奥へ進む。

 

すると。

 

「……ひっ……」

 

かすかな声が聞こえた。

 

獪岳は振り返る。

 

「善逸!」

 

木の陰。

 

そこに善逸がいた。

 

膝を抱えて震えている。

 

「……兄貴」

 

「何してる!」

 

獪岳が駆け寄る。

 

「……鬼がいると思って……」

 

「だから逃げたのか?」

 

「うん……」

 

「一人で?」

 

「……ごめん」

 

獪岳は深く息を吐いた。

 

「……怪我は?」

 

「ない」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

獪岳は善逸の腕や足を確認する。

 

傷はない。

 

それを確認して。

 

ようやく安堵した。

 

「……よかった」

 

「兄貴?」

 

獪岳は善逸の頭を掴んだ。

 

「心配させるな!」

 

「ご、ごめん!」

 

「師匠も心配してる!」

 

「……うん」

 

「勝手にいなくなるな!」

 

「……うん」

 

善逸の目に涙が浮かぶ。

 

「……ごめんなさい」

 

獪岳はそこで黙った。

 

怒りより。

 

心配の方が大きかった。

 

「……帰るぞ」

 

「うん」

 

獪岳が背を向ける。

 

「ほら」

 

「……?」

 

「乗れ」

 

「え?」

 

「歩けないんだろ」

 

「……いいの?」

 

「早くしろ」

 

善逸は恐る恐る獪岳の背中に乗った。

 

「……重くない?」

 

「軽い」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

善逸は獪岳の背中に顔を埋める。

 

「……兄貴」

 

「何だ」

 

「ありがとう」

 

「…………」

 

「迎えに来てくれて」

 

「当然だ」

 

「どうして?」

 

獪岳は少しだけ歩みを止めた。

 

そして。

 

静かに答えた。

 

「俺が兄貴だからだ」

 

「…………」

 

善逸の目が大きくなる。

 

「兄貴……」

 

「弟弟子を放っておけるか」

 

「…………」

 

「お前がどれだけ泣いても」

 

「うん」

 

「どれだけ怖がっても」

 

「うん」

 

「どれだけ逃げても」

 

「…………」

 

「俺は迎えに行く」

 

善逸の目から。

 

涙が零れた。

 

「……兄貴ぃ」

 

「泣くな」

 

「だって……!」

 

「泣くなら背中で泣け」

 

「……うん」

 

善逸は獪岳の背中にしがみついた。

 

「……大好き」

 

「聞こえねぇ」

 

「兄貴、大好き!」

 

「声がでけぇ!」

 

山の中に。

 

二人の声が響いた。

 

 

寺に戻ると。

 

桑島が玄関で待っていた。

 

「ただいま……」

 

善逸が小さく言う。

 

桑島は二人を見る。

 

「帰ったか」

 

「……はい」

 

獪岳が頭を下げる。

 

「申し訳ありません。俺がもっと早く気づくべきでした」

 

「獪岳」

 

「はい」

 

「お前の責任ではない」

 

「…………」

 

「善逸も」

 

「はい……」

 

「怖かったのじゃろう」

 

「……はい」

 

「ならば次は、怖くても誰かに伝えるのじゃ」

 

善逸は頷いた。

 

「はい」

 

桑島は二人を見つめる。

 

「お前たちは兄弟弟子じゃ」

 

「…………」

 

「互いに支え合え」

 

「はい」

 

「はい!」

 

二人の声が重なった。

 

 

その夜。

 

善逸は布団の中で眠れずにいた。

 

昼間のことを思い出す。

 

「俺が兄貴だからだ」

 

獪岳の言葉。

 

胸の奥が温かくなる。

 

「……兄貴」

 

隣の部屋から。

 

獪岳の声が聞こえた。

 

「まだ起きてるのか?」

 

「うん」

 

「早く寝ろ」

 

「兄貴」

 

「何だ」

 

「……明日も修行、一緒?」

 

「当たり前だろ」

 

「……そっか」

 

善逸は笑う。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

「ああ」

 

「兄貴」

 

「今度は何だ」

 

「……ありがとう」

 

少しの沈黙。

 

「……おやすみ、善逸」

 

「うん」

 

その声を聞いて。

 

善逸はようやく目を閉じた。

 

 

翌朝。

 

「兄貴ぃぃぃ!」

 

「何だ!」

 

「今日の朝飯、俺が作る!」

 

「やめろ!」

 

「なんで!?」

 

「前に飯を焦がしただろ!」

 

「今日は大丈夫!」

 

「信用できねぇ!」

 

「兄貴ぃ!」

 

道場に。

 

いつもの声が響く。

 

桑島は笑っていた。

 

「賑やかになったものじゃ」

 

そして獪岳も。

 

口では文句を言いながら。

 

その表情は穏やかだった。

 

前世の記憶を持って。

 

この世界に転生した。

 

獪岳は知っている。

 

この弟弟子には。

 

原作で待っている過酷な未来がある。

 

だが。

 

「…………」

 

獪岳は善逸を見る。

 

絶対に。

 

同じ未来にはしない。

 

善逸が泣いても。

 

逃げても。

 

怯えても。

 

最後には必ず。

 

自分が手を伸ばす。

 

「俺が兄貴だ」

 

その言葉に。

 

もう一つの意味を込めて。

 

――弟弟子を守る。

 

それが。

 

獪岳がこの世界で選んだ生き方だった。

 

【大正コソコソ噂話】

 

善逸が初めて本格的に獪岳へ懐いたきっかけは、「俺が兄貴だからだ」という言葉だったらしい。

 

以来。

 

善逸は事あるごとに、

 

「兄貴!」

 

と呼ぶようになった。

 

朝。

 

「兄貴、おはよう!」

 

昼。

 

「兄貴、お腹空いた!」

 

修行中。

 

「兄貴、助けて!」

 

夜。

 

「兄貴、おやすみ!」

 

あまりにも呼ぶので、ある日獪岳が、

 

「一日何回『兄貴』って言えば気が済むんだ!」

 

と怒ったところ。

 

善逸は真顔で、

 

「数えてない!」

 

と答えた。

 

なお。

 

桑島が後で数えたところ。

 

その日は実に――三十七回。

 

獪岳は、

 

「……もう好きにしろ」

 

と諦めたそうだ。

 

しかし。

 

善逸が本当に困った時だけは。

 

何度呼ばれても。

 

必ず、

 

「どうした、善逸」

 

と返事をする。

 

それが獪岳だった。

 

――大正コソコソ噂話・終。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。