『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第3話 絶対に金は盗まない

夜が明けた。

 

寺は、何事もなかったかのように静まり返っている。

 

「…………」

 

獪岳は縁側に座り、膝を抱えていた。

 

結局、昨夜は何も起こらなかった。

 

鬼の姿もない。

 

異変もない。

 

子供たちは全員無事。

 

「……まだだ」

 

だが、獪岳は安心していなかった。

 

原作の記憶と照らし合わせる。

 

「問題は、これからだ」

 

寺の悲劇は、一夜で終わるものではない。

 

そして――。

 

「金だ」

 

獪岳は嫌そうに顔をしかめた。

 

原作の獪岳が寺の金を盗んだこと。

 

それが悲劇の直接的な引き金になった。

 

「……絶対に盗まねぇ」

 

拳を握る。

 

「一銭たりとも盗まねぇぞ」

 

前世の自分なら、そもそも盗む理由などない。

 

だが、今の身体は獪岳。

 

原作の獪岳が抱えていた感情も、時折、自分の中に流れ込んでくる。

 

「金が欲しい」

 

「認められたい」

 

「俺だけが損をするのは嫌だ」

 

そんな感情。

 

完全に他人のものとは思えない。

 

それが一番厄介だった。

 

「……これが獪岳の感情か」

 

胸の奥がざわつく。

 

誰かに負けるのが嫌。

 

馬鹿にされるのが嫌。

 

自分より才能のある奴を見ると、腹が立つ。

 

「……分かる」

 

認めたくはない。

 

だが、分かる。

 

「だからこそ、俺が制御する」

 

獪岳は立ち上がった。

 

その時。

 

「獪岳」

 

「!」

 

悲鳴嶼行冥が近づいてきた。

 

「昨夜は眠れなかったのか」

 

「……少し」

 

「鬼のことを考えていたのだな」

 

「はい」

 

悲鳴嶼は静かに頷く。

 

「ありがとう」

 

「何がです?」

 

「皆を守ろうとしてくれたことだ」

 

「……別に」

 

獪岳は顔を逸らした。

 

「俺が勝手にやっただけです」

 

「そうか」

 

悲鳴嶼はそれ以上追及しなかった。

 

だが、しばらくして。

 

「獪岳」

 

「はい?」

 

「寺の金について、何か困っていることはないか?」

 

「…………」

 

心臓が跳ねた。

 

金。

 

その言葉だけで、原作の未来が頭をよぎる。

 

盗む。

 

鬼を寺へ招く。

 

子供たちが殺される。

 

「……ないです」

 

即答した。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

獪岳は拳を握る。

 

「俺は、寺の金を盗みません」

 

悲鳴嶼が少し驚いた顔をする。

 

「何故、突然そのようなことを?」

 

「……決めたんです」

 

「何を?」

 

獪岳は真っ直ぐに悲鳴嶼を見る。

 

「俺は、この寺にいる限り……ここのものには手を出さない」

 

「…………」

 

「食い物も、金も、何も盗まない」

 

「獪岳……」

 

「俺は、ここにいるみんなを裏切らない」

 

言い切った。

 

自分自身に対する宣言でもあった。

 

「絶対に」

 

悲鳴嶼はしばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……南無阿弥陀仏」

 

静かに手を合わせる。

 

「立派になったな」

 

「……え?」

 

「以前のお前なら、そのようなことを自分から言い出すことはなかった」

 

「…………」

 

獪岳は少しだけ目を見開いた。

 

原作の獪岳とは違う。

 

今の自分は、すでに少しずつ未来を変えている。

 

「……ありがとうございます」

 

その時だった。

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

子供たちの声が聞こえた。

 

振り返る。

 

数人の子供たちが走ってくる。

 

「一緒に遊ぼう!」

 

「俺は忙しい」

 

「何してるの?」

 

「考え事だ」

 

「じゃあ一緒に考える!」

 

「意味分かんねぇよ」

 

子供たちは笑う。

 

獪岳は呆れながらも。

 

「……仕方ねぇな」

 

腰を下ろした。

 

「少しだけだぞ」

 

「やった!」

 

その光景を。

 

悲鳴嶼は静かに見守っていた。

 

――数日後。

 

獪岳は、寺の中を改めて調べていた。

 

「食料……十分」

 

「薪……問題なし」

 

「薬……少ない」

 

「金……」

 

寺の金を確認する。

 

「……これだけか」

 

思ったより少ない。

 

これでは、寺の生活も楽ではない。

 

「だったら」

 

獪岳は考えた。

 

「俺が稼げばいい」

 

盗む必要なんてない。

 

働けばいい。

 

薪を集める。

 

水を汲む。

 

山菜を採る。

 

畑を手伝う。

 

できることはいくらでもある。

 

「……よし」

 

獪岳は立ち上がった。

 

「金を盗む未来そのものを消してやる」

 

その日から、獪岳の生活は変わった。

 

朝。

 

薪を拾う。

 

昼。

 

寺の掃除。

 

夕方。

 

子供たちの面倒を見る。

 

そして夜。

 

「…………」

 

一人で剣を振る真似をする。

 

まだ刀はない。

 

それでも。

 

「雷の呼吸……」

 

口にするだけで、胸が熱くなる。

 

「いつか、俺は鬼殺隊に入る」

 

未来を知っている。

 

ならば。

 

桑島慈悟郎に弟子入りする。

 

雷の呼吸を極める。

 

鳴柱になる。

 

「……そして」

 

しのぶを救う。

 

善逸を守る。

 

悲鳴嶼を守る。

 

カナエを――。

 

「…………」

 

そこで、獪岳の表情が曇った。

 

カナエ。

 

原作では、彼女は童磨に殺される。

 

「……あれも変える」

 

まだ時間はある。

 

だから。

 

「全部変える」

 

少年は空を見上げた。

 

青空だった。

 

原作を知っているからこそ。

 

未来は怖い。

 

しかし。

 

「未来を知ってるなら、利用してやる」

 

獪岳は笑った。

 

「俺は、原作通りの獪岳じゃねぇ」

 

その時。

 

寺の奥から声がした。

 

「獪岳ー!」

 

「何だ!」

 

「お腹すいた!」

 

「さっき食っただろ!」

 

「また食べたい!」

 

「……ったく」

 

獪岳は頭を掻いた。

 

「今行く!」

 

走り出す。

 

その背中を見ながら。

 

悲鳴嶼は、静かに微笑んでいた。

 

――この日から。

 

寺の子供たちは少しずつ知っていく。

 

口の悪い兄が。

 

実は誰よりも自分たちのことを考えていることを。

 

そして獪岳自身も。

 

少しずつ理解していく。

 

守るということが。

 

ただ鬼を斬ることだけではないのだと。

 

【大正コソコソ噂話】

 

この頃の獪岳は、とにかく「金を盗まない」という決意だけは異常に強い。

 

寺の子供が、

 

「獪岳兄ちゃん、お金落ちてるよ!」

 

と言っただけで、

 

「触るな! 悲鳴嶼さんに届けろ!」

 

と即座に反応する。

 

ちなみに拾ったのはただの木の実だった。

 

「…………」

 

「獪岳兄ちゃん?」

 

「……紛らわしいんだよ!」

 

寺中に獪岳の怒鳴り声が響いたという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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