『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第5話 鬼が来る

その夜。

 

寺には、いつもと違う静けさが漂っていた。

 

「…………」

 

縁側に座った獪岳は、じっと闇を見つめていた。

 

風がない。

 

虫の声も少ない。

 

まるで山そのものが息を潜めているようだった。

 

「……来る」

 

根拠はない。

 

だが、前世の記憶が告げている。

 

原作で、この寺の悲劇が起こった夜。

 

鬼が来る。

 

「獪岳」

 

背後から悲鳴嶼の声がした。

 

「まだ起きているのか」

 

「ああ」

 

「眠らないのか」

 

「……今日は寝ません」

 

悲鳴嶼は何も言わなかった。

 

ただ、獪岳の隣に腰を下ろす。

 

「怖いのか?」

 

「……少し」

 

正直に答えた。

 

「鬼が来ると思うと、怖いです」

 

「そうか」

 

「でも」

 

獪岳は暗闇を見る。

 

「怖いからって、逃げるわけにはいかない」

 

悲鳴嶼は静かに手を合わせた。

 

「南無阿弥陀仏」

 

その時だった。

 

――カサッ。

 

「!」

 

獪岳の耳が動く。

 

草むら。

 

何かいる。

 

――ズズ……。

 

土を踏む音。

 

ゆっくり。

 

ゆっくりと。

 

こちらへ近づいてくる。

 

獪岳は立ち上がった。

 

「悲鳴嶼さん」

 

「分かっている」

 

悲鳴嶼も立つ。

 

「何かいるな」

 

「……はい」

 

獪岳は拳を握った。

 

心臓が激しく鳴っている。

 

怖い。

 

当然だ。

 

今の自分はまだ子供。

 

鬼と戦えるほどの力などない。

 

それでも。

 

「子供たちは?」

 

「全員、部屋に集めてある」

 

「……よし」

 

作戦通り。

 

昨日のうちに、悲鳴嶼と相談しておいた。

 

夜になったら子供たちは一か所に集める。

 

戸締まりを徹底。

 

絶対に外へ出さない。

 

そして――。

 

「誰かが呼びに来ても、絶対に扉を開けない」

 

「分かっている」

 

悲鳴嶼が頷く。

 

その瞬間。

 

――ドン。

 

寺の門が揺れた。

 

「……!」

 

子供たちのいる部屋から、小さな悲鳴が聞こえる。

 

獪岳は振り返る。

 

「大丈夫だ!」

 

大声で叫ぶ。

 

「俺たちがいる!」

 

子供たちを安心させるため。

 

だが。

 

――ドン。

 

もう一度。

 

門が揺れた。

 

そして。

 

「こんばんはぁ……」

 

声がした。

 

人間の声。

 

だが。

 

明らかにおかしい。

 

獪岳の背筋に悪寒が走った。

 

「……来た」

 

門の向こうから。

 

男が姿を現す。

 

月明かりに照らされた顔。

 

青白い肌。

 

異様に伸びた爪。

 

そして。

 

口元には――血。

 

「ヒヒ……」

 

男が笑った。

 

「こんな山奥に、子供がたくさんいるとはなぁ」

 

獪岳は息を呑んだ。

 

間違いない。

 

鬼だ。

 

「……お前」

 

鬼が獪岳を見る。

 

「なんだぁ? 小僧」

 

獪岳は震える拳を握った。

 

「ここから出ていけ」

 

「は?」

 

「お前は、ここに入れさせない」

 

鬼は一瞬ぽかんとした。

 

そして。

 

「ギャハハハハ!」

 

大笑いする。

 

「小僧が何言ってやがる!」

 

鬼が踏み込む。

 

一瞬だった。

 

「――!」

 

獪岳の身体が吹き飛ぶ。

 

「獪岳!」

 

悲鳴嶼が叫ぶ。

 

獪岳は地面を転がった。

 

「ぐっ……!」

 

背中が痛い。

 

息が詰まる。

 

「……速ぇ」

 

原作を知っている。

 

鬼が人間より遥かに強いことも。

 

だが。

 

実際に殴られてみると、想像以上だった。

 

「殺される……」

 

その恐怖が身体を支配する。

 

だが。

 

「……ふざけんな」

 

獪岳は立ち上がった。

 

「俺は……」

 

足が震える。

 

「こんなところで死ぬわけにはいかねぇ!」

 

鬼が襲いかかる。

 

その前に。

 

――ドンッ!

 

巨大な拳が鬼を吹き飛ばした。

 

「……なっ!?」

 

悲鳴嶼だった。

 

「獪岳に手を出すな」

 

鬼が地面を転がる。

 

悲鳴嶼は静かに構えた。

 

「この子供たちは、私が守る」

 

獪岳の胸が熱くなる。

 

「悲鳴嶼さん……」

 

鬼が立ち上がる。

 

「人間の分際で……!」

 

牙を剥き出しにする。

 

「俺を舐めるなぁ!」

 

飛びかかる。

 

悲鳴嶼が迎え撃つ。

 

「――南無阿弥陀仏」

 

拳が激突する。

 

――ドゴォン!

 

寺の境内に衝撃音が響いた。

 

獪岳はその光景を見ながら。

 

「……すげぇ」

 

これが。

 

後に岩柱となる男。

 

悲鳴嶼行冥。

 

「……俺も」

 

強くなりたい。

 

「俺も、こんなふうに守れるようになりたい」

 

その瞬間。

 

鬼が悲鳴嶼の脇をすり抜ける。

 

「子供を喰わせろォ!」

 

「――!」

 

獪岳が立ちはだかった。

 

「行かせるか!」

 

鬼の爪が迫る。

 

怖い。

 

死ぬ。

 

それでも。

 

獪岳は動かなかった。

 

――ガッ!

 

腕を掴まれる。

 

「ぐあっ!」

 

鬼の力で、身体が持ち上がる。

 

「獪岳!」

 

悲鳴嶼が叫ぶ。

 

「離せ!」

 

獪岳は必死に暴れる。

 

「俺は……!」

 

拳を振るう。

 

「俺は……こいつらを守るって決めたんだ!」

 

鬼の腕に拳が当たる。

 

当然、効かない。

 

だが。

 

その一瞬。

 

鬼の動きが止まった。

 

「……何?」

 

悲鳴嶼が踏み込む。

 

――ドンッ!

 

鬼の腕を叩き落とす。

 

「獪岳!」

 

「……っ!」

 

地面に落ちる。

 

悲鳴嶼が鬼との間に立つ。

 

「もう十分だ」

 

「でも……!」

 

「お前は、よくやった」

 

その言葉に。

 

獪岳は歯を食いしばった。

 

自分は何もできなかった。

 

ただ立っていただけ。

 

「……くそ」

 

悔しい。

 

「もっと強くならねぇと……」

 

鬼は悲鳴嶼に追い詰められ、逃げようとする。

 

だが。

 

獪岳は叫んだ。

 

「悲鳴嶼さん!」

 

「何だ!」

 

「逃がさないで!」

 

悲鳴嶼が頷く。

 

「承知した」

 

その後。

 

鬼は寺から追い払われた。

 

完全に倒すことはできなかった。

 

だが――。

 

子供たちは全員無事。

 

誰一人として死んでいない。

 

「…………」

 

夜が明ける。

 

獪岳は境内に立っていた。

 

傷だらけだった。

 

だが。

 

生きている。

 

そして。

 

子供たちも。

 

「……勝った」

 

小さく呟く。

 

悲鳴嶼が隣に立つ。

 

「勝ったのではない」

 

「え?」

 

「守ったのだ」

 

「…………」

 

「それで十分だ」

 

獪岳は黙った。

 

そして。

 

「……はい」

 

初めて。

 

胸を張った。

 

原作では。

 

この場所で全てが崩れた。

 

だが。

 

今回は違う。

 

「未来は……変えられる」

 

獪岳は朝焼けを見つめる。

 

「俺は、この世界を変えられる」

 

そして。

 

その決意は。

 

後に「鳴柱」と呼ばれる男の原点となった。

 

【大正コソコソ噂話】

 

この事件の翌朝。

 

寺の子供たちは獪岳の傷を見て大騒ぎした。

 

「獪岳兄ちゃん、痛い?」

 

「平気だ」

 

「本当に?」

 

「平気だって」

 

「じゃあ笑って!」

 

「……何でだよ」

 

「怖かったから!」

 

「…………」

 

獪岳は少し黙ってから。

 

「……仕方ねぇな」

 

ほんの少しだけ笑った。

 

子供たちは大喜び。

 

なお、陰でそれを見ていた悲鳴嶼は、静かに涙を流していたという。

 

「……南無阿弥陀仏」

 

――大正コソコソ噂話・終。

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