『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第7話 悲鳴嶼行冥との約束

夜明け前。

 

寺の境内には、薄い霧が降りていた。

 

獪岳は一人、木刀を握っていた。

 

「……一、二……!」

 

素振りを繰り返す。

 

腕が痛い。

 

肩も重い。

 

それでも止めない。

 

「……三十七……三十八……!」

 

――もっと強く。

 

――もっと速く。

 

――もっと。

 

「獪岳」

 

「……!」

 

背後から聞き慣れた声。

 

振り返ると、悲鳴嶼行冥が立っていた。

 

「朝早くから鍛錬か」

 

「はい」

 

「昨日も遅くまでしていたな」

 

「……覚えてたんですか」

 

「見ていれば分かる」

 

悲鳴嶼は数珠を握りながら、獪岳の隣まで歩いてきた。

 

「少し休みなさい」

 

「まだできます」

 

「無理をする必要はない」

 

「でも……」

 

獪岳は木刀を握り締める。

 

「強くならないと」

 

「何故だ?」

 

「……守れないから」

 

悲鳴嶼が黙る。

 

獪岳は俯いた。

 

「この前の鬼……俺、何もできなかった」

 

「お前は立ち向かった」

 

「でも、最後に守ったのは悲鳴嶼さんです」

 

「それでいい」

 

「よくない!」

 

思わず声が大きくなる。

 

「俺が守るって決めたのに!」

 

悲鳴嶼は静かに獪岳を見つめた。

 

「獪岳」

 

「……はい」

 

「守るとは、一人ですべてを背負うことではない」

 

「…………」

 

「誰かを守る時には、誰かに守られることもある」

 

獪岳は黙っていた。

 

「お前が子供たちを守る」

 

「……はい」

 

「私がお前たちを守る」

 

「…………」

 

「そして、いつかお前が強くなったなら」

 

悲鳴嶼は微笑む。

 

「今度はお前が、誰かを守ればいい」

 

その言葉が、獪岳の胸に響いた。

 

「……じゃあ」

 

「うむ」

 

「俺が強くなったら」

 

獪岳は悲鳴嶼を見上げる。

 

「悲鳴嶼さんも守ります」

 

「…………」

 

「この寺も」

 

「…………」

 

「ここにいるみんなも」

 

悲鳴嶼は目を伏せた。

 

「……ありがとう」

 

獪岳は少し照れながら、顔を逸らした。

 

「別に……礼を言われることじゃないです」

 

「そうか」

 

「俺が勝手に決めただけです」

 

「ならば」

 

悲鳴嶼は手を差し出した。

 

「約束しよう」

 

「約束?」

 

「お互いに、命を粗末にしない」

 

「…………」

 

「私は、お前たちを守る」

 

「はい」

 

「そしてお前は、自分自身も守る」

 

「……俺自身も?」

 

「そうだ」

 

悲鳴嶼の声は穏やかだった。

 

「誰かを守りたいという気持ちが強すぎる者は、自分の命を軽く扱ってしまう」

 

獪岳の心臓が跳ねた。

 

まるで。

 

未来の自分を見透かされたようだった。

 

原作を知っている。

 

自分は最後。

 

善逸との戦いで死ぬ。

 

そして、その前には鬼になっている。

 

もし未来を変えなければ。

 

自分はきっと。

 

「……分かりました」

 

獪岳は悲鳴嶼の手を握った。

 

「約束します」

 

「うむ」

 

「俺は……死にません」

 

「それだけではない」

 

「え?」

 

「生きるのだ」

 

悲鳴嶼の言葉に。

 

獪岳は目を見開いた。

 

「……生きる」

 

「ああ」

 

「誰かを守って」

 

「そうだ」

 

「俺自身も守って」

 

「そうだ」

 

「……分かりました」

 

獪岳は強く頷いた。

 

「生きます」

 

その言葉を。

 

自分自身の胸に刻み込む。

 

――生きる。

 

それは、前世では当たり前だった。

 

だが今の獪岳にとって。

 

それは、戦う理由の一つになった。

 

「……悲鳴嶼さん」

 

「何だ?」

 

「もう一つ、約束していいですか?」

 

「もちろんだ」

 

獪岳は空を見上げた。

 

「俺がいつか、鬼殺隊に入ったら」

 

「ああ」

 

「柱になります」

 

悲鳴嶼は微笑む。

 

「そうか」

 

「鳴柱になって」

 

「うむ」

 

「この世で一番、強い雷使いになります」

 

「それは頼もしいな」

 

「そして」

 

獪岳は拳を握る。

 

「鬼から、できるだけ多くの人を守ります」

 

「……素晴らしい」

 

「だから」

 

獪岳は少しだけ恥ずかしそうに笑った。

 

「その時は、俺のことを褒めてください」

 

悲鳴嶼の目から。

 

一筋の涙が流れた。

 

「…………」

 

獪岳が驚く。

 

「えっ……」

 

「すまない」

 

悲鳴嶼は涙を拭う。

 

「嬉しいのだ」

 

「何が……?」

 

「お前が、未来の話をしていることが」

 

「…………」

 

「以前のお前は、自分がどう生きるかではなく、どう負けないかばかりを考えていた」

 

獪岳は黙った。

 

確かに。

 

そうだった。

 

「だが今は違う」

 

悲鳴嶼が優しく言う。

 

「誰かを守る未来を考えている」

 

「……はい」

 

「それが、私は嬉しい」

 

獪岳は顔を逸らした。

 

「……泣くなよ」

 

「泣いているのは私だ」

 

「そういう意味じゃねぇよ……」

 

二人の間に。

 

小さな笑いが生まれた。

 

――それから数日。

 

獪岳は修行を続けた。

 

しかし以前とは違う。

 

無茶をしなくなった。

 

休む時は休む。

 

食べる時は食べる。

 

そして、子供たちと過ごす時間も増えた。

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

「何だ!」

 

「遊ぼう!」

 

「今修行中だ!」

 

「五分だけ!」

 

「……五分だぞ」

 

結局。

 

五分が一時間になった。

 

「獪岳兄ちゃん、負け!」

 

「うるせぇ!」

 

子供たちの笑い声が響く。

 

それを遠くから見ていた悲鳴嶼は、静かに微笑んでいた。

 

――この少年は変わり始めている。

 

原作とは違う道へ。

 

そして、その変化を誰よりも早く感じ取っていたのは。

 

悲鳴嶼行冥だった。

 

「南無阿弥陀仏……」

 

祈りながら。

 

彼は願う。

 

この子供たちが。

 

今度こそ。

 

幸せに生きられるように。

 

そして――。

 

獪岳自身も。

 

「どうか、この子の未来に光がありますように」

 

その願いは。

 

やがて獪岳自身の胸にも届く。

 

その日の夕方。

 

獪岳は寺の門の前で立ち止まった。

 

「……約束したからな」

 

悲鳴嶼と。

 

そして、自分自身と。

 

「絶対に死なねぇ」

 

獪岳は拳を握った。

 

「鬼にもならねぇ」

 

そして。

 

「――生きて、柱になる」

 

朝焼けのような決意が。

 

少年の瞳に宿っていた。

 

【大正コソコソ噂話】

 

悲鳴嶼と獪岳の「約束の日」以来、獪岳は無茶をしようとすると、必ず悲鳴嶼から、

 

「獪岳」

 

と名前を呼ばれるようになった。

 

その一言だけで、

 

「……分かりました。休みます」

 

と素直に引き下がる。

 

寺の子供たちはこれを見て、

 

「悲鳴嶼さん、獪岳兄ちゃんのお父さんみたい!」

 

と言った。

 

「違ぇよ!」

 

と獪岳は即座に否定。

 

しかし悲鳴嶼は、

 

「……そうかもしれぬな」

 

と穏やかに答えた。

 

「悲鳴嶼さんまで何言ってんですか!」

 

寺中に獪岳の叫び声が響いたという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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