山中に、乾いた斬撃音が響いていた。
ズバッ!!
「……違う」
獪岳は刀を振り抜いたまま、眉を寄せた。
目の前には、真っ二つになった巨木。
斬撃そのものは完璧だった。
だが――。
「まだ、足りない」
獪岳は刀を収める。
「雷の呼吸・改」
壱ノ型・極を完成させてから数日。
獪岳の鍛錬は、新たな段階へ入っていた。
既存の型を極める。
それだけではない。
型と型を繋ぎ、状況に応じて変化させる。
そして――。
「派生型を作る」
それが今の獪岳の課題だった。
「雷の呼吸は、速さが武器だ」
獪岳は自分の足を見る。
「なら、その速さを最大限に活かす技が必要になる」
壱ノ型・霹靂一閃。
それは直線的な高速抜刀。
ならば――。
「直線でなければならない理由はない」
獪岳は地面に木の枝で線を描いた。
一本の直線。
そして、その横に曲線を描く。
「鬼が真正面にいるとは限らない」
もう一本。
「敵が複数いるなら、一体を斬った後に次へ移動する必要がある」
さらに一本。
「だったら――」
獪岳は目を細めた。
「雷そのもののように、軌道を変える」
「ほう」
背後から声がした。
「随分と面白いことを考えておるな」
「爺さん」
慈悟郎が歩いてくる。
「今の話、聞いてたのか」
「最初からな」
「なら話は早い」
獪岳は地面に描いた線を指差した。
「俺は、雷の呼吸に新しい派生型を作る」
「派生型?」
「ああ」
「具体的には?」
獪岳は少し考えた。
「まだ形になってない」
「そうか」
「でも、方向性は見えてる」
獪岳は刀を抜いた。
「速さを殺さない」
一歩。
「止まらない」
二歩。
「相手の動きに合わせて軌道を変える」
三歩。
「そして――斬り続ける」
獪岳の姿が消えた。
「雷の呼吸――!」
轟ッ!!
「弐ノ型!」
斬撃が走る。
「稲魂!」
一閃。
二閃。
三閃。
獪岳は斬撃の勢いを殺さず、そのまま身体を回転させた。
「――っ!」
次の瞬間。
「参ノ型・聚蚊成雷!」
連続斬撃。
だが。
「くっ……!」
ガキィン!!
刀が地面に突き刺さった。
「……駄目だ」
獪岳は息を整える。
「今の動きじゃ、次の攻撃に繋がらない」
慈悟郎が頷いた。
「力を使い切っておる」
「ああ」
「ならば、力を使い切らぬことじゃ」
「……」
「雷は、一度落ちれば消える。じゃが、お前が求めておる雷は違うのじゃろう?」
獪岳の目が鋭くなる。
「……何度でも落ちる雷」
「うむ」
「一撃で終わらせるんじゃない」
刀を握り直す。
「一撃目を、二撃目のために使う」
「そうじゃ」
「二撃目を、三撃目のために使う」
「うむ」
「なら――」
獪岳の脳裏に、新しい動きが浮かんだ。
「初撃から次の斬撃へ、身体そのものを滑らせる」
「……!」
慈悟郎の目が見開かれる。
獪岳は構えた。
低く身体を沈める。
「雷の呼吸――」
呼吸を整える。
「派生型――」
足に力を集める。
「――迅雷・連牙!!」
ドンッ!!
獪岳が飛び出した。
最初の一閃。
ズバッ!!
その勢いを殺さず、身体を横へ滑らせる。
二閃。
ズバァッ!!
さらに反転。
三閃。
ズバッ!!
そして――。
四閃。
五閃。
斬撃が連続して走る。
まるで、一筋の雷が地面を跳ね回っているようだった。
「……!」
最後の一撃。
ズドンッ!!
巨大な岩が、五つに分断された。
静寂。
獪岳は刀を下ろした。
「……」
自分でも驚いていた。
「今の……」
慈悟郎が呟く。
「見事じゃ」
「まだ荒い」
「だが、確かに新しい技じゃ」
獪岳は自分の足を見る。
「一撃目の勢いを、そのまま二撃目へ繋げた」
「ああ」
「だから、速度が落ちない」
「うむ」
「そして相手の位置に合わせて軌道を変えられる」
慈悟郎は頷く。
「お前の言う、雷の呼吸・改。その一つの形になったようじゃな」
獪岳は刀を見つめた。
「……迅雷・連牙」
その名を呟く。
「悪くない」
「気に入ったか?」
「ああ」
獪岳は小さく笑った。
「俺の雷らしい」
その瞬間。
慈悟郎が表情を引き締める。
「じゃが、獪岳」
「何だ?」
「この技には、大きな弱点がある」
「……分かってる」
「ほう?」
「連撃に入ったら、止まりにくい」
慈悟郎が頷く。
「その通りじゃ」
「だから、相手が途中で反撃してきたら危険だ」
「うむ」
「もっと制御する必要がある」
獪岳は刀を収める。
「でも――」
拳を握る。
「可能性はある」
慈悟郎は笑った。
「その通りじゃ」
新たなる派生型。
それは、完成された技ではない。
まだ荒削りで、欠点も多い。
だが――。
獪岳にとって重要なのは、完成度だけではなかった。
自分の頭で考え。
自分の身体で試し。
自分の経験から、新しい技を生み出した。
それこそが――。
「雷の呼吸・改」
獪岳自身の剣だった。
「……もっと作る」
「まだあるのか?」
「ああ」
獪岳は空を見上げた。
「雷には、いろんな形がある」
「ほう」
「真っ直ぐ落ちる雷だけじゃない」
「うむ」
「遠くで鳴る雷。
地面を走る雷。
何度も連続して落ちる雷」
獪岳の目に、闘志が宿る。
「なら、全部俺の剣にする」
慈悟郎は嬉しそうに笑った。
「それでこそ、お前じゃ」
獪岳は刀を抜く。
「もう一度やる」
「休まんのか?」
「休んでる暇があるか」
構える。
「鳴柱になるんだ」
そして――。
「もっと強くならないとな」
再び、山中に雷鳴が響いた。
轟ッ!!
それは空から落ちた雷ではない。
新たなる技を生み出そうとする、一人の剣士の踏み込みだった。
壱ノ型・極。
そして、新たなる派生型――迅雷・連牙。
獪岳の雷は、一つずつ形を増やしていく。
やがてそれは――。
誰にも真似できない、唯一無二の雷へと変わっていくのだった。